vii.
片膝を抱えて座ったまま、子供の頃のことを考えた。
男のせいで思い出したのだ。昔もそうだった。もちろんあれほどのことはなかったけれど、その代わり、ほとんどいつも他人の記憶と感情の渦に悩まされていた。
幼稚園も小学校も、奏にとっては怖ろしい場所だった。
怒りや憎しみ、悲しみ、恨み、嫉妬。あるいはもっと残酷で複雑な、おそらくは感じている本人にもよくわかっていない様々な感情。繰り返される記憶。それらがいたるところに染みついていた。
不思議なことに、ほほえましくなるような幸福な思いというものは、ほとんど見当たらなかった。あっても、多くの暗い感情に消されてしまうのか、それとも力の感知度のせいなのか、よくはわからなかった。
あるいは人というのは、そうやって漫然と自身にとって不快なものを弄びながら暮らしていく生き物なのかもしれない。長い間、そんなふうに考えたりもしていた。
怖ろしげに蠢く感情や記憶の奥底に、ささやかな願いや希望の欠片を見つけるようになったのは、十代も半ば近くになってからのことだ。そして今ならば、大切なものを見失い、望んでもいなかった感情に押し流されるように身を任せてしまう人々の弱さもよくわかる。
けれどあの頃は、とにかく世界は怖いところだった。それらを形成している人々も奏にとっては怖れの対象でしかなかった。
その上、周囲は周囲で奏を疎んじた。
幼稚園に入るなり泣き出し、ドアや机や椅子に触れられない。教室にいることができず、ちょっと目を離すとすぐに人気のない物置や倉庫などに閉じこもろうとする。手のかかるやっかいな子供であり、変人のクラスメイトと見做されても仕方なかった。
保育士や教師は、心配そうな優しげな言葉の裏で奏を鬱陶しく思い、仕舞いには憎み始めた。同級生たちのほぼ半分は彼の過敏さに不気味なものを感じ、残りの半分は彼を頭のおかしい子供だと思っていた。それらの感情が様々な場所や物から感じられ、一層奏を苦しめた。恐るべき悪循環だった。
他人だけではない。父親の反応も似たようなものだった。
父は、勘がよくナーヴァスなこの三男を何となく気味悪く思い、扱いに困っていた。それがまた、幼稚園にも学校にも禄に行かないのだ。余計なことに煩わされるのが大嫌いな奏の父親は、やがて奏を落ちこぼれの息子として関心を払わないことに決めた。家には他にも息子が二人いたので、それでもあまり問題はなかったのだ。
実の親からそのような扱いをされるなど、普通だったら耐えられないことに違いない。だが、その無関心ぶりときたら、呆れるほど徹底したものだったので、常に暗い感情を向け続けられるよりは、むしろ楽だと奏には感じられていた。
母親の方は、またちょっと違っていた。というのも、彼女の家系は幾分変わっていたからだ。
たとえば母の従姉妹には、魔物の気配を感じることができるという祈祷師がいた。母親自身も、子供の頃念動力らしき力を有していたという。そんな彼女は大抵のことには動じない人間で、奏の力もすぐに察した。
母はおおらかというか放任というか、とにかく細かいことは気にしない人間だったから、息子がどれだけ幼稚園や学校を休んでも怒らなかった。たまに奏が精神的に不安定になって泣き叫んだりしたときでも、困った様子も見せず、といって決して無視するわけでもなく、普段とまるで変わらぬ態度で接する。
それはそれで簡単に出来ることではなく、奏にはありがたかった。