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v.

 魔物たちが人の世界にやってくるのは、大抵は必要に駆られてのことだ。つまり、食糧補給のためである。

 肉食獣が草食獣を狩るため草原へと出て行くのにも似ていた。野生動物のそれと同様、狩りは楽しいだけの食事の場ではない。どの生き物にとっても危険と隣り合わせだ。自身もいつ他の生き物に狙われるかわからない。

 それに、人間は魔物より弱いものが多いとはいえ、人の世界は魔物にとっては異界だ。本来の自身の住処より居心地はよくない。そういう場に長くいすぎれば、消耗してしまう可能性だってある。

 従って魔物たちは、闇の領域と人の領域が接するところで、ネガティブな感情を抱えた闇に近い人間を狩って素早く引き上げていく。

 無駄なエネルギーは使わない。失敗しても執着しない。うまくいかなければ、また出直すだけだ。それが普通のやり方だった。だからこそ、術者としての力はあまり強くない奏でも連中の追い返しが可能なのだ。

 だが、この男は違う。こいつは楽しみのために人の世界に来ている。それができるだけの力の強さと、過剰なほどのエネルギーを持ち合わせてもいた。

 面倒なことになったな、と思う。楽しみが目的となれば獲物への執着は殊更だ。その上相手は、自分のこの力にいたく興味を示している。容易くは手放さないだろう。逃げ出すのは結構大変かもしれない。

 いや、霊符を使えばおそらく逃げられるが、少なくとも今ここで使うわけにはいかなかった。自分が消えた後で、楽しみを失って立腹した男が他のものを襲うのでは意味がない。

「どうした。怖ろしくて口もきけなくなったか。まだ早いぞ。他にもいろいろと見せたいものがある」

 男が屈み込み、手を伸ばしてきた。奏は身を引いたが、ほんの少ししか動くことができなかった。口の中で再び九字を唱える。指先を白い光に弾かれて、男は眉根を寄せた。

「懲りないやつだ。効かない」

 いいながら、奏の抵抗を楽しんでいるようでもあった。男の拘束の力をすり抜けて僅かずつ動こうとする奏を、おもしろそうに眺め始める。

 奏は溜息をついた。少し様子を見るしかなさそうだった。まだ時間はあるだろう。幸いというべきかはわからないが、この男は獲物をすぐには殺さないらしかった。捕らえた後、拷問まがいのやり方でなぶり、散々楽しんだ後で殺すのだ。

 まるでゲームのようでもあった。悪魔的な楽しみとしかいいようがないが、相手にそういう遊びめいた余裕がある間は、隙も見つけやすいかもしれない。

 男が奏の顎を捉えた。再び男の中にあるものが流れ込んでくる。痛苦に身を捩りながら、叫び声をあげそうになるのを堪えた。

「身代わりを引き受けたからには、最後までつきあう覚悟はできているんだろうな。楽しませてもらうぞ、術者の坊や」

 男の手が喉に下りた。ゆっくりと締めつける。奏はもがいたが、男から逃れることはできなかった。やがて気を失った。

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