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xxi.

「記憶を? そんなことができるんだ」

 奏は驚いて、まじまじと兄を見る。

「じゃあもしかして、そのためにあいつと喋ってたの」

 いつも無駄のない素早い仕事ぶりの兄が、霧の浄化の後も暫く男を消さずにいたのが、実は奏には不思議だったのだ。

「まあな。普通ならあれだけの魔物にそんな隙はなかなかないだろうけど、とにかく怒っていたし、浄化のせいで多少動揺もしていたから何とかうまくいった」

 兄は微かに笑う。催眠法の応用みたいなものだろうか、と奏は思った。

「しかし、あの霧はひどかったな。近くに寄っただけで寒気がしたぞ。どれだけの人間が犠牲になったのか。少しとはいえ、あんなものをよく浄化できたよ。霊符はあいつに直接使ったんだろう。いったいどうやったんだ」

「あの男もそういってたけど」

 奏は首を傾げる。

「あれって浄化なのかな。おれは何もしてないんだ、ただちょっと、あの中の声に話しかけただけで」

「話って、説得でもしたのか」

「いや、そういうのでもないと思うんだけど」

「よくわからずにやったわけか。まったく、相変わらずだな。末怖ろしいやつだ」

 慧は半ば感心、半ば呆れたらしい様子でいう。他者の記憶を封じることができる人にそんなことをいわれても、と奏は思った。

 話している間に、次第に身体に力が戻ってきていた。そろそろ大丈夫そうだ、と立ち上がろうとした奏は、慧にとめられた。

「体力は戻っても、あいつの影響は時間では消えそうにないな」

 慧はシャツのポケットから白いものを取り出した。奏の額の前に翳す。小さな人形ひとかただった。

「目を閉じろ」

 兄の言葉に従った。慧が人形で奏の胸と背中を軽く撫でる。途端に、身体の中に澱んでいた何かが消えるのがわかった。男に触れられるうちに、その禍々しい毒のようなものが溜まっていったらしい。今まで、あることにさえ気づかなかったが──。

「もういいぞ」

 いわれて目を開いた。周囲の景色が、色を増して美しく見えるように思えた。身体も軽くなっている。慧が持つ人形は黒く染まっていた。慧は部屋の窓を開けると、人形を風に乗せた。高く舞い上った黒い人形は、太陽の光を一身に受けて燃えるように輝いたかと思うと消滅した。

「じゃあ、行くか」

 慧が振り返っていう。奏は頷いて立ち上がった。

 家に残る悲痛な声は、変わらずうねりのように奏に届いている。持ち主たちがとっくにどこかへ行ってしまっても残り続ける記憶や想い。それを読み取る自分の力。それにどんな意味があって、何の役に立つのか。

 よくはわからないけれど、自分はこの力や力によって見えたものと一緒に生きていくんだ、と思う。低く響く声の主たちの魂がせめて今は安らかであるように、と願いながら奏は家を出た。

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