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xx.

 奏は壁に手をつきながら立ち上がろうとしたが、まだ身体にうまく力が入らずふらついた。気づいた慧が慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫か。もう少し休んでいろ」

「ああ、慧兄さん」

 奏は兄を見上げた。

「無事でよかった」

「それはこっちの台詞だ」

 慧は呆れたようにいう。屈んで奏の姿を確認した。

「首、痣になってるぞ。絞められたのか」

 眉を顰めていう。

「うん」

「こっちは──切られたのか。ひどいな」

 慧は裂かれたТシャツを開いて胸と腕の傷を見た。奏も胸元を見下ろす。

 幸い、それほどひどい傷ではないようだった。服は派手に切られていたが、傷自体は十五センチ程度のごく浅いものだ。腕の方もナイフの切っ先が掠めた程度らしい。どちらも既に血はとまっていた。

「大したことないよ」

「悪かったな、遅くなって。結界が強力で、なかなか見つけられなかった」

「兄さんのせいじゃない。元はといえば捕まったおれが悪いんだ。ありがとう、来てくれて」

「あんなのに気に入られるのは困りものだぞ。何だって囚われるようなことになったんだ」

「女の子が大学のそばで捕まってて。放っておけないけど、おれにはどうにもできなかったから」

「まさか、それで身代わりに」

「うん、まあ。後で逃げ出すつもりだったんだけど、まさか監禁用の家まであるなんてね。でも、身代わりくらいで、あいつが本当に彼女を解放するとは思わなかったよ。なにしろあんなだしさ。案外親切だったよな。それは驚いた」

「親切が聞いて呆れる。標的がおまえに代わっただけじゃないか」

「それはまあ、そうなんだけど」

「頼むから、あんまり無茶はしないでくれ。とにかく無事で本当によかった」

 慧が深く息をつく。今はその顔に、はっきりと憔悴の色が窺えた。どれほど奏を案じていたかが伝わってくる。

「うん。ごめん、心配かけて」

 奏は少し笑った。が、その後真顔になって、

「でもあれは、また戻ってくるかもしれないね」

 力の弱い魔物ならば、一度危険な目に遭った場所には二度と訪れない。そこまで身を危険に晒さなくとも、食糧補給は可能だからだ。ネガティヴな感情を抱いて、闇の世界と人の世界の通路を開くものはどこにでもいる。

 だがあの男は違う気がした。あの男なら、慧に怖れを感じながらも、また現れそうだ。そのときには、今回とは比べものにならないほど激しい怒りが慧に向くのではないか、と奏は危惧する。

「それはとりあえず心配ない。記憶を封じさせてもらったから」

 慧は肩を竦めた。

「あの性癖は変わらないから、また人の世界に来ることまではとめられない。けど、今回の復讐に来る、というのは一応避けられるだろう。おれたちだけならともかく、身内や知り合いを狙われるのは問題だからな」

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