表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/24

ii.

 奏は目を細めて、それを見た。

 どんな醜悪なものが出てくるかと身構えていたが、予想に反して普通の人間の姿だった。それも外見だけなら、むしろ普通より見栄えがするといっていい。端正な顔立ちの、三十代半ばほどに見える男だった。

 シャツにジャケット、ジーンズという服装で、ラフな割りに洗練された雰囲気だ。人の世界に慣れているらしい。上背は奏と同じくらいだが、細身の彼とは違い、やけに頑強そうな体つきをしている。単純な腕力だけでも負けそうだ、と奏は思った。

 男が微かに笑った。軽い足どりで踏み出す。

 奏はすばやく九字を唱えた。蜘蛛の巣のように張り巡らされた忌まわしい気配がふっと散った。男の前に電流のようなものが走る。男がうるさそうに顔を顰めた。が、それだけだった。平然と前に進み続ける。まずいな、と思った。自分の力が相手に遠く及ばないことを改めて悟ったのだ。

「動くな」

 男がいった。その言葉だけで、奏は身体の自由を奪われた。

「術者か」

 男はしげしげと奏を見た。

「こんなところに現れるとはな」

 奏は黙ったまま相手を見返した。これはいったいどんな種類の魔物だろうか、と考える。力は相当強いようだ。見た目に違う、おぞましげな気配も伝わってくる。本来ならば、闇の世界の奥深くに棲み、人よりも生命力がありエネルギーの高い魔物を主食とする類のように思われた。こんなものが、何だって人の世界をうろついたりしているのだろう。

 男が近づき、奏は反射的に後退しようとした。身体は動かない。男がまた笑った。

「それで」という。「どうするつもりだ」

 奏は溜息をついた。

「どうというか、できれば彼女は助けたいかな」

 倒れている女子大生に目をやった。男がどのような魔物でも、このままでは彼女はよくない目に遭う。それだけは確かだ。放っておくわけにはいかないだろう。

 男は、これ見よがしに片眉をつり上げた。

「助ける。おまえがか。どうやってだ。手出しできるほど力があるようには見えないが」

 男のいうことは、ほぼ当たっていた。奏の力だけで男をこの場から消し去ることは、確かに無理だった。しかし奏は霊符を持っていた。兄の慧がつくったものだ。使えば、一時的に男の力を抑え込むことができるだろう。その隙に彼女を連れて逃げることは可能だ。

 ただ問題もあった。二人が逃げた後のことだ。男が腹立ち紛れに他のものを襲ってしまうかもしれない。それでは駄目だ。どうするかな、と思う。彼女だけ逃がして自分はここに留まる、という手もある。一人で行けそうなら、その方がいいかもしれない。だけど彼女は、あの状態で起き上がって走れるだろうか。

「なぜ黙っている。策がないのか」

 男が更に近づいた。

「検討中さ」

「いい度胸だ。それとも、単に状況をよく理解していないだけか」

「そういうわけじゃない。力はおまえの方がずっと強い。よくわかってるよ。おまえは何が望みなんだ。闇の生き物が、こんなところまで来て何をしている」

「知りたいか。そうだな。教えてやってもいいぞ」

 どういうわけか男は、ひどく興味をひかれたらしい顔になっていた。遠慮のない目つきで奏を眺め回す。奏は無言で相手の次の言葉を待った。

「おまえが、あの女の代わりになるというのならな」

「代わり?」

 思わぬ提案に、少し驚く。

「女を助けたいんだろう。おまえが大人しくここに残るというのなら、女は解放してやってもいい」

「本当に」

「そうだ。おまえ次第だな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ