xiii.
ちなみに、と奏はいった。
「具体的には、どうやって楽しむつもりなんだ。教えてもらってもいいかな。よく読みとれないところもあったし」
男が腕組みをして奏を見る。
「確認して、どうする気だ」
「どうしようもないんだけど、一応参考にね」
「知らない方が幸せだと思うが」
「そういう内容だってことまではわかってる」
「そうか。だったら教えてやる。まずは、おまえの精神が崩壊するところが見たい」
「それから」
「それから犯して殺す。その後、おまえの肉を料理して食う」
奏は溜息をついた。
「豪華だな。おれは吐きそうだけど」
「我慢しろ。この部屋を汚すな。知らない方がいいといったはずだ」
「だったね」
嘔気に耐えつつ奏は答える。
男の話は先ほど感じたとおりの内容だった。わざわざ訊く間でもなかったが、他に話すことを思いつかなかったのだ。これ以上逃げ回るといっても限界だろう。この後はどうするか。
男は腕を解き、奏を見据えた。
「時間稼ぎは、そろそろ終わりでいいか」
対症療法的考えは見透かされていたらしかった。
「次に備える準備もできた頃だろう」
「気づいてたのか」
奏は少し笑った。本当に意外に親切だな、と思ったりもする。男にしてみれば、弱いものを弄び、楽しんでいるだけなのかもしれないが。
「つきあってくれて、ちょっと助かった。実は結構堪えてたんだ。それに、さっきもいったとおり、本当に次の手がない」
「深刻みも足りないようだな。ならばそれらしく、もっと怖れ慄いて見せたらどうだ」
「怯えて命乞いをしたって、どうせ助けないだろ」
「わからんぞ。おまえがそうするなら、考えてやってもいい」
「そういう姿が見たいだけだよ。おまえを満足させるのは、もうごめんだな」
「嫌でも、そうすることになる」
男に見据えられ、奏の身体は再び動かなくなった。家の中が急に翳り出した。周囲の気温が、すっと下がった気がした。
今度は何をする気だろう。奏は男を見返しながら考えた。いずれにしても、太刀打ちできない事態であることだけは間違いなさそうだった。
周辺の床から黒い霧のようなものが立ち昇り始めた。ゆっくりと広がり、奏を包み込もうとする。背筋が寒くなった。闇色のその霧が、死霊の声のような激しい叫びを孕んでいることに気づいたからだ。
男に殺されたものたちの声に違いなかった。体内に溜め込んでいるものを、こうして外在化して操ることもできるらしい。大した力だ。
しかしもちろん、感心している場合ではなかった。これはまずい。相当にまずかった。今こんなものに全身を浸されたら、ひとたまりもないだろう。
奏は九字を唱えた。霧は四方へと散った。だが消えはしなかった。しばらくすると集まって、またゆっくりと迫ってくる。これでは埒が明かないな、と思う。おそらくは、消耗しきるまで同じことが繰り返されるだけだ。
実際のところは、もっと悪かった。幾度か同じことが繰り返された後、相手は突然、緩慢さを捨てた。男同様の素早い動きで攻撃をかわすと、一気に襲いかかってきた。身動きできずにいた奏は、たちまち霧に包み込まれた。