episode4:Yumeka and Hisatsugu
ちょっと長いです
始まりは壺花の一言だった。
「どうして寿次はパパとママを“父上”“母上”っていうの?」
その場が一瞬静まる。
食事中だったため、箸の動きも止まっていた。
当の本人の寿次はきょとんとした顔で壺花を見つめ、やがて「父上と母上だから」と言う。
けれど腑に落ちない壺花はさらに質問する。
「お父さん、お母さんっていえばいいでしょ?お姉ちゃんたちみたいに。花みたいにパパ、ママって呼ぶ?」
ところが寿次は首を振る。頬を膨らませる壺花に食べるよう促せば、渋々箸を動かす。
皆も自然と食事を再開する。
義母が気を使ってか、今度のお休みに出かけてみてはどうかと提案してくれる。すると途端に子供達は目を輝かせて行きたい場所を次々と口にする。
「あのね。花、お弁当つくる! ママと一緒に」
「私も手伝う。お姉ちゃんも作ろうよ」
「えー面倒だからいや。二人で作ってればいいじゃない」
「夢花、女の子だろ。少しは手伝いなさい」
「なんで女だからってやらなきゃいけないの。差別だよ」
またわいわいと騒ぎ出し、夢次と夢花は口喧嘩になる。それに壺花が便乗し彼の味方をするから、完全に怒ってしまった夢花は席を立つ。
「夢花! 行儀悪いぞ!」
いつものことなのになぜ繰り返してしまうのだろうと溜息を吐けば、食事を終えたらしい義父が立ち上がり様子を見に行ってくれた。
「すみません、お義父さん」
「こっちは任せなさい」
夢花は義父や義母には素直になれるらしいので、とても有り難い。
鈴花が心配そうに廊下を覗くので、「食べてからにしなさい」と注意すればいつもはおかわりするのにすぐに片づけて義父の後を追った。
夢次は少し俯き加減で、その周りを壺花がうろうろしている。食べ終えた義母が「きなさい」と廊下に出ればとぼとぼとついて行った。きっとまたお説教だろう。なぜか壺花もついて行こうとするので引き止め、ご飯を食べさせる。
不意にくいっと袖を引っ張られる。きちんと食べ終えた寿次が心配そうに見上げてくるので、「大丈夫だよ」と声をかけながら頭を撫でる。
「夢姉ちゃん泣いてるの? 父上怒られるの?」
まだ五歳だというのにそこまでわかるのかということをよく口にする。周囲のことに敏感なのだ。
「後でお姉ちゃんの様子見に行ってあげてね」
「うん。それでお父さんとまた仲良しになれるかな」
「ええ。お願いね、寿次」
元気良く返事した寿次は、きちんと後片付けも手伝ってくれる。しかしその間に壺花はどこかへ行ってしまった。
おそらく彼のもとだろうと予想はついているので片付けを優先することにした。
「お父さん、私のこと嫌いだからいつも怒るんだよ」
いつかと同じ言葉を繰り返す夢花を祖父は抱っこしてなだめていた。
父と母の前では絶対泣かない姉も、祖父と祖母には甘える姿を見せていて、少しほっとしている部分がある。
「お祖父ちゃんは夢花のこと好き?」
少しこわい顔を緩めて返事する祖父に、姉は抱きつく。
「ずっとずっと夢花の味方でいてね、お祖父ちゃん」
父と同じように頬を寄せる祖父にやっぱり親子なんだなと思いながら姉を呼べば、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「私悪くないもん。絶対謝らないからね」
「お父さん、お祖母ちゃんに怒られてるって」
姉は「いい気味」とだけ呟いて祖父に降ろしてもらうと、すれ違う。
目が合った祖父に「後は大丈夫だから」と微笑んでその後を追った。
けれどそう歩かないうちに姉の怒った声が聞こえた。
慌てて走り突当たりを左に曲がれば、半泣きの寿次と後姿の姉。
「男のくせにすぐ泣いて。だから寿次嫌いなの! 泣けばお母さんとお父さんが甘やかしてくれると思ったら大間違いだよ」
「お姉ちゃん!」
さすがにそれはひどいと止めようとしたら寿次は振り向いて走った。追いかけようとしたら肩に手が置かれ、見上げれば母が困ったように微笑む。駆け付けた父に「寿次をお願い」と頼み、父は後を追った。
「鈴花。もうお店開かなくちゃなの。お祖母ちゃんとお祖父ちゃんのお手伝い、頼んでもいいかしら」
「大丈夫だよ。こっちは心配しないで」
笑って答えれば頭を撫でられる。母の手は優しい。
母はその手で姉を連れて部屋に入って行ったので、急いでお店の方へ向かった。
部屋に入るとすぐに母に抱きしめられた。
そして軽く頬を撫でられ微笑んだ母は「お着替えしましょう」と何やら準備を始める。
怒られるのかと思ったのに何も言われないのがこわかった。
ついかっとなって寿次にあんなこと言って泣かせてしまったのが急に悔やまれる。
優しい手つきで着物だけ脱がされ、いつか見た薄桃色の花弁が散る着物をかけられる。見た時は反物だった気がする。
「やっぱり少し上げないとかしら。帯はあっちよりこれの方が華やかになると思うんだけど」
何やらぶつぶつ言っている母。なんで何も言わないのかなんて言えなくて、ぎゅっと握る手に力を込める。
「お母さん。お父さん、私のこと嫌いなの?」
「どうしてそう思うの?」
質問に質問で返される。
帯を丁寧に巻いていく母の手を見ながら息を吸う。
「いつも怒るから」
「寿次や壺花だって怒られてるわよ」
「鈴花は怒られないよ」
飾り紐を巻いていた母の動きが止まる。
「じゃあどうして夢花は寿次に怒ったの? 寿次が嫌いだから?」
ふるふると首を振る。嫌いじゃない。可愛いと思う時もある。でもいつも泣いて、友達にもいいように言われて反論しない弱い弟がもどかしくて仕方がない。
だから怒ってしまう。
母がにっこりと笑む。そっと髪を指で梳かれ、それが心地良くて目を閉じる。
「そうよね。嫌いだから怒るわけじゃないわ」
「じゃあなんで夢花だけいっぱい怒られるの? 夢花は悪い子なの?」
自分で口に出して涙が溢れそうになり、ぎゅっと口を結んで我慢する。
怒られるのは悪いことをしたとき。それはわかっている。
たしかに鈴花は母や父、祖父や祖母のお手伝いをするし弟や妹の面倒を見ている。お店が忙しいときは母の代わりにご飯を作ったりしている。姉である自分とは大違いで、いつも褒められていて、絶対に悪いことはしないし誰にでも優しかった。
壺花は父が大好きだから、父はそれが嬉しくて仕方がないようで、寿次は寿次で母が大好きだったから。
自分だけ省かれたようで、でもそんなことは言えなかった。
だから祖父と祖母は絶対的な味方だった。
「昔、お母さんのお腹の中に赤ちゃんがいるってわかったときね、お父さん……すっごい喜んで。一回向こうの家に帰ったのだけどお父さん、毎日のように来てたわ。いつもね、お腹に手を当てて話しかけるの。答えるわけないのに『男か、女か』とか『今日のご飯は何がいいか』とか」
想像して思わず笑う。でも父らしい。
「ずっと名前を考えていてくれたの。女の子だったら『夢花』。理由を聞いたら“夢のようだから”って。あの幻の花を皆が守ったように、大切にしたいって」
幻の花。
一度は枯れ木となった桜の古木が見事に生き返ったという話を聞いたことがある。
きゅっと髪をまとめて結いあげられ、できたというように肩をぽんと叩かれる。
「次のお誕生日はこれを着るのよ。お父さんが作ってくれたんだから」
その言葉に驚いて母に詰め寄る。
「お父さんが? 私に?」
「そうよ。お父さんにお礼しなさい」
そっと着物を撫でる。上品な色合いはいつもとは違うけれど一番目についた反物だった。
こくりと頷く。
「そのときに聞いてみるといいわ。あなたのことどう思っているのか。大丈夫よ」
両手をきゅっと握られる。仄かに温かい母の手をそっと握り返した。
春が近いとはいえ、まだ冷たい風が頬を撫ぜる。
いつもより少ない人通りの中を抜けあちこちに視線を巡らすが見当たらない。
子供だからすぐ追いつくと油断していた。
時折駆けて行く子供たちを見るがそれらしい姿もなく、途方に暮れていた時どこからか小さい泣き声が聞こえた。
声のする方へ近づいていくと、曲がり角で数人の子供達が自分が来た道を走って行った。もしやと思い角を曲がるが誰もいなかった。
通りにはただ一本の木が立つだけ。ふと何気なしに木の方を見ると上から紙のようなものが降ってくる。地面に落ちたそれを拾い上げると、どこかで見たことあるふにゃふにゃした線が描かれていた。
少し顔から離して見ると、どうやら誰かの顔らしい。二人描かれていて、一人は髪が短く、もう一人は長い髪をまとめて縛っているようだ。
『今度お父さん描くものね』
なぜか壺鈴の言葉を思い出す。すると頭に衝撃がくる。降ってきた何かは足元に転がり、それがどこかで見たことあるような下駄で首を捻りながら頭上を見上げる。
「まさか寿次……!?」
丸裸の気に必死にしがみつく寿次の姿があった。
結構高い位置まで登ってしまったらしい。
「寿次!動くな!」
どうにかして降りようとしているらしく、足の置き場がないところをぶらぶらさせている。
また泣き声がした。掴まっていた手の力が限界なのか滑ってきている。慌ててその下に駆け寄った。
「――っ!」
間一髪どうにか受け止めた。ぶつかったのか口の中で血の味がしたが、何の反応もない寿次が怪我をしたのかと顔を覗きこむ。
「寿次、大丈夫か? どこか痛いのか? どうし……」
ぽろぽろと大粒の涙を零して、ぎゅっとしがみついてきた。
「怪我はないか?」
頷いた寿次の頭を撫で、抱きしめる。冷えてしまっている体を温めるように。
「こわかったんだな。もう大丈夫だ」
壺鈴がよくするように背中を優しく叩いてやれば、我慢していた声も出し子供らしく泣く。
小さな体を抱き上げれば、「お父さん!」と呼ぶ声。
「寿次どうしたの? 転んじゃったの? またお友達にいじめられたの?」
心配そうに見上げてくる壺花の頭を撫で家へ帰った。
「お父さん」
帰ってきた父を呼びとめる。後ろから出てきた壺花はきょとんとし、抱き上げられた寿次はまだ泣いていた。
「ごめんなさい」
ぎゅっと手を握って勇気を振り絞って言えば、父の大きな手がそっと撫でてくる。
「父さんの方こそ、ごめんな」
座って視線を合わせてくる父は困り笑み。母がよくする顔。
「喧嘩してもその日のうちにお互い謝ろう」それが父との約束だった。
父の顔の横には涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔した寿次がこちらを見ながらしゃっくりあげていた。
その顔をがしがし手巾で拭きとる。「いたい」と文句を言ってくるが無視した。
「ほら、寿次。お礼は?」
父に促され寿次は笑顔で「お姉ちゃんありがとう」と言う。
すぐに泣いたり笑ったり機嫌の変わる弟が信じられない。
父にはすぐ言えた言葉が出なくて、寿次をぎゅっと抱きしめ彼にだけ聞こえるように謝る。
「あんなの嘘だからね。ごめんなさい」
離れたとききょとんとしていたけれど、寿次はすぐに笑顔になり「お姉ちゃん大好き」などと言い出すから思わず「ばか」と叫んで振り返り走った。
離れようとする夢花を引き止める。
不思議そうに振り返った彼女の着物はやはり自分が誕生日用にと用意した物。
壺鈴がわざと出したのだろう。それでも自分の見立てに間違いはないと感じる。
「似合ってる」
すぐに頬を染めるのが壺鈴に似ている。意地っ張りだが根が素直だから顔によく出るのが夢花だった。
ぽそっと「ありがとう」と呟き、よほど恥ずかしかったのかすぐに行ってしまう。
なぜか壺花も後をついて行った。
寿次を抱え直し、部屋に入る。先程までいたのか、部屋は暖かかった。
そっと寿次を降ろす。
「申し訳ありません、父上」
教えたわけでもないのに、きちんと正座で頭を下げる。まだ幼いのにどこで覚えてくるのだろうか。
「今度から気をつけなさい」
はっきり返事をする寿次にしまっておいた紙を手渡す。
「どうして木に登ったりなんかしたんだ」
「ごめんなさい」
またか、と溜息を吐く。
寿次はいつもそうだった。聞いても怒られてると思っているのか、謝り続ける。
夢花が彼に怒るのはこういうところなのだろう。
いつもなら壺鈴が間を取り持ってくれるが、店の方だからそういうわけにもいかない。
「寿次、お父さんは怒ってない。今はなんで木に登ったのかわけを聞いてるんだ。わかるな?」
頷いたけれど一向に口を開かない。紙が震えているのを見て、壺鈴が止める時はこれなのだと気付く。
そっと寿次を引き寄せ後ろから抱く体勢になる。彼が持っている紙に目を向ける。
「これは夢花か?」
紙の左側に書かれた髪の長い方を指して問えば、首を縦に振る。
「それじゃあこっちが父さんか」
またこくりと頷く。
「夢花と父さんに仲直りしてほしかったんだな?」
またこくりと首を振る寿次に「ありがとな」と頭を撫でる。
寿次なりに考えて行動した結果だったのだろう。それを見せようとして夢花の機嫌を損ねてしまったというわけだ。
「寿次は絵が好きなんだな」
「……描くの、楽しいです」
怒るわけではないのに、それが悪いことのように小さく言う。
「それじゃあ絵描きになるのか」
ところが寿次は首を横に振った。
「僕は梅納寺の後を……」
「寿次」
ぎゅっと更に抱きしめる。自分に言い聞かせるようにいつもと同じ台詞を繰り返す理由はわからない。けれど本心でないのは明白で、我慢はさせたくなかった。
無理に縛り付けて、自分のような過ちを子供にさせるわけにはいかない。
「おまえがやりたいことを父さんは止めたりしない。おまえが絵描きになるんだったら父さんも応援するし、本気でうちを継ごうとしてるなら父さんもおまえに色々と教える。反対はしない。まだ子供なんだから、もっとわがまま言っていいんだぞ。その方が父さんも嬉しい」
「嬉しいの?」
「そうだ。ほしいものや行きたいところがあったら遠慮なく言っていいからな」
きちんと伝わったのかはわからないが、どうやら機嫌も良くなったらしい寿次は満面の笑みになる。
久しぶりに見たような気がして思わず抱きかかえ高く持ち上げようとすると寿次はなぜか泣き顔になった。
「どうした。なんでいきなり泣くんだ」
「高いの、こわい……」
すぐに先程のことを思い出し抱っこに変え頭を撫でればぎゅっとしがみついてくる。
「僕ね、大きくなったら鳥になりたい」
さっきは高い所がこわいと言っていたのに、と口にしかけて慌てて吞む込む。子供心を傷つけて夢を台無しにしてはいけないとそうか、とだけ呟けば嬉しそうに続きを話す。
「それでね、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんとお母さんとお父さんと夢姉と鈴姉と花姉、みんなをいろんなところに連れて行ってあげる」
「それは楽しみだな。でもそれにはうんとおっきい鳥にならなきゃだぞ」
「うん。頑張る!」
目を輝かせて話す寿次に頬をすりすりしていると襖が開かれ、壺鈴が現れた。
「お母さん!」
寿次が壺鈴の方へ手を伸ばすのでぎゅっと抱きしめれば必死に逃れようとする。それが可愛くてわざとやっていれば彼女に怒られた。
「なにやってるんです。ほら、泣いちゃったじゃないですか」
「泣くな、寿次。たまには父さんでもいいだろ」
「お仕事ですよ」
「なんで急に仕事を持ち出すかな」
「寿次は後は私が見てますから、お店の方お願いします」
「やだ」
「子供ですか!」
「ごめんなさい……」
いつの間にか泣きやんだ寿次が自分のことで言い合いしていると思ったらしく謝りだすので、慌てて二人で説明する。
「寿次は何も悪くないのよ」
「そうだぞ。ごめんな、いじわるして。おまえが可愛くてな」
「寿次。お父さんにお仕事してくださいってお願いしれくれる?じゃないとごはん食べられなくなっちゃうから」
「卑怯だぞ」
「お父さん、お仕事してください」
どうして子供達は彼女の言う通りにしてしまうのかと肩を落としながら、寿次を降ろして店の方へ向かった。
夕方からは雨となった。
そうすると人通りも減り、お客も滅多に来ない。
一人伸びをしていると控えめに「お父さん」と呼ぶ声がした。
「なんだ、夢花か。どうしたんだ?」
なぜか少し距離を空けて窺うような視線。こっちから近づけば後退する。
「なぜ下がる」
「だ、だって……」
しかし少しかがんで手招きすると数秒悩んで寄ってきたので抱きしめる。
そっと座らせ、緩んでいた髪を結い直す。
「おまえはすぐに髪が乱れるな。暴れてるのか?」
「暴れてないもん!」
だんだん壺鈴に似てきたと感じる。
緑と薄桃色の二色の紐で髪をまとめ、着物も少し直し夢花の隣に座った。
「で、何か用があったんだろ?」
そっと頬を撫でれば真剣な面持ちで見上げてくる。
「お父さん、夢花のこと……好き?」
何かねだりに来たのかと思っていた。
抱き上げて横向きに膝の上に座らせれば、じっと見つめてくる。
「もちろん好きだぞ。どうしたんだいきなり」
頭を撫でてやれば満足したように笑顔になった。よくわからないが良かったのだろう。
「あのね、着物……ありがとう」
微笑んで抱きしめると本当に小さく「お父さん大好き」と聞こえた。
聞こえないように言ったつもりなのに地獄耳らしい父には届いてしまったようで、「夢花ー!」と叫んでいつもの頬すりすりをしてくる。
昔、父がひげを残したままやられて痛かったのであれきり拒否していたけれど触って確認済みだったのでそのままにした。
「可愛いなぁ、夢花は」
そうして何度も可愛いと繰り返すので恥ずかしくて離れようとしたら奥から母が現れた。
母は微笑んで口だけで「良かったわね」と言う。
「お父さん……夢花良い子にするから、あんまり怒らないでね」
やっと離してくれた父に告げるとなぜか困った顔になった。やっぱり怒られるのは仕方ないのかと目を合わせられなくなって下を向いたら、よしよしと背中を撫でられた。
「無理に良い子になろうなんて思わなくていい。良い子でも悪い子でも、父さんはきちんと夢花が好きだからな。怒らないようにするが怒鳴ったらごめんな。でもな、もし父さんが間違ってたらおまえは怒っていいんだ。黙ったりせずきちんと言いなさい。父さんだけじゃなく、おまえ自身が身の覚えのないことで誰かに責められたり、大切なものを傷つけられたりしたらはっきり相手に言わなくちゃいけない。何がだめで、どうしてだめなのか。わかるように説明して相手も納得してくれたら、謝ればいい。父さんとの“約束”みたいに」
父が母のようなことを言うので驚く。それでも頷くと頭を撫でられた。
「家に戻る。お仕事頑張ってね」
優しく微笑む父と母の横を通り過ぎた。
夢花が去るとどかりと溜息をついて座った夢次に声をかければ困り笑みを見せる。
「今日は色々あるな」
「お疲れ様です。おかげで子供達は喜んでますよ」
「それならいい」
肩を回し始めたので後ろに回り肩をもむ。
「あんまりかまってやれなかったからな」
ぽそりと呟いた言葉には彼自身の寂しさも感じ取れる。
決して疎かにしたわけではない。それでも昼間は仕事だから子供を見ている自分とはどうしても差が出てしまうのは仕方がないことで。こうして少しずつでも変わってゆけるのなら良い。
「いつも迷惑かけてすまない」
「今更なんですか」
そっと彼に抱きつく。
「ありがとう、壺鈴。でもな……おまえだけ責任負うな。俺とおまえの子供たちなんだから」
優しい声色で囁いた彼は突然ぐいと腕を引っ張り、膝の上に座らせられる。夢花がしていたように。
頭を押さえられ何をされるのかわかったけれど止める前に唇が重なる。柔らかな感触を残してそのまま首筋にも口付けられた。
「お、お店です! だめっ」
くすくすと笑う彼を無理矢理引きはがしたけれど今度は抱きしめられて額や頬、耳にも軽く何度も口付けされて顔が熱くなる。
「何してるの?」
突然近くで声がして二人で同時に飛びのいた。
いつの間にか不思議そうに見上げている壺花がいた。ところがすぐに夢花と鈴花に手を引かれていく。
何も言えぬまま呆然と立ち尽くし、状況を把握して頭を抱える。
「まさかいつも見られてたわけじゃないよな……」
さりげなくいやなことを言う彼の腕を軽く引っ叩く。
「あなたが所構わずするからでしょ。場所を考えてください」
お客さんでなかっただけ良いと考えるが、それにしても子供達に何て顔すればいいのか恥ずかしくて仕方がない。
「つい」
「つい、じゃないですよ! もう」
最近では珍しいあの意地の悪い笑みを浮かべる彼から顔を背け奥に戻ろうと足を踏み出しかけた所で、背後から抱きしめられた。頬に口付けられてひきはがそうと彼の腕に手をかけると、ふっと耳に息がかかり思わず息を呑む。
「もう一人くらいほしい」
「こ、こんなところでなんでそんなことをっ……」
「ただ単に子供がほしいといっただけだが何か問題でもあるのか?」
わざとらしいはぐらし方。きっと顔が赤くなっていることを自覚しながらも彼から離れ、「意地悪」とだけ言って家に戻る。
本当は嬉しいだなんて言えなかった。
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→壺花&寿次
「寿次はパパとママの方が言いやすいんじゃないの?」
「お父さんに怒られるよ」
「パパは優しいから大丈夫だよ。ほら、言ってみて」
「ぱ……ぱぱ………ま、ま」
「あ、ちょうどパパ帰ってきた。ほら寿次」
「あ……お帰りなさい。ぱ、ぱぱ」
「……」
「うっ……ご、ごめんなさ」
「寿次ー! 可愛いなぁ。よしよし」
「よかったね、寿次」
→夢花&壺花&鈴花
「壺花、今見たものは全て忘れなさい」
「どうして? パパとママがラブラブなのはだめなの?」
「らぶら……!? どこでそういう言葉を、このおませは……」
「それより壺花。お父さんとお母さんが仲良くしている時は邪魔しちゃだめなんだよ」
「どうして? 壺花もパパとママと仲良くしたい」
「とにかくラブラブなときはだめなの!」
「ほかのときはいいの?」
「お仕事の邪魔しなければね。わかった?」
「わかんない」
「あんたねぇ!」
「お、お姉ちゃん……落ち着いて」
子育て編終了です
子供心は敏感なのです