episode2:kohana
ふわふわと目の前を中くらいの泡が飛んで行く。
高く高く、空色に染まったところではじけた。
「われちゃった……」
残念そうに呟く二つ縛りの女の子は、また座り込んで泡だらけの桶に手を沈める。
「ほら、壺花ちゃん。大きいのできたよ」
ぽわっと目の前に差し出された、先程よりも一回り大きいしゃぼん玉。キラキラと反射して虹色を見せる。
そっとそれを大きく皺だらけの手から受け取るが、手が小さくていっぱいいっぱいだった。
なんとか飛び跳ねて泡を空に放つが、その瞬間に跡形もなく消えてしまった。
「おばちゃん、大きいのダメ! すぐにわれちゃう! われないの作って!」
はいはい、と相槌を打つお手伝いさんは小さめの泡玉を作りそっと空中に浮かせた。すると、それはまた高く空へ昇って行く。
女の子――壺花は嬉しそうにはしゃぎ、もっともっととねだった。
けれど咎める声で動きを止め、振り向く。
弟の寿次を抱っこした母が困り顔で立っていた。
「だめよ、壺花。お洗濯してくれてるんだから、邪魔したらあなたの着る物なくなっちゃうわよ」
「そしたらお父さんに買ってもらうもん」
何か言おうとした母のいる方とは逆へ走り出す。名前を呼ばれたけど振り返らないで走っていれば、大きいものが目の前に現れて止まれずぶつかった。
「いったーい」
「おお、ごめん、なさい」
おかしな発音に顔を上げれば、見たことのない金髪で巨体の男が手を差し伸べていた。その手は取らず、すぐに立ち上がり着物の汚れを落としていれば男もぱぱっと汚れを払ってくれる。
「おじさんだれ?」
屈みこみちょうど同じ目線より少し上くらいの位置の顔を見つめながら聞くと、男は笑顔で聞きなれない言葉をいう。多分名前だったのだろうけれどわからなかった。
「よくわかんないからおじさんって呼ぶ」
男は「おじさん」と呟き笑った。
そして名前を聞かれたので「壺花」と告げれば、微妙に違う発音に首を傾げるも面倒なので頷いた。
「ここ、住んでるのですか」
やっと聞き取れた言葉に「そうだよ」と返す。
「お祖母ちゃんとお祖父ちゃん」
男はまた何か呟いている。外国の言葉だろうが長くてわからない。気にしないで続ける。
「お父さんとお母さん」
今度は短い。もう一回と頼めばさっきよりも丁寧に教えてくれる。
慣れない響きだけれどとても口に出して言いやすい。
男が他にはと言うので、続ける。
「お姉ちゃんが二人、私、弟」
男は何か叫ぶ。
「八人。にぎやかです」
驚く男に「おじさんは?」と問えば、なぜか寂しそうな顔をする。
「今、一人です」
ふぅん、と相槌を打つとなぜか頭を撫でられた。
「髪がくずれちゃうよ!」
怒ったのに笑いだした男は、何かまた言いながらどこかへ立ち去った。
「へんな人」
少し崩れかけた髪を結い直し、家の中に入ろうとすると中から父が出てきた。
「お父さん!」
笑顔で両手を広げる父に向って飛び込んでいけば、ぎゅうっと抱きしめられ抱え上げられる。ぴた、と頬をくっつければ優しく頭を撫でられる。さっきのへんな男より丁寧に。
「お父さん大好き」
そう言えば父は頬をすりすりしてきて「可愛い」と何度も言ってくれる。
そのまま高い高いもやってくれて、またぎゅっと抱きしめてくれるから、ぎゅっとしがみつく。
「私ね、お父さんと結婚するの」
「そうかそうか。父さん嬉しい」
「ふぅん」
父の後ろで腕組みをした母が笑顔で立っていた。
知ってたから言ったのだけど、父は気付いていなかったようで慌てて下ろされ母と向き合った。
「さっきのは子供の言ったことだから」
「冗談なんですか?」
「冗談なの!? お父さんひどい」
本気で思っていたのに父は冗談だとしか受け止めてくれなかった。悲しくて涙が溢れる。
父はまた慌てて「冗談じゃない」と訂正してくれた。
「ふぅん……冗談じゃないんですか」
いつもより少し尖った母の言葉に父はうろたえている。
「お父さんいじめちゃだめ!」
母の前に出て言えば、母は屈んで頭を撫でてくれる。着物と髪型も直してくれた。
「お母さんはお父さんをいじめたりなんてしてないわ」
後ろで父が何か叫んだけれど振り向こうとしたら母に両頬を手で挟まれる。耳にかかった髪を直してくれた。
「でもね、壺花。壺花はお父さんとは結婚できないの。なんでだと思う?」
わからなくて首を傾げれば、「お父さんだからよ」と言われる。
お父さんだとなんでだめなのかわからなくて母をじっと見るけれど、母は微笑んだまま。
そして「わかるときがくるわ」とそっと頭を撫でられ、母は立ちあがった。
「ところであなた。エインズワース様に先程の修正、お伝えできました?」
「あ」
父は固まった。みるみる母の機嫌が悪くなるのがわかったから、そっと離れる。
裏庭へ行った時、塀の隙間から必死の形相で走って行く父の姿が見えた。
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→壺花&寿次
「寿次はお母さんと結婚するといいよ」
「お母さんと? そしたらお父さん泣いちゃう」
「大丈夫。お父さんには私がいるから。寿次、お母さんが好きなんでしょ?」
「うん!」
「よし、これで決まりだね!」
→夢花&鈴花
「お姉ちゃん、これってちゃんと教えてあげた方がいいよね……?」
「子供だからわかんないんでしょ。鈴花も黙ってればいいのよ。いつかわかるから」
「お姉ちゃんも昔、お父さんと結婚するっていってたよね」
「いちいち覚えてなくていいの! 忘れなさい!」
→夢次&壺鈴
「なぁ、壺鈴。怒ってるか? 昼間のこと」
「昼間のこと? お仕事すっぽかしたことですか?」
「わかってて言ってるだろ」
「あれは子供の教育上良くないので」
「やきもちじゃなくてか?」
「ちがいます」
「へぇ」
「なんですか」
「可愛いな」
「っ///」
三女の壺花ちゃん。
マイペースでお父さん大好きっ子。
なんだかんだで愛されてる夢次。