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梅桜物語短編集  作者: 城谷結季
閑話
4/8

夕暮れ、交差

冬も近付いた晩秋。

お互いを意識しているけれど気づかないふりもできなくなってきた微妙な時期。

 すっかり葉も落ちきり、丸裸になった観光名所の樹。

 物寂しさは秋故なのか、“花”がないからなのか。

 大きくそびえる城は変わらぬまま、鱗雲を背景に佇んでいる。

 時折冷たい風が吹き、羽織りをはためかせる。

 そうやって何も考えることなくいれば、駆ける足音がし振り返る。

 彼女が笑顔で寄ってきた。


「こんにちは、夢次殿。珍しいですね」


 はぁ、と両手に息を吐きあたためながら「寒くなりましたね」と呟く彼女の肩にそっと羽織りをかければ、驚いて返そうとするので無視して橋の方へ歩く。期待通り彼女もついてきた。


「綺麗」


 感嘆する彼女が見ているのは、沈んでいく夕日だった。毎日見ているはずなのによく飽きもせず「綺麗」といえるな、と捻くれた発想しかできなくて、無言のまま同じ方向を見ていれば袖を引っ張られた。


「どうかしましたか?ずっと黙ってますけど」


 心配そうに見つめてくる彼女の顔を見ていると、どうしようもなく溢れるものがあって。

やはりいつかはきちんと向き合わなければ彼女の為にもならないと思うのに、口にできなかった。


「最近夢次殿、おかしいですよ」

「どこがだ」

「なんといいますか……心ここにあらず? 最初にお会いした頃と比べるとかなり変わったというか……あ、でも最初は女装されてましたから当たり前ですよね」

「忘れてくれといったはずだが」

「そうでしたね」


 ふふ、と笑う彼女の頭を軽く小突く。

 たしかに昔だったらこんなことはできなかった。笑う姿もお互い見せなかった。昔では知り得なかったことが沢山ある。そのどれもが思い出で、絶対に言えないがどれも大切だった。忘れたくなんてないほどに。


「ここで朱院と出会って……夢次殿もここで清院と?」

「ああ」

「彼女達に出会わなければ、今こうして私たちが一緒にいることもなかったのでしょうか」

「かもしれん」


 感謝しなければですね、と微笑む。それは良い意味だと受け取っていいのだろかと思いながら、橋を渡り切ると梅の木を見上げる。

 一時の夢のように咲き散る姿が目に浮かぶ。突然現れたときの清院の姿を思い出してしまう。

 気づけば彼女はそっと梅の木に触れている。どこか微笑んでいた。

 そっと近付き幹に手をつく。驚いたように振り返り逃げようとする彼女の腕を空いている左手で掴む。

 どうしても、今言わなければきっとまた後回しにしてしまう。彼女を蝕む、記憶に。


「夢次殿……あの、腕を」

「まだ夢に見るか?」

「え?」

「兄上」


 それだけで彼女は固まってしまう。そして俯くと、すぐに顔を上げ笑顔になる。


「心配してくださっていたのですね。でも大丈夫です、私は」


 そんなのは嘘だ、とは言えなかった。それが真実かどうかは問題ではないから。


「質問を変えよう。おまえはまだ兄上のことが好きなのかと聞いている」


 はっとした表情になった彼女は、やがて空いている右手で押しのけようとしてくる。その手も掴めば抵抗はなくなり、彼女は俯いたまま。

 さすがに離してやろうかと思い始めたとき、鼻をすする音で後悔した。


「悪かった。泣くな」

「泣いてません」


 きっぱり強い口調で断言され、その両手を離す。けれどやはり泣いていたようで、手の甲で涙を拭っていた。

 慌てて手巾を出せば、ものすごい勢いで奪われた。


「意地悪」


 ぽそっと彼女は呟いた。

 実際そうだったので何も言えず、彼女が泣きやむまでそこにいるしかなかった。

 急すぎたかもしれないと思い始めた。

もっと時間をかけてもよかった。しかし時間をかけたからといって彼女の中にある兄の死に関しての責任、感情は完璧になくなるものではない。少しでも早く、その負担を軽くしたかった。

 それがただの我儘、驕りだとしても。


「もう聞かない。悪かった」


 泣きやんだらしい彼女の頭を撫で、帰ろうと振り返った。けれどまた袖を引っ張られる。


「もっと謝ったほうがいいか?」

「ちがいます。そうじゃなくて」


 それきり彼女は黙りこんでしまう。こういう場合どうするべきなのか。

 文句でもくるのだろうかと身構えていると、小さく彼女が話し始めたので耳を傾ける。

「寿次……様のこと、まだわからなくて。どうすればいいのかも、どうしたいのかも。忘れたいと思っても忘れられなくて……ずっと、ずっと彼との思い出を夢に見て、苦しくて……」


 わからない、と何度も繰り返す。行き場を失った感情の整理がついていないのだろう。

 兄がいなくなってから一年が経った今でも、彼女はずっと彷徨っていた。表にも出さず。

 自分も悩んだ時「兄がいれば」と思わないわけではない。けれど仕事も落ち着き認められるようになってからは、自分にも自信を持てるようになった。偽りではなく。

 停滞したままの彼女の時を進めたかった。進んでほしかった、彼女らしく。

 彼女をそっと抱きしめる。


「今はそれでもいい。辛かったらちゃんと言え。俺でも梅にでも。朱院や清院だって、聞いてくれるだろう?」

「はい」


 頷く彼女の頭を再度撫でる。おそるおそるといった様子で見上げてくる彼女は可愛らしくて。

 前髪をかきあげそっと額に口付ける。

 「ひゃっ」と慌てて離れた彼女は、額を擦る。おかしくて笑うと「あなたがへんなことするからっ!」と怒った。


「可愛いところあるんだな」


 いつもの調子で言えばにらまれ、彼女はついと別の方向に顔を向ける。


「どうせ可愛さなんて欠片もないですよ」


 すねてしまった彼女が愛おしくて。

 だからつい、抱き寄せて口付けた。




 いつも意地悪ばかりするのに、今日の彼は違った。

 でもやはりいつものように人をからかうので、皮肉を込めて言ったら、突然腕を引っ張られ、彼の顔が近づいてそのまま口付けされた。

 何事か理解できなかった。

 離れようとするけれど、なぜか腕に力が入らなくて。

 長かった。何度も角度を変えながらされるがままで、息が苦しくなり朦朧としてきた頃、やっと解放された。


「あ、あれ…」


 だけどそのまま立っていることができず、その場に座り込むことになった。


「どうしたんだ」


 あんなことしてきたくせに、平然としている彼を睨む。

 自分ばかりが振り回されている気がする。


「あなたがへんなことするからっ」


 納得がいかなくて叫べば、おかしそうに彼は笑った。


「二回目だな」


 また遊ばれたのだと気付く。悔しかった。


「ひどい」


 口に出せばなぜか視界が滲んだ。


「泣くな! ほんとに泣き虫だな」


 彼が近寄って来る。立ちあがって離れたいのにまだ足に力が入らなくて、そのまま再度抱きしめられた。


「意地悪。だいっきらい」


 悔しくて悔しくて、力を込めて告げたのに彼は頭を撫でてくる。癖なのか知らないが、会う度によく撫でられている気がする。


「おまえは可愛い」


 耳に息が吹きかけられ息をのむ。囁かれた言葉が一瞬理解できなかった。

 彼が離れ、頬に手を添えられる。それは見たことのない微笑みだった。


「もう立てるだろ?」


 そういって立ち上がると手を差し伸べられる。腑に落ちなくて躊躇していると、手を掴まれ引っ張り上げられる。

 勝手に歩き出す彼。その手はあたたかく、強く握られている。

 憎めない人。優しいのか意地悪なのか、つかめないことが多いけれど……嫌いではない。

 そっとその手を握り返し、彼の隣を歩いた。


*******************************************************

朱院&清院&梅都&壺鈴父

「スクープです、梅都様!」

「ど、どうしました、朱院さんに清院さん」

「お二人がついに結ばれました」

「しかも我の木の下とはな」

「なんですと!? ほんとですか!?」

「しかとこの目で見て参りました。ね、清院」

「まさかとは思ったがな」

「結ばれたとはどういうことだ!」

「まぁ、壺鈴様のお父様。聞いてらしたのですか」

「どういうことだああああばいのうじゆめつぐうううう」

「荒れそうじゃな」

「荒れますね」

「すまん、壺鈴……」




悩みに悩んだけれどこのままの形で。

ちょっと手早いですね、夢次さん。


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