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東方零目録

作者: 斉藤 孝之

 東方零目録


 外の吹雪が薄い小屋の壁を打ちつける。布団に入って寝込む私にとって世界の音はそれだけだった。

 もう何日こんな生活を続けているのだろう。一人で立つことすらできず、常に介護に頼ってきた。介護に来てくれる人は常に笑顔で私を介抱してくれたが、心の中はどう思っているかを考えると、心は休まることはなかった。

 そして数日前から介護の人間は私が住む小屋に訪れない。それは吹雪によって来る事が出来ないのだとは思うが、私の介護が嫌になってしまった為に訪れないのではないかと思ってしまうあたり、私はもう体だけでなく心も病んでしまっているのだと思う。

 人間というのは酷く脆い。それは病に伏してから気づいた事だ。何も病気になったから弱っていくだけではない。例えば傍に誰もいない、話す相手がいない、温もりを感じられない、そんな些細な事でさえ人間は弱っていくのだ。こんな事は病に伏すまでは聞いても一笑に付していたが、本当だったのだ。

 自分の体の事は大体分かる。恐らく私の命の灯はもうすぐ消えるのだろう。若いうちは死を恐れ、生に執着し色々な事をしたものだが、何故だか今は素直に死を受け入れられる。それはこの数日が考える時間が多かったからなのかもしれない。

 人は何かを成す為に生まれ、事を成したときに死んでいくと言われていると何かで聞いたことがある。では私は何を成す為に生まれたのだろう。死んでいくという事は何かを成したのだろうか。

 そんな事を考えていると小屋の扉を叩く音が聞こえる。介護の人間だろうかと思案するがすぐに否定する。何故なら介護の人間はとても遠慮気味に扉を叩くのだ。だが今叩いている音はよく言えば元気良く、悪く言えば遠慮のない叩き方だ。

 では誰なのだろう。我ながら人付き合いは良い方でないので私が住む小屋を訪れるものなどいない。ましてや外は吹雪だ。こんな日に外に出歩くなどよほどの物好きぐらいだろう。

 そんな事を考えている間にも扉を叩く音は鳴り続ける。仕方なしに私は勝手に入ってくれと外の何者かに返答する。仮に物取りでも構いやしない。ここには金物は無いし、朽ちてく命だ。物取りに最後を看取られるものも一興だろう。

 私の返答が聞こえたのか勢い良く扉が開かれる。そして同時に冷たい外気が小屋に入り込み私は肩を震わす。何故もっとゆっくり扉を開けれないのかと文句を言おうと扉を開けた主を怒鳴りつけようと扉の方を見るが、そこで私は怒りを忘れ呆けてしまう。

 そこにいたのは小さな少女だった。頭にリボンをのせて笑顔で私に話しかけてくる。どうも道に迷ってしまったので休ませてほしいとの事らしい。

 少女は道に迷ったという割にはなぜか誇らしげであり、そして私の返答を待つ間もなくまるで返事は聞いたと言わんばかりにあがり込み、置いてあった煎餅を食べ始め、くつろぎ始めてしまった。なんという図々しさであろう。以前の私だったら説教の一つ入れてやるところだが、何故だかそんな気は起きなかった。むしろ優しい気持ちになれたのだ。

 少女は私に色々な話をしてくれた。もはや言葉を発するにも苦しい私には相槌が精一杯だったが、少女は楽しげに話してくれた。

 少女の話は些細な事ばかりだった。どこへ出かけた。どんな事をして遊んだ。そんなことばかりであった。しかし私は話を聞きながらふとある事に気づく。それは少女の話には少女以外の人物が登場しないことだ。どこへ行くにしても、何をして遊ぶにしても常に少女一人しか出てこないのだ。

 私は問いかける。何故少女一人しか出ないのかと。少女は少し詰まりながら、自分は天才で逆に他人を相手にしないのだと笑いながら答えた。だがすぐに私はそれが嘘である事がわかった。何故なら少女の顔は笑っていたが目が悲しげだったからである。私は自分の過ちに気づき謝ることにした。しかし少女はすぐに気をとりなして別の話を始めた。

 少女の話を聞きながら私はふと考える。少女に自分は何かをしてあげる事はできないか。恐らく私の生涯で少女が最後に会う者だ。ならば少女に、最後の出合いに何かしてあげたいと思った。そう考えた私は少女に問う。何か私に出来ることは無いかと。すると少女は少し考えふと口にする。友達になってほしいと。一緒に野を駆け、いろんな遊びを一緒にしてほしいと。

 少女の願いは些細な事だった。だからこそ私は悔しかった。何故自分はそんなことすら少女にしてあげられないのかと。

 もし体が元気であるなら、彼女とどこかへ行くことも出来ただろう。少女と遊ぶことも出来ただろう。しかし現状は無理である。何せ動くこともままならないのだから。気が付くと瞼が濡れていた。涙を流したことなどいつ以来だろう。

 少女は涙を流した私を心配そうに眺めていた。少女を安心させようと必死に笑顔を作る。何でもないよと、ちょっと眠くなったのだと必死に嘘をつく。

 少女は安心したように笑顔になる。気が付けば吹雪も止んでいた。私の命の灯ももうすぐで消えるのが分かる。だから私は少女を送り出すことにする。少女に私の最後に看取って欲しくなかったのだ。

 少女は少し迷ったようだが、すぐに決心して扉に歩いていく。扉に手をかけこちらを振り向いた不安げな表情に私は些細な願いさえ叶えてあげられなかった代わりに精一杯の言葉を贈る。

 恐れないでと。出会いは素晴らしいんだと。いつか最高の友達が出来るからと。

 私は出来なかったけど少女なら出来ると確信する。何故なら少女は輝く笑顔を私に向けたから。

 少女が去り、小屋は静寂に包まれた。今までなら寂しさに悩み苦しんでいただろう。しかし今の私には満ち足りた思いで包まれていた。

 人は何かを成すために生まれ、何かを成したときに死んでいくという。

 今思えば私はあの少女に出会う為に生まれ、少女に出会ったから死んでいくのかもしれない。

 でもそれでも構わない。あの少女がこの先幸せな人生を過ごせるかもしれない手助けができたのかもしれないのだから。

 少しずつ瞼が重たくなってくる。ついに人生の終焉だ。だから私は精一杯祈りながら逝こうと思う。

 あの少女の――

 生涯最後に出会えた者の――


 願わくば最高の友に出会えることを

 少女の人生に幸あれ




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