犬っころ、逃げた
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唸り声を出してゼノ騎士様を牽制するシロ。いや、イズ? いやシロだべ。
ねえねえちょっと待ってよ。あたし色々理解できないよ!
イズが人間になるわ、それが騎士だったわ、しかも王宮に連れてこられるわ、ナトセの森の魔女だって言われるわ、窓から跳ぶわでもうやばいよ。
それで、シロがイズって? おいおい冗談きついぜお嬢ちゃん? じゃなくて騎士様?
しかも相棒じゃなかったの? え、なに喧嘩中? あたし関わりたくないよ!
ゆっくりと近づいてくるゼノ騎士様。そして後退するシロ、の上にあたし。
「止まるんだ」
その言葉に従わないシロ。いやいや相手は騎士様だよ! 従おうよ! シロに念じてみるけどあたしはそんな能力を持ってないのであります。シロには効きません。
あれ、言葉を理解できるはず、だよね? ……記憶力に自信はありませんが、あれ?
「もう一度いいます。止まりなさい」
止まらないシロ。止まるべしだよシロ! まあ抜け出すようにしたところからおかしいんですけどね! ……でもこれがいいことだと思うんだよね。なんでだろ。
「ただいまより、武力行使を行います」
そして突っ込んでくる騎士さあああああああああああああああああ! ま!
シロが急に走り出すから振り落とされるかと思ったあああああああ! ホント申し訳ないけど白い毛を思いっきり引っ張らせてもらって足もがっちりと胴体を締め付けるような感じで! ごめんね一部禿げるかもしれないからまじごめんね!
普通の声でしゃべってたから、ゼノ騎士様とあたしたちの間の距離はそんななくて、だから騎士様が突っ込んできた瞬間右に走ったシロ。結構すれすれだったかもしんない!
おそるおそる後ろを振り返ってみれば、こちらに走ってくるゼノ騎士様。……さすがに城の足にはついて来れないようですね。
あたしの心の中に罪悪感はない。自分でも不思議だ。騎士様に逆らっているのにね。
再び前を見据え、シロの走りに身を任せる。
一直線に進んでいくシロ。ほんとどこ行くの!
「おいおいどこ行くんだよ……」
突如目の前に人が現れる。それに反応して素早く左へ曲がるシロ。ふわわまた振り落とされるかと思ったよ! 今のは誰だったんだろ。てか、今さ、急に現れたよね!
先ほどより早い段階で後ろを見ても、夜目ではわかりにくい。田舎者ですから、普通の人よりは優れてるつもりなんだけどなー。
そういえばゼノ騎士様ってどうして判断できたんだろ? ……まあ一日一緒にいたしね。
走って、走って、走って。
着いたのは、一つの屋敷だった。シロの意図がわからないよ!
いかにも立派な貴族やってます、という屋敷。
シロに流されるままにここまで逃げてきちゃったけれども、何故逃げてきたんだこの犬っころめ! けれどどこかそれに納得してる自分がいるのも嫌だ。
どうやらここの門にはアレがいないらしい。えっと、なんていうだっけ。昨日、っていうか夕方頃には思い出せたはずなのに! えっと……門番?
そしたらまたシロが他のところへと歩き始めた。ここじゃないんかい。
屋敷の外を周るように着いたのが、先ほどの裏側。
王宮と違って柵ではなく、塀があって、石垣でできているようだ。
そこにある、小さな門。人ひとり通れる感じの門。これは柵みたいな感じ。
どうやらそこから中に入れるらしい。……シロ、お前ここの屋敷の関係者か? なんでこんなに詳しいの? この屋敷にはいるっぽいんだけど、あたしとしてはやだなー……。つまりは侵入じゃん? 貴族遠ざけ教育なあたしにとっては抵抗が……。
シロが体をくねらせる。降りるように催促されているらしい。
ありがと、と言いながら体から降りれば、ちょっとだけふらついた。身をかがませて触れてみれば、どうやら鍵がかかっているらしい。入れなねえだ!
と、温かいものが背中に感じられた。
シロが触ってきたっぽい。肉球あったかいねー。どうした、と訊けば、前足で自分の首を叩いた。……? えっと、首を絞めろ?
いえ、冗談です。導かれるままにシロの首を探れば、そこには首輪が。
首輪か……。村では放し飼いが普通だからな。見るのは初めてかもしれない。でも見たことあるような気もするようなしないような?
その首輪を見れば、小さい箱が付いている。箱を開けつつ、一つ後悔すべきことを思い出した。――首輪があるんだったら、首輪引っ張ってりゃよかったじゃん。
ああやって、毛を引っ張ることもなかったって。
いやいやよくねえよ、と自分で訂正する。そしたら首が絞まっちゃうもんね!
箱の中には一つの輪に通されたいくつかの鍵があった。
……あー! これのどれかが門の鍵ってわけだ! よし、頑張るぞ!
運よく四番目の鍵で開いた小さな門をくぐり、そのあとをシロが続く。……シロ、お前はどうしてそんなものを持っていたんだ。
あたしたちが今いる場所は植物だらけだ。といっても荒れてるわけではなく、花が咲くやつばっか。なんかいい匂い。タリ草原とはまた違った感じ。
「あ」
上から声がかかると同時に、光によって照らされるあたしたち。
げ、人! やばい人に気づかなかった! こんれはやんっばいよ! 反応して相手の方見ちゃった! 顔見られちゃったよ! 見られる前に逃げるべしなのに!
「み、みみ見つけましたよ! ミハエル様!」
……は?
「旦那様、こんな時間に申し訳ございません」
コリンズ家当主、マイルズ・コリンズは不機嫌だった。
「ミハエル様、が、帰宅なされました」
家の役目を果たさない長男が失踪してから三年が過ぎ、突然戻ってきたのだという。
これで他の家に噂されている「長男が死んだ」ということを止めることができるが、それと同時に今更なぜ戻ってきた、という気持ちも多々あったのだ。
部屋に通せ、と言えば、長年仕えている執事は気まずそうにできないという。
理由を尋ねても答えないので苛立ちながら息子が待っている部屋を訪れる。
そこには、確かに『ミハエル』がいた。
ミハエルという、身代わりにふさわしい、娘が。
多分、『村』の子供であろう。
ミハエルがいなくなったときは、確かに『村』の子供を連れてきて身代わりにする手段があったが、それでは他の家の人にバレてしまう。だからそれは実行に移されなかったが。
前を見ろ、マイルズ。
どうやって『村』から出てきたのかはわからないし、その点に関しては『村』を警備している奴らに罰則を与えるとして。
前を見ろ、マイルズ。
今目の前には『ミハエル』がいる。本物ではないし、男でもないが、千載一遇のチャンスだ。お飾り程度でも信用は取り戻せるぞ。
その娘のためでもあるんだ。今ここで『ミハエル』にしなければ、殺すことになるぞ? なあマイルズ。やれ、やってしまえ。
「よく帰ってきたな、ミハエル」
その一言に使用人どもが安堵の息を吐くのが目に見えてわかった。
娘をミハエルと認識するかどうか、皆が不安だったのだろう。
まあ、主人を騙しているわけでもあるしな。……騙してるわけでもないか。
けれども背徳感があったことには間違いないだろう。
「え、あ――」
「ミハエル」
さきほどより少し大きな声で名前を呼べば、気まずそうに黙った。
「今日はもうゆっくり休め。夜明けまで時間は少ないが、少しでも休息を取るといい」
あとは侍女たちに任せて部屋を出て、執事のジュリアンを呼ぶ。
「ミハエル用に服を仕立てろ。胸もないようだから平気だろう」
息子のミハエルの服では少々大きすぎるようだからな。
さあ、明日からまたこの家を良くしようじゃないか、マイルズ・コリンズ。