犬っころ、着いた
王宮は見えるものの、近くに城下町はない。……なんでだろう? ……あ。この野原、もしかして領地なんですか!?
あ、そっかそっか。もしかして転移の魔法用の領地? ……タリ草原もかな? そうだとしたら、あたしたちは国の領地を無断で使ってるわけになるんだけど。……犯罪だ! 捕まるよ!
しかし気軽に質問できる訳もなく。……だって、騎士様お二人がずーっとこそこそ声で喋ってんですもん。時折こちらを気にしながら。さっきからずーっと。
居心地悪いー早く王宮着けー。でも王宮着いたら着いたで居心地悪いことなりそー。農民には荷が重いべ。農民らすぐぅ、喋ってみんべ? ……訛りすぎはあたしに似合わないね。てか農民ですから作法とかわかりませんし? ホント、女王様はあたしに何用なんでしょうかね? 大体わざわざ王宮まで行かなきゃならんのか?
おい待て。よく考えてみようぜお嬢ちゃん。キラーン。
何故イズ騎士様はあたしを連れ帰るんだろ?
だって、二年前の命令が継続、なんてことはないよね? ね? それに命令も受けてないでしょ? だよね? だよね!?
……はれれれれ? あたしの思考回路が爆発しちゃうぞっ。頭ぼかーん!
や、やーめよ。考えるだけ無駄だわ……。
王宮に近づくにつれて建物が大きく見える。当たり前か。でも、太陽はもう沈みかけてて、空は藍色に近くなってるから、建物の細部は良く見えない
王宮はもちろんのこと、貴族の家なんて見たことない。そりゃあ、村の近くにだって貴族の家はあるさ。そこらへんの領地の、えと……何様だっけ。まあ領主さまです。
けれど近付かないようにしてるからね。近付かないといけないこともないし。
あの、周りを囲ってる黒っぽいのはなんだろ? 一部分だけ上が山みたいになってるし。
近付くにつれてなんとなくわかってきた。その一部変なところ、多分門だ! 多分! そんで黒っぽいのは柵か! 建物の内側に人が立ってるんだよね。手になんか持ってるし。護身用の武器?
「うゎっ!」
急に建物の内側の人――守衛さんっていうんだっけ――がこちらに向かって発光した。発光した、のかな? 手のあたりが急に光ったんだよね。
てか……手持ちの街灯、みたいな感じかな?
どうやら今の光でこちらの顔を確認したらしく、門もどきがゆっくりと開かれていく。暗いから、内側に開かれてるのか外側に開かれてるのかよくわからないなー。
そして門に到着。どうやら内側に開かれていたようで。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです。そちらが……?」
守衛さんが首を伸ばしながら、騎士様お二人の後ろに隠れてるあたしを見てきます。……ん? んん? そちらが、ってことは、あたしのこと伝わってるの? ……なんだし。
「はい、そうです。そしてこっちが使い魔です」
イズ騎士様がシロを指して言います。……相棒じゃなかったのか。
そして守衛さんは建物から出てきた女の人――侍女ってやつかな?――に何か言うと、その侍女さんがあたし達を案内してくれました。
なっがい廊下を進む進む。……おっきな建物ですね。税金だらけだー。
ここは動物厳禁じゃないんですかね? シロが誰にも咎められることなくふっつーに歩いてるんですが。いいんですか?
あ、騎士様達の靴とか、シロの足は拭きました。てか拭いてくれました。
ただ、あたしの草鞋は泥が染み込んじゃってるもので。あたしは慣れてるからいいんだけど、今あたしの下にある赤い絨毯が汚れてしまうので、代えの物を用意してくれました。何これ。履きなれないです。歩きにくいです。
「あ」
躓いた。
これが草鞋なら咄嗟に反対側の足で踏みとどまるけど、履きなれないこの靴じゃ――!
「大丈夫?」
イズ騎士様が受け止めて下さいました。ふわわわごめんなさい!
「大丈夫です! ありがとうございました!」
とりあえずお礼ですよね。お礼。
イズ騎士様の口調が弱気な感じであります。そしてこう、受け止めてくれたのにこう言うのもなんですが!
体ひょろっ! 胸板ない!
農作業をしている村の男子よりひょろっ! 目茶目茶ひょろっ!
逞しさが足りないぞイズ君っ!
村の男子の体を実際に触ったことがある、なんてことはないけれどもね。それでも、服の上からでもひょろっ! て思います。
暑い季節になると、ほとんどが上を脱ぐからねー。見慣れてるんだ。
ま、イズ騎士様に関しては、下が布だったからね……。流石に露出狂みたいじゃん?
どうやら目的地に着いたらしく、前の人達の足が止まりました。合計十個。侍女さん、騎士様二人、シロ。王宮を隅々まで見たい気持ちはあるけれども、緊張して無理なんです。無理無理。だって、小さい頃には少し憧れる、お姫様――王女様だけど――に会うんだよ? と同時に、顔見られて殺されないかとひやひやしてます。ってことで下ばっか見てます。それと、すれ違う侍女さん達の視線も気になるのでね。
ちらっと前を見てみますと、そこには扉がありました。……やっぱ大きい。
「ただいま戻りました。ミバセーダ・ミムスと、その他二名、そして使い魔が一匹です」
ふむふむ。ミバセーダ様と言うんですね。……イズ騎士様の名前思い出せん。
「どうぞ、入って」
中からは優しそうな女の人の声が。
「あれが女王様だから、失礼のないように」
イズ騎士様が扉の開く前にこっそり教えてくれます。ええわかっております。わかっておりますがね? まずあたしは作法とかできませんから! まぁ、お行儀よくってだけならやりますけどー。
門がゆっくりと開いて行きます。……下向いたままって、実は失礼でしょうか? びくびくしながらもとりあえず顔を上げます。
侍女さんが女王様に例をして、こちらに例をして、来た方向へと帰って行きました。
前の二人の背が高いわけですが、その間から女王様を発見しました。……キレイだ。
キレイだ! 凄く! あれで一児の母なんですね!
金の装飾の着いた椅子に座って、優雅に微笑んでる。その隣には、騎士様達と同じような格好をした男が。無表情です。……あ、近衛騎士かな?
前の二人が進み始めたのであたしも慌てて後ろに続きます。
扉と女王様の真ん中ぐらいまで進んで二人が膝を折りました。ちょ、ちょっと待って! あたしも慌てて膝を折る――つもりだったけど多分傍からみたらすごい変だった。
シロを見れば恭しく頭を下げております。ほゎー……。利口な狼だとは思ってたけど、まさかここまでとは。動物って侮れない。……あ、頭下げなきゃ!
「顔をあげて」
その言葉におそるおそる顔をあげます。早速粗相してしまいました。
「お帰りなさいお二人とも。そしてゼノ。よくぞ生きていました。」
あーゼノか。ゼノ騎士様。
「私もまた陛下に会えて、至極うれしく思います」
その言葉に女王様は頬笑みで返すと、こちらを向きました。
「はじめまして。ナイラ・ツァーです。早速ですが、あなたに頼みたいことがあるんです」
女王様が名乗ったので、あたしも名乗ろうとしましたが遮られてしまいました。あれだね。農民の名前なんて聞く価値なんてないってやつか。……あ、本気でそう思ってるわけじゃないからね? 急いでるのか、名前を訊くのを忘れたのか、はたまたは配慮か。
むしろ、用事が頼みごとで安心してる感じですが。
一介の農民に何の用だろうか? はてはて? それともあの村の人として? でもそれならあたしじゃなくてもよかったよね? などと考えていた呑気なあたしの頭は、次の一言で硬直するのです。
「ナトセの森の、魔女としての、あなたに」
……は?