犬っころ、移った
なんで騎士様は普通に顔見せてるんだろう。そりゃあさ、許可貰ったんだろうよ。
でもさ、でもさ。ひょろ騎士様、いややっぱイズ騎士と呼ぼう。は、さっき質問した通り、親がいないタイプのこの村の子供だったんでしょ?
だったら尚更ダメじゃない?
イズ騎士様はさ……勇者だな。顔見せて、殺されてないんだし。うんうん。
どういう経緯でー、とかしんないけどさ。よく見せる気になったねー……。てあれ。なんで村のみんなは止めなかったんだ? 殺される可能性だってあったしさ。……謎は深まるばかりですなあ。
「ミバ久しぶり。よくこっちがわかったね」
ニコニコ笑顔でイズ騎士様が語りかけます。ふむふむ、あの騎士はミバというのですね。下向いてるから顔見えないけど。……てか、貴族じゃん。呼び捨てか……。
イズ騎士様のモードが弱気モードです。いや、弱気じゃないけど口調が弱気な感じ。……正にいじめられっこ的な。いじめられっ子でしたもんね。
「そうわかってるなら寝っ転がるんじゃねえよ。幸いそこの白い狼見つけてな。最初は逃げるか退治って思ったけど、良く見たら人がいるっぽいじゃねえの。狼の口の周りが血で真っ赤、なんてこともなかったからな」
おおうこれはこれは申し訳ない。白い狼の口の周りが真っ赤だったら映えるよねえ。
「で、こいつが?」
ミバ騎士様の視線がこっちへ向きます、向いてます。……多分。でも脳天が熱いんだよ。視線が当たってる気がしてならないんだよ。
てかあたし失礼してない? よくわかんない。貴族とすれ違ったら礼する感じで頭下げてやり過ごしてたし。向き合ったことなんかありませんでしたし!
こいつが、ね。……う? イズ騎士様の迎えじゃないのかい? てかなんであたし付いてきてんだっけ? あーあたし連れてくんだっけ。そうだった。てかあたしのこと聞いてるんかい。……あれかな。女王様が使ってる便利ぃな精霊様の力ってやつか。
「ま、そうだね」
「……ふーん? おい、顔上げろ」
びくっ。
自分でもわかるくらいに頭がびくってなったよ! あたし動揺してるね!
「あー? あー、お前の村とかそんなん気にしねえよ。道中下向いたままでいるつもりかよ。ほら、上げろ」
……どうやら、事情はお知りのようで。まあそうだよねー貴族さんですもんねー。
あたしは恐る恐る、ゆっくーりと顔を上げます。表情は固まってます。子供が悪さをして大人に捕まったときな感じの。スイカを種ごと食べて、お腹の中からスイカが生えてきちゃうと思ってた時な感じの。
「……行くか」
感想言われないでイズ騎士様の方を向きなおしました。……えー。
そりゃあ感想言われたら言われたでそうだけどさ……。
かわいいって言われたら真っ赤になる自信あったよ。言われない自信あったけど。心の中でそうだったらいいなって思ってるけど、やっぱそういうのはお世辞認定。ブスって言われたらそれなりに傷つく。普通って言われたらそれはそれで傷つくかもな。
でも愛嬌のある顔、って言われたら喜んでたかも。あと人懐っこそうとか。
水面に映る自分の顔しか見たことないからねー。そんなにじっくりも見ないし。
「そうだね」
そうか、行きますのですか。でもミバ騎士様は動かない。目を閉じて深呼吸だ。
「あ、確認するがそっちの狼もだよな?」
「うん、よろしく」
イズ騎士様、何を頼んでるんですか! よろしく? 何をだ。
動かないで下さいね、とイズ騎士様に言われました。え、何でですか。何があるんですか。これから王宮に向かって歩くんじゃないの……?
と思った次の瞬間!
特に何も起こらなかった。
……うん? でも何か違和感がある。なんだろ。なんて言うのかな……。
先程と変わらぬだだっ広い草原。でもその向こうの景色は少し違うような気がしないでもない。草の高さも少し高いような気がする。あと、急に雨の匂いするようになった。
「じゃ、行くか」
ミバ騎士様がそういうと後にイズ騎士様が続いて歩きます。ちょ、ま、置いて行くなし。
その後ろをシロが歩く。傍から見たら凄い光景なんだろうなー。騎士が二人に農民の娘が一人に獣が一匹。……やべえよ。目的のわからない一行だよ。
「今、転移の魔法を使いました」
……転移の、魔法、ですか。
「魔法っていうのは精霊様の力です。なんとなくわかりますか?」
ええ、わかります。なんとなく。騎士様口調固ー。どうやらあたし相手だと丁寧語。
転移の魔法かー……通りで二年前もそんな早く調査が来たんだね。精霊様の力凄し。
いやしかし。疑問が残るな。転移の魔法が使えるなら村自体……いや、流石にそれは目立つか。じゃああの魔女の家の近くで迎えに来てもらえばよかったのに。わざわざタリ草原まで移動する必要はないはずだ。なんか目的あるんだろうな……。
「はい、なんとなく」
大体ここはどこだろ。王宮に行くんじゃなかったのかな? ここも草原ですが。
「そういう声なのか。ふーん」
……声の見定めをされました。なんだよ。なんだよ。しかもまたしてもふーん。感想もなし。いらないけどさ。
イズ騎士様はミバ騎士様とこそこそ話してるしさ。
ぐちょぐちょぐちょぐちょ。鳴り響く八つの足音。いや、響いてはいないね。
雨の匂いがする、と言ったように、ここは先程まで雨が降っていたようだ。下は野原。つまり土はぐちょぐちょ。
あたしは草鞋です。シロに至っては素足です。ていうか裸だよね。
騎士様二人は靴を履いておられますが。あたしとシロはこんなん。シロの白い綺麗な毛が茶色くー……あたしも草鞋が気持ち悪ぅての。ウンチ踏み続けてる感じ。
でももちろんウンチの臭いはしません。新緑の匂いのみですね。あ、あと雨の。
「あ。私達がタリ草原まで歩いた理由ですが……簡単に説明しますと、大雑把なんです」
……簡単に説明しすぎてよくわかりません。もう少し詳しく、ええ、少しでいいんで!
そんなあたしの視線に心を打たれたのか。そこらへんはあたしの預かり知らぬところですが、きっちり通じたようです。
「場所の細かい限定が出来ないんです。だからああいう広い所でやります」
……あー、そういうこと! 理解した。
精霊様の力――イズ騎士様が魔法って言ってたっけか――てことで魔法は、どうやら細かい指定ができないようだ。そうだね、どういう理屈なのかわかんないけど、少し転移する場所がずれて民家の中とかだったらヤバイよね。
……だからってなあ。なんとなく納得いかない。
理由は自分でもわかる。お腹があたったからだ。あんな、苦労をして……! 森の中で何回も用足したよ。お陰で意識したらお腹減ってきた。
そういえばもうお腹治ってるなー……。我ながら早いこと。
だが、騎士様はどうだろうか?
よろよろひょろひょろダメダメな体。重い装備もあるし。
……あたしはまだ治ってないに賭ける。
少し歩くと町が見えてきた。と、同時に。
王宮が、見えてきた。
まさに王族が住んでますよーって感じの立派な建物。……お金かかってるなあ。
あたしなんで呼ばれたんだろう。その理由も後少しで解けますね。良いほうの理由だと祈りますが。あたしは常識人です。
目の前では相変わらず騎士様が喋っています。こそこそ声で。
あたしに何か聞かせたくないことがあるのはわかるんだけど、やっぱ虚しいものがある。嫌われてるみたいじゃんかー。あたしぃ、騎士様にぃ、いじめられてるぅ!
……こんなのあたしに似合わないわ。
さてさて。まあ似合うかに合わないかは置いとくか。あたしはどうなるんかね?