犬っころ、叩いた
「着いて来て頂けますでしょうか? 道中の命は、私が必ず保証いたします。」
期待と、申し訳なさを含んだ声音。強要してるとか、そういう感じはしない。でも、なんか怪しいじゃん? 道中、ね。王宮に着いたらあたしは保証されないんですか!
「その、是非断りさせていただきたいのですが……。む、り、かな?」
あ、あははははは、とかわいた笑いしか出ないです。あはははは。
「是非自身で決めて来て頂きたいのですが……。む、り、でしょうか?」
同じ調子で返されてしまった。無理、の所だけなんか弱気だった。ミレイブル様昔弱気だったんだっけ? でも騎士となった今でも弱気って……。さっきの意味わからないこと行ってた時は終始弱気だったなあ。
「無理強いはしません。ただ、今すぐ決めていただきたいのです」
無理強いはしない? え、つまりあたし拒否権あるってこと? あ、そうなの。王宮に着き次第、招かれた、いや招かれると言うよりは連れて行かれた理由がわかるから、つまりはここに留まると理由が訊けないのが少し心残り。で、す、が!
「でしたら、申し訳ございませんが、お断りさせて頂きますね」
こう、イズがいきなり光ってミレイブル様になって、とかもう頭が色々パンクしてる、気がするようなしないような気がするんでね。ちょっと色々納得できないし、なんか村に帰ってこれないほどのことはイヤだもの。この村の生まれまら、この村で死ぬべし。この村の人は、犯罪とかしたらすぐに殺されちゃうほど色々やばいっすから。うわー箪笥にぶつけた小指の痛みもふっとんじゃってる。あ、でも普通はこんだけ経てば痛まないか。
「そっか……」
いきなり弱気になり、敬語の抜けたミレイブル様。おいおい。
その後に、申し訳ないような、怯えるような顔をして、
「ごめんなさいっ!」
と怯えるいじめられっ子のように、四本のミミズ腫れがある頬を少し歪ませ――頭に火花が散る。真っ白になってパチンと弾ける。首の後ろがちょっと痛いかもしれない。
てか、なんで叩かれた!?
ん……。良い匂いがする……。お気に入りの麻袋……。なんか聞こえる……? ん……すらすら~……川の音? 綺麗なせせらぎだな……。ちょっと体が痛いかも……。
「っつぅ……」
寝返り打ったらゴリッって! あたしの目は一気に覚めました!
目の前に広がるは茶色。と、その隙間から洩れる光。体の下は何かゴリゴリしてるものがあって、それでなんか狭い。身動き取くなってて、こんな状況ですから冷や汗出ました。
……これは一体何が? イズはどこーあの子なら頭良い―――あ。
思い出したああああああ! イズが騎士になって! 叩かれたんだった!
……騎士の名前が思い出せない。み、み、み、イズ? じゃないあたしが付けた犬っころの名前。んー……ミズ? …………絶対違うけど暫定的にミズということにしよう。
それであたしは今どうなってるんだ。 囚われの身ですか? 髪の毛がボサボサしてるよね絶対。体は痛いし、麻袋の匂いは好きだけど流石に入れられなくてもなー。
囚われの身かー……。色々ヤバイかも。殺されちゃうかも。騎士にじゃなくて、こう、あいつらに。
あたしが騎士にされたのって手刀かな? あいつら対策に、一応村ではみんな手刀とか脛とか鳩尾はどこかとか教えてもらってるけれども。流石騎士です。何が何だかわかりませんでした。速かったっていうか、まあ場面が場面だったこともあるけど手刀する気配なかったから、全然対応出来ませんでした。
話がズレていた。むむん。えっと、体の下が痛いから、何かあるんだろうね。で、近くに綺麗なせせらぎがあるから……川辺? 田畑の水引いてる川かな? 麻袋の隙間から洩れる光的に、太陽は上らへん。つまりはお昼頃? イズがミズ様になったのが朝のことで、喉そんな乾いてないし、日にちは跨いでないってことでいいかな。あと蒸し暑い。
あたしの周りに騎士はいないのか! てかどうして気絶させられたんだ。会話を思い出してみても、ご自身の判断で行くか行かないか決めて頂けるみたいなことしか言われ――うん? うん? 会話色々抜けてるけど……言い回しっていうか。
あ、れ? あ、あれれれれれ? なんか、つながったぞ?
「できれば自分で行くと言って頂きたくて、無理なら無理矢理連れて行きます」
的な会話……? う、嘘だっ!
でも確かに騎士様申し訳なさそうにしてたー……今って強制連行されてるの? でもあたし転がされてるよ? ……騎士様、布を下半身に巻いただけの格好じゃなかったけ。
……うわぁそんなのが町で歩いてたら捕まる!
また話しがズレた。
えっと、あたし、どうなってんのー?
ゴロゴロゴロゴロ。なんか転がされてるところ石っぽいね。そんで痛い。うー。
あ、なんか足音聞こえる。え、だ、誰? 騎士だよね?
「す、すいませーん出してくださーい! 逃げませんので! ちょっと痛いんでー!」
頑張って叫ぶよーちゃんと聞こえてますかー?
しかしそいつは返事をせずに近寄ってきます。……え、な、何。
しかも、耳をすませばなんか、ハァハァと喘ぐ声が……え? 息、切らしてます? ……てかー……これ、人間じゃない! 獣だ! ちょっと獣臭い! え! 何! あたし獣に食われて死んじゃうの!?
ハァハァと喘ぎながら近寄ってくる獣。うわあああああああちょっと待って怖い怖いそれならいっそいきなり首飛ばされたりして死にたい! だって、苦しみながら死にたくないし、死ぬって言う恐怖を味わいたくないじゃないか!
あたしには、わかる。……獣、もうあたしのすぐそこだ!
ゴロゴロゴロゴロ。転がるあたし。ゆっくり歩いて来る獣。……こ、怖い! 余裕持たれてる!
ゴロゴロゴ。……こ、転がれない!なんか、麻袋のどっか押さえつけられてます!
「うわああああああああああああああああ!」
叫ぶ叫びます叫ばなければ! 我武者羅にゴロゴロします!
すると、押さえつけられてる感覚が消えた。いきなり消えたから頭がいきなり地面に衝突。っつぅ……。
しかもなんか麻袋自体緩くなった? 頭の上がスゥスゥする。……お? お? お!?
まさか、穴が開いた!?
足を尺取り虫のように使ってその穴から頭を出す。よいしょっと。
そしたら目の前には――白い、狼がおりました。
「ひっ!」
や、やばいやばいやばい! 口にはなんか紐咥えてるし! え、何、あたしを袋から出して喜びを味わわせたせた上で食うのか!?
とりあえず麻袋から抜け出す。案の定下は石です。太陽に熱せられて熱いかも。いやそんなこと気にしてる場合ではなーい! に、逃げなければ!
「あ、起きたんですか? 申し訳ございません、無理矢理やってしまって」
後ろからのんきな騎士様の声が。……あ、あ、あ、あの、あなたが連れてきた人が白い狼に食べられそうですよ!? あたしの体と同じ大きさぐらいの狼ですよ!? 見えませんか!?
そんなあたしの怯えた視線に騎士様が気付いたのでしょうか。
「その狼は――僕の、相棒、です」
「おぅんっ」
あ、あ、相棒ですか。狼もしっかりと、迫力と響きのある鳴き声で返事をしております。
「怖がらなくて、結構ですよ」
は、はあ。
あ、でも確かに何もされてない。麻袋だって食われてないし、大きな図体で紐だけを噛みちぎって……あたしが一方的に恐れてただけですか。
ペロッ。
ほっぺがヌルって! お、狼に舐められた! びっくりしました!
「あ、あの、この子の名前は」
「え、あ。……シロです」
……え、もしかして今名付けました? 名前、決めてなかったんですか!?