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犬っころ、喋った

 上半身露出男。そいつは子供のような純粋な笑顔で言った。

「僕がやったわけじゃないけど、僕の、勝ちだね」

 えへへ、と効果音が付きそうな台詞。

 ……あの、あたし全然理解してないんですけど。頭が追いつかないんですけど!

 ちょっと待って? この男……左頬に、四本のミミズ腫れ……あるぇるぇ?

「き、し……?」

 あとさっきなんて言ったっけ? こいつイズって言わなかった? まあとりあえず。

「え? あ、うん? ……どうしたの? 体調悪い? 僕の勝ちだけど、ここはほ――」

 逃げる!

 ガシッ。

 く、首が閉まっ、うぅ!

「逃げるのなしって言ったよね!」

 いや言ってませんよ!? いつ言いました!? とりあえず暴れて、襟首を掴んでるその手を振り離す。かわりに手首を掴まれた。それも必死に抜け出そうと頑張るけど……む、こいつ握力強し。

 あたしが抵抗をやめると、家の中は静寂に包まれた。

 上半身露出男から視線を受けてる、ような気がする! 今下向いて顔見ないようにしてるんだけど、旋毛のあたりが熱いかもしれない。ていうか、さっきの布、しっかり腰に巻きついてるんですけど。いつの間に?

「……そ、っか。 やっぱり、そうだよね」

 その男の声音はとても悲しいそうだ。な、なんですか、何がそうなんですか、てかあなた誰ですか、なんで発光したんですか、イズ何処行ったのお前がイズなの、うがあああああ頭の中が混乱と質問で溢れてる冷静になれない!

 でもわかるのは、なんかこいつとあたし、知り合いみたい!

 みたい、っていうのはね、その、誰にも言ってないけど、あたし記憶喪失あるんだよね! 二年前に川に流された際の記憶がないのは、まあ仕方がないかもしれない。けれど、川の近くにいた記憶もない。それと。


 毎日、農作業のお手伝いとか終わったあとにどっか行ってた記憶はあるのに、その何処かが思い出せない。


 そこに行ってたのは誰も知らないみたいで、そういう質問もされないから、記憶喪失も言わないで済んだ。いや、なんとなく言いたくなかったんだよね。なんとなく。

 でもこの男……その何処かに関する知り合い、か?

 男が鼻を啜る。……この啜り方。もしかして、泣いてる? いい年した男が?

「申し訳ございません、今のは全て忘れてください。顔を、上げていただいてもよろしいでしょうか。」

 断る理由などない。さっきの弱気な声と違って、この声はなんだか力強い。逆らっても何かないと思うけど、なんか怖いのでとりあえず言葉に従っておそるおそる顔を上げます。うぅ、なんか体熱い。緊張してるって言うか緊迫してるっていうか。

「私、王族直属騎士であり、この村出身のゼノ・ミレイブルです」

 そこにいたのは、美少年でした。

 この村出身の証とも言える、「ゼノ」という名前。

 この村には、掟ではないにしろ、ある風習がある。それは、名前が二文字であり、後ろの一文字が「ノ」であるということ。小さいときに何でなの、って近所のおばあちゃんに聞いたけど、「知らないねえべ」と言われたのは今でも印象に残っている。

 ゼノ・ミレイブルか……。誰だし。

 用事とかで町に出かけるときは、名前の最後にこの村の名前を言うのがルールだけど、村の中なら大抵は付けない。

 あ、そっか、王族直属か。多分、村の外でもこの村の名前をつけた名前は使ってないんだろうな……。名前って二回思っちゃった。ややこしや。

 この村は訳ありだから、貴族様がいる所で名前言っちゃったら洒落になんないもんねー。

 おう、意識が考え事に呑まれてた。

 そうだよ、こいつ美少年だよ。上半身裸だけど!

 左頬に四本のミミズ腫れがあるけど、多分これは例の、魔女に付けられたやつってか。爽やかな茶髪、澄んだ茶色の目。茶色の目なんかイズにそっくりだよ! ってあ、イズ!

「訳がありまして、犬になっておりました」

 どんな理由があれば犬になってるんだろうね……。

「あなたは覚えてらっしゃらないようですが、二年前、濁流の中私を離さないでいてくれてありがとうございました」

 む。記憶喪失がバレてる……? いや、意識が朦朧としてたってことを言いたいのかな?

「い、いえいえ……」

 それと色々質問したいことがあるんですけど。でもさっきのは忘れてくださいって言われちゃったし。むぅ。

 ああもうこんなこと忘れちゃいたい! ていうかちょっと一人になって今の事考えたい! えっと、何を言えばこの状況を打破できるか。

「え、っと、ミレイブル様は王宮の方に帰らなくてもいいのでしょうか?」

 口から出てきたのは帰宅を催促する言葉。帰宅か。騎士ミレイブル様の故郷はここだから、帰宅っていったらここのことも指してしまうな。

「ああ、そうですね。多分王女様も気付かれたでしょうし……。今からでもここを出て行くとしたいのですが……」

 ですが? 何さ、何か不都合が? あ、村のみんなに挨拶出来てないとか?

「他の村人に気付かれぬよう、あなたにも王宮に来て頂きたいのです」

 ふむふむ、他の村のみんなに気付かれないように挨拶をし、て。う、ううん? 頭の処理が追いつかない! 一歩退がろうとするものの、そういえば手首を掴まれてた! 状況を打破するどころか、自分を巻きこんでもっと悪くなってしまいました!

「う、ぅぅぅぅえ? あの、何故気付かれないように?」

 頭の中で辿りついた一つの質問。ドモりまくってしまいましたが。

「その理由は、現在は申し上げることがございません。王宮に着き次第、説明させて頂きたいと思うのですが……」

 怪しい奴にはついて行くな知らない奴にはついて行くな。

 町に出かける際によく大人に言われてたことを頭で繰り返す。この村は色々やばいから、他の人についていけばどうなるか知ったもんじゃない。

「あ、申し訳ございません。何故気付かれないように、という質問でしたね。私が生きてるなどと、みなさんも混乱するでしょう。それに、何があったのかと訊かれると非常に答えにくいのです」

 む。質問の意味を取り間違えられていた? おっちょこちょいな。あたしが何で王宮に行かなきゃいけないか尋ねたのかとでも思ったか。いや、尋ねますけど。あ、でも訊けないね。すでに言えないって言われちゃってるよ。

 でも、でもさ。

「この村が懐かしいとか、家族に会いたいとか、は」

 家族はいないかもしれない。この村にはよくいる、親のいない子供。あたしも家族はいない子です。でも村全体が家族のようなものですし。あ、そりゃまあ嫌いな人もいるよ。

「一応犬の姿では色々見ましたので」

 あ、そうだ、ミレイブル様はイズでした! イズってよく村中散歩してたもんね。

「王宮に、来て頂けますか?」

「あの……あたしが処刑される、なんてことはもちろんありませんよね?」

「ええ!」

 ビクッ。何故か元気よく返事をされました。てか声でかいですよミレイブル様。

「あ、あと。この村に、戻って来れますか、と」

 あたしがそう尋ねると、ミレイブル様はとても真剣な顔になりました。す、すっごい美少年だなあやっぱり。ちょっとドキドキするけど、この人あたし飼ってたんだ。とても複雑な気持ちになってドキドキが治まりましたよ。

「……ええ。あなたが望むなら、このゼノ・ミレイブル。必ず、何があっても、命をかけてあなたをこの村にお戻し致しましょう」

 いやいやいやいや! 命かけないで下さい! ていうかそういうのって王様とか王女様に誓うんじゃないですか!? しかもその言い方、あたしがこの村に戻って来れないような感じがするじゃないですか! やめて下さい!


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