犬っころ、学んだ
朝から眠る、という慣れないことをしつつ、眠気を訴える頭でぼんやりと考える。
侍女さんが言うには、だっしょく薬、を使うと髪の毛が金色になるらしい。ただし、髪の毛が不健康? っていうか傷ついちゃうので使う人はいないんだとか。田舎育ちのミハエル様ならなんとかなりそうだなんだとか。まあ田舎育ちっていうか、自然に囲まれたところ、って言ってたけど、つまりは田舎育ちって言いたかったんだろうね。
で、まあ。
そのミハエル、てかあたしミハエルなんだけど。暫定的にミハエルなんだけど。あたし、は昔金髪だったらしいのであります。そして、男子。
……明日から、あたしは男子か。それじゃあ一人称は俺? 僕? おら?
最後のはじょーだんだけど。あ、貴族なら私とかもありえるかもね。そうだ、シロ、どこだろ……。
こうしてあたしの長い一日は、幕を閉じる。
大きな、光……。あれ……? 薄く開けた視界から感じる、まぶしいほどの光。
あたし、まだ水やりしてないのに、もうこんなに日が昇ってる!? そんなことをしたら何かが枯れてちょっとした大変うがああああ! イズにえさも上げてない! ミノセとかテノテノとかがやってくれてるとうれしいんだけどそんなこと言う前に起きろあたし!
自分で自分を無理やり起こし――目の前の光景も、手に伝わる感触も、いつもと違うことに気が付く。
……おはよう、ミハエル。
心の中で呟いて、何かが急激に冷えて、目もさっぱり醒めてしまった。
……はてはて、私めは今から何をすればよいのでござろうなのでしょうか? 色々混ざった。
まあ待ってても始まらないよね。そういえば昼過ぎになっても寝てる貴族の話とか聞いたことないなー。汚い大人の事情の話とかはよくあるのにね。
貴族も生活習慣はしっかりしてたりするのかな? あ、でも酒におぼれる貴族とかは朝起きれなさそうだし……。省いてるだけか。
思考がずれてた。とりあえず……部屋を、出るかな? でも服が下着なんですよね。そりゃ見せるようなところもないけど、肌を出すのはよくないって聞いたことあるもん。でも周りには着るものがございますぇん……。
なんとなく音を立てないように部屋のドアを押し開け――目の前に侍女さん達がおりました。……おはよう。
「おはようございます、坊ちゃま。こちらが坊ちゃまのお召し物でございます」
おめ、おめしもの? 侍女さんの腕に乗せてあるのは多分服だ。なんかすっごい高級そうな感じの。……つまりは、おめしものって服っていう意味かな?
どうすればいいのかわからず突っ立っていると、侍女さんも同じように動かないのでしずしずと腕を出して服を掻っ攫ってみた。……着ろってことかー。にしても長時間ああやってて腕疲れなかったのかね?
ドアのところでしゃべってたのでとりあえず部屋の中に引っ込み――といっても侍女さん達も入ってきたけど――いざ着よう、というところで、服を渡してくれた侍女さんがハッとして服を丁寧に取り上げられた。……えと、なんすか。
どうやら着させてくれるようだった。貴族って何から何まで他の人にやらせるんだね。逆に何から何まで他の人にバレバレってことだけど、それはそれで逆に嫌じゃないんでしょうかね? ……あ、なんか聞いたことあるような気がする。なんだっけ。
隣のおばあちゃんが言うに、確か……、人を人をしてみてないこともあるから、とかなんとか。感じ悪っ。
「坊ちゃま。本日の昼食が終わりましたら、マナーなどしっかりと身に着けるための家庭教師をお呼びいたしました」
服を着させてくれながら、つらつらと今日の予定らしきものを言っていく侍女。え、え、何それやれってこと。……まぁ、あたしミハエルだもんね。おれみはえる。ぼくみはえる。
「あ、あの」
何か質問は、と訊かれたので、おそるおそる声を発せば、なんでしょうかと返ってきた。
「白い、狼知ってます?」
「そちらでしたら、知能のある動物のようでしたので、庭に放してあります」
……よく狼を庭に放し飼いしようと思ったな。てか知能ある、ってわかる前は怖いやん。いつ噛みつかれるかもわからんのに、よく知能あるかどうか確かめようと思ったな。確かめようと思った人、ある意味バカですごいなー。……ま、シロは無事なんだし、考えるのもやめるか。
「食堂はこちらです」
はい、ついていきまーす。
侍女さんの後をついて行きつつ、道もしっかり覚える。この家はおっきいね。家の中で迷子とかもあるけるかも。廊下も似た景色ばっかだったけど、廊下の壁にかけてある絵が全部違ったのでそれを目印にした。
印象に残ったのは、広い草原に花が咲き乱れている絵。それはどことなく、タリ草原を連想されてくれたが――絵に、タンポポが咲いていた。その一点が、タリとは違う。
タンポポというのは芝生を持つ家には天敵とも言えよう。綿毛になって繁殖するから、もう迷惑極まりないのだ。
そういえば、タリじゃあタンポポが咲いてるの見かけたことないなー、なんて、意味もないことを考えつつ。
食堂のドアは、開かれる。
ミハエル・コリンズになってから一日目、終了。名字は家庭教師が「コリンズ家の長男として――」とかなんちゃら言ってたからわかった。ミハエル・コリンズ。響きは良い感じだよね。
そういえば家庭教師は事情を知っているらしい。まあそうじゃなきゃ困るよね。……ていうか、なんか見覚えがあったようななかったような。あたし、たまにその時見たものを昔見たことあるかのように記憶しちゃって疑似既視感体験しちゃうことあるんだよね。……うーぬ? ……あ、あたしじゃなくて、僕。
どうやら僕は一人称が僕らしい。字面にすると意味わかんね。とにかく僕は僕です。
マナー、は厳しかった。なんか音を立てるなだとかほんと色々。座学、っていうやつは色々勉強させられた。
実は僕文字読めるんだよっだぜっ! あの村の人は大体大人に教えてもらえます。ふふふ。エノと一緒におばあちゃんから習ってた。
まあその点は感心させられたものの、やはり頭はからっぽなので。詰め込み教育でした。思想とかも叩き込まれた。貴族の考えってやだね。絶対に染まりたくないよ。
そして思ったことがある。
教育は、洗脳である。
かっこつけてみた。けどその言葉通りだと自分で思う。教育って、怖いね!
食事については文句なし、じゃなかった。
農民と比べるなって話だけど、やっぱ豪華だった。でもあたしの舌が貧しいっていうのか、逆にそんなおいしくなかった。おばあちゃん特性野菜炒めが食べたくなってきたー。
侍女さん達について。
なんか、お父様、っちゅーか旦那様を怖がってる傾向にあるようだ。おしゃべりな侍女さんがそう言ってた。本人は否定してたけど、怖がってるっぽかった。
……村が、恋しいよ。
あの村で生きて、あの村で死んでくのが幸せっていうのが、あの村の考え。あ、これもあるいみ教育の洗脳だね。
言い方悪いけど、洗脳されたおかげかあた、じゃなくて僕もそう思ってる。あー一人称直さないと。
ある意味洗脳って幸せかも? ま、いいや。
だから、こうやって村の外で過ごすと――少し、背徳感がある。
しかも、王宮から逃げた時よりも、よっぽど。
愛国心がないわけでもない。でも、なんか村を裏切ってる感じの方が、いやだ。はあぁ……。かえりたーい。
ここにいるのは不可抗力であり、決して自分で来たのではないのだ。自分に言い訳をして――どこか、村から出たい自分がいることに、不快だった。