犬っころ、眠った
あたしがその『ミハエル』ではないのが重々承知の上でのミハエル呼び。どうやらあたしを利用するつもりらしい。しかもあの村の人だというのもわかっているようだ。何がしたいのやら。まあ、貴族に見つかって殺されていないだけでもマシか。
侍女とやらにミハエルの部屋に案内されながら、シロはどこにいるのだろうかと考える。他の人に質問する勇気なんてないけど、やはりシロのことは心配だし。庭とかにいるんかな?
部屋に通されて体周りをあちこち触られた。え、なに、なんですか。
失礼します、と言われ、ひもを使ってあちこち当てられる。長さを測ってるっぽいんだけど、どうしてそんなことするんだこのやろー! あ、そのミハエルって人、身長とかいろいろ違うから工夫しなきゃいけないとか?
話からするに服を作るっぽいんだけど……。対して大きさに違いがなきゃその服を着続ける農民とは大違いですなー。どうやらその人の体に合わせて作るらしい。
しかし……。この部屋……!
なんか、お嬢様な感じがしない。
貴族ってとにかく装飾がすごい服、建物ってイメージあるし。廊下だって赤い絨毯も敷いてあった。きっと部屋もきらびやかだと思ってたけれど、これは予想外でした。
だって王宮での部屋も結構豪華だった気がする。暗かったから色とかはよくは覚えてないけれど。
ミハエルって人は落ち着いた人なのか? まあこういう部屋の方が豪華な部屋よりは個人的に落ち着けるだろう。それでも田舎のぼろ家よりは落ち着けないだろうな。ぼろくたって、一人で暮らしてたって、あそこは温かみがあるからね。
髪の毛は、この家の主と同じ色だろうかな? そしたら金髪のはずだ。
あたしの髪色は茶色。いうなればゼノ騎士様と同じ色だ。つまりありふれた色である。まあそれは置いといて、髪色はどうするのだろうか? あ、実は母親が別色とかでミハエルも茶髪とか? まあそれだろうな。
ふぁ~……。ねむぅ~。
本能には逆らえず、声を漏らして欠伸をすると侍女さんが止まった。あ、何か悪いことしちゃった? 欠伸ってしちゃだめなんですか?
「お疲れでしょうか?」
「え、いや、少し……」
正直に答えると、侍女さんがあたしの後ろに立っていたほかの侍女さんたちへと頷く。
へ? と思い、目線を追うように後ろを振り向くと、なんかゆっくり迫ってきた。
ちょ、っと、なんか怖いですよ!?
「湯浴み場へご案内させていただきます」
……う? ゆあみ? ゆあみってなんですか? 場?
……湯、あみ。湯網? ……料理場か! ……料理場に案内するって? ……色々おかしくない? 欠伸したら料理場って。まぁ貴族のことなんてよくわからないけれども……。
で。
そうやら湯網ではなく湯あみ……浴び? みたいなことらしい。促されるに、お湯につかるらしい。……なんじゃそら。
湯船に入る前に体を洗わないといけないらしい。はぁ、それだけでいーじゃん? とりあえず服を脱ごうと思ったけど、侍女さんが目の前に立ちっぱなし。……え、と。あ、うん、このまま脱げと。
脱ぎはじめると侍女さんも脱ぎ始めた。ちょっ、一緒に入るん?
脱ぎ終わると床がつるつるのところへ移動。つるつるの床とかはじめてだ。なにこれたのし――ぷてんっ。
滑った。
……うぐぅ。しかも何今の音。すっげーいい音だったよね。だよね? なんかハリがありそうな音だよ。そして膝が痛いよ。
侍女さんが心配してかける声に大丈夫だと返す。
そして湯がたまっている窪み? にゆっくり入れられる。ちょっと熱いんだけど。
腕をやさしく掴まれ、布でこすられはじめる。……え、自分で洗えますけど! え、なんですか、貴族って他の人に洗ってもらうんですか!? どんだけ他人任せなんだ! え、え、ちょ、そこ洗うな、うぅ!
あたしに文句を言う勇気があるはずもなく、色々洗われました。……こっちにも恥があってだな。そりゃ生かしてもらってるだけでもありがたいですけどー!
抵抗したいけど抵抗できないので開き直って意識を別のところに集中する。
ミハエル、か。ミハエルちゃん、ね。その子が何故この家にいないのか気になるところだけど。一番妥当なのが死んだ、だよね。……ん? いやいや違うよ。そういえば昨日おっさんがよく帰ってきたーみたいなこと言ってなかった? んであの人がミハエルちゃんのお父さんかな? それでこの家の主人。帰ってきた、か。貴族のお嬢様が遠出? うーんよくわかんないなー。
そんで、ただの村娘……でもないけど村娘に身代わりを努めさせるかね? ……させるか。でもわざわざこの村人使うかなー。むしろこの村だから使うんだよねーうん。まったく、考えてもきりがないよなー。それはわかってるんだけど、ほんと、頭パンクしちゃってるからさ。わかることだけでも考えていかないとダメだよ。魔女とかそんなこと、あたし一切合切忘れるから。いちにのさん、はい忘れた。もうあたしは思い出さないぞ!
頭に変なものを塗られたりしたものの、やっと湯浴みの時間は終了し、髪の毛の水分をできるだけ抜き取り、寝間着と思われるものを身につけられ、また部屋へ。窓の外を見れば、外は橙色。……そう、朝焼けであります。
そうだよ。そうなんだよなー。来たとき深夜だったんだよ。もう朝方だよーん。
侍女さんたちの顔も疲労が伺えます。ごめんなさい。
部屋に戻ると椅子に座らされた。えーまだ寝ないの? 結構眠いんだけど。
「決して動かないでくださいね」
はーい。あたしはいい子だもん。動きません。
どうやら髪を梳いているらしい。髪を一房とられては、また肩に戻る。その音と、適度な逃避への刺激があたしを夢へと誘う。頭がふわわーってする。
けれどそれは、変な音がしてから一気に醒めた。
ジョキッ。
……何この音。それと同時に首の後ろがスースーする。
何があったのかと思い、頭を動かすと再度注意された。え、あ、はい。でも、え、え?
ジョキッ。
今度は右側らへんがスースーする。
ジョキッジョキッ。
今度は左側。そして頭がどんどん軽くなっていく。なんとなく風の通りもよくなったような気がするようなしないような。
ちょっと目に無理をして、頭を動かさないように下を見れば。
一面の金。というわけでもないけど金色が落ちていた。
それはまるで、髪の毛のよう。え、髪の毛? 実際に髪の毛だよ。よう、じゃなくて髪の毛だよ。……あたしの髪の毛は茶色だよ? じゃあこれあたしのじゃないよね?だったらどうなってるんだ? ちょ、ちょっとお待ちなさい!
終わりました、って侍女さんがいうのでとりあえず頭を触ってみた。
……これは! お隣のヨノ君の髪の毛の感触に似てる! ツンツンした感触じゃなくて、やわらかい感じのやつ! ヨノ君に会うたびに頭撫でてるよ!
じゃなくて! え、じゃあ切られた髪ってあたしの? これもう男子並みの髪の毛じゃないの? なんでなんで!? てかあたしの髪の毛切ってたんだ。でもあたしの髪の毛は金色じゃないよ? 茶色だよ? でも落ちた髪は金色。なんだよ、説明がつかないよ!
どう考えてもわからない不思議現象に、そして次の一言で、すべてではないけれど、ほとんどの謎が解けてしまったのである。
「ミハエルお坊ちゃま。明け方ではございますが、ご就寝なされますか?」
――――――あ。
あああああああああ! 農民にゃ名前の性別とかわからんから! てかまさか男子に成り代わるのに女のあたしを使うとは思わんて!
ミハエルって男子の名前だったんですね!
でも、それでもあたしの髪の毛は茶色だよ?