犬っころ、光った
この話は、作者が書いている「青いメガネのその少女」の脇役の設定を考えていたら、話が膨らんで調子に乗って書いたものです。
村の名前が出ないのは、上記の作品にもまだ名前は出ていないものの、ほんの少しだけ重要になるためです。
世界観は統一しておりますが、話はまったく違うので、単品でも楽しんでいただければ幸いです。
※その脇役の話ではありません
むかーしむかし、というほどでもない昔。五年前ぐらいに、地方の村から騎士になりたいとほざいた少年がいたそうな。
騎士といっても、どこか貴族様の家系にしかなれない近衛騎士ではなく、王族直属の騎士のことだ。まあこの村の人なら、近衛騎士になる資格がある人がいそうなものなんだけど。
直属の騎士は力があれば誰でもなれるものの、農民出身の騎士などいない。
弱気で、いつもめそめそしてばかりだったその少年。前髪は目を覆い隠すほど長くて、それが一層少年を弱弱しくみせていたとか。体も細く、同い年の少年の中でも一番背が低かったとか。
そんな少年だったから、もちろんみんなからは無謀だ、無謀だと言われ続けた。けれども、その声には耳を傾けずに村を出て行ってしまったそうな。
弱気なあいつのことだし、すぐに半べそかきながら帰ってくる、と村中が思っていたらしい。あ、でも少しの人は、森の熊に果敢にも挑んで死んじゃうんじゃないかって思ってたんだって。
話は少しズレるけど、この村はほとんどが森に囲まれている。東の森のはずれの方には、精霊様の力を駆使する魔女の住む家があり、その魔女はここらへんの精霊様の力を全て統べているらしい。……あ、今のダジャレじゃないから!
精霊様の力というのは、雨を降らせたり、風を吹かせたりする感じの力らしい。精霊様の力ってどうなってるのか誰もわからないし、第一ここは田舎だから情報はそんなに伝わって来ないしね。
たまに地面が揺れることがあるけれど、それは魔女が怪しい実験をして、精霊様に怒られているのだそうだ。魔女はここらへんの精霊様の力に干渉してるから、怒られたはずみに地面が揺れちゃうらしい。
地面が揺れるのは遥か昔からの事だから、魔女は凄い長生きだという噂もある。あ、そういえば、騎士になりたいと言った少年は魔女と友達だった、らしい。
同い年の子供たちと遊んだ際、強気にも「僕、森の中に入れるよ!」と言いながら野生の動物だらけの森に入った挙句、東の森のはずれの魔女に会ったらしい。何があったのかは言わなかったけれど、左頬に四本のひっかき傷を作って帰ってきて、その傷はミミズ腫れして跡が残ってるんだとか
話を戻そう。
その少年は帰ってこなかった。
そのまま一年経つも、少年は帰ってこないし、誰かが新しく騎士になったという便りもなし。
そりゃあ、みんな無事でいてほしいとは思ってたけど、心の中ではすでに死んだんだと思ってたんだと。まあそうだよね。
でもあるとき、いつもお世話になっている行商人からこんな噂を聞いたらしい。
「なんかよぉ、農民の出身で、王女様も驚くぐれえの強えやつがいるらしいだで。今度、直属の騎士に任命されんじゃねえかって噂もあるんだべ。髪は茶色、目も茶色、左頬に四本引っかかれたような古傷があるんだってよぉ。それってもしかして……」
村は歓喜に湧いた。と同時に、左頬に四本のひっかき傷あってよかったな、とか言ってたらしい。ちょっとその魔女に感謝したらしい。茶髪茶目の人とかわんさかいるし、それがなきゃ、少年のことだと判断するには根拠が足りなさすぎたから。
そして、二年前のこと。
王様直属の騎士となり、ある任務を承ったほどその少年は、一度、村の近くまで来ることになったらしい。
任務というのが、精霊様の力を使って悪さをしているやつを粛清するだとかなんとかというもの。
精霊様の力を使える者は少ない。それゆえに重宝されることが多いけれども、その悪さをする人みたいに力を悪用する人もいるらしい。……あれ? 東の森の魔女はそれに入らないの? あ、魔女はいたずらしてるだけか。
なんでも、その悪さをしてる人の力が結構強いらしく、色々しなけりゃならなかったらしい。色々って何かって聞かれてもあたしにはしっかり答えられませんよ。
まず、王女様も精霊様の力は使えるけど、妊娠してるからあまり疲れるのはよくないという点。じゃあ近衛騎士様はどうなの、って話なんだけど、近衛騎士って言うのはいつでも王様(もしくは王女様)の近くにいなけりゃならないものだから、無理だったらしい。
それで、王族直属の騎士が派遣された。
……ん? ちょっと待って? 東の森の魔女は精霊様に叱られてるよね? あれ? 悪さをしてる奴は叱れないのかな……? まあ魔女が叱られてるって言うのはあくまで噂だしね。まあいっか。
そして、騎士となった少年が派遣された理由。それは、精霊様の力を使える魔女にその任務を手伝うよう、王女様に言われたからなんだとか。
まあ理由は置いといて、少年が帰って来る日の村の広場にはほとんどの村人が集まり、その少年の帰郷をまだかまだかと待っていたときのこと。
地面が、揺れた。
いつもより大きく、それに慣れた村人たちも大慌てであった。
古い家は壊れるわ、井戸は壊れるわ、少年のために準備した歓迎会もぐっちゃぐちゃに。川で遊んでいたと思われる女の子が、地面が揺れたお陰で氾濫した川に流されてるのを川沿いに住んでた村人が発見した。その女の子は村人だったのに、村の広場に集まらなかったのである。ちょっと叱られたらしい。あと、その女の子の腕には犬が大切そうに抱きかかえられていたらしい。
地面がいつもより揺れた件について、誰かが、「魔女がすっごいイタズラしたんだべ」と言った。そして誰かが「少年にいたずらしたんべ」と言った。
その言葉は、あながち嘘でもなかった。
少年は帰郷しなかった。まあ歓迎会なんてもうぐちゃぐちゃになってたんだけど。
次の日、どこでどうやって知らせを受けてどうやってこんな田舎まで一日で来たのかは知らないけど、別の直属騎士がやってきた。
少年が、見つからなくなったらしい。
村人は、戦慄した。
川に流されたのではないかと考えて川を探した人もいれば、森の中を探した人もいた。けれども、いなかった。
ただ、わかるのは、少年が任務から逃げたと言うのではないということ。
その騎士が言うには、王女様は精霊様の力を借りて色々わかるらしい。……精霊様の力って、便利だね。
その後も少年は見つからず、みんながみんな死んだと思っていた。
そして月日は過ぎ、今に至る。
そして、色々遠回りになりましたが。
この昔話に出てくる、少年を気にせずに川で遊んでいたと思われる女の子、それがあたしでございます。
てへっ。
いや、色々理由があったんだよきっと! うん!
まあ置いといて。置いとかせて頂きまして。
今、足の小指の角に箪笥をぶつけて――じゃなくて、箪笥の角に足の小指をぶつけまして、痛みをこらえてしゃがんでいたんです。
叫ぶほど痛くなかったんですけど、なんか目がじんわりしてきまして……。
あ、泣く、と思ったら、あたしが2年前川で流されてたときに抱きかかえていたという犬(名前はイズ)がペロリと目を舐めたんですよ。傍には涙を拭く布用意してくれてあります。……イズって賢いけど、なんでこんなに大きな布用意してんだよ……。
まあいいや、とりあえず頭撫でよう、と思った途端――イズの体が、発光した。
え、何々、え、精霊様がイズにでもバケてた!?
そんなあたしの考えも虚しく、イズのいた場所には――一人の、男。で、裸。
……イズが持ってきた布で大事なところが隠されてるのがラッキーです、とりあえず後ろに後退。……後ろに後退? いや後ろに退がる。
その男――多分あたしと年齢近い――は上半身を露出させたまま、口を開いた。
「えっと、僕イズ、だよ」