第27話 中村 華恵
中村家および併設されているオンボロ喫茶店が攻撃を受けるのは、珍しいことではない。華恵が若いころから、月に一度は大なり小なり、めんどうが起きていた。一華の結界術はそのときから有名だったからだ。
華恵が道具の作成者としての活動を始め、小村や大村と合わせて名をはせるようになってからは、その激しさが増した。一華が死に華南が跡を継いだ直後も、頻度があがったものだ。一華の弟子だけならどうにかできる、と勘違いしたものが押し寄せてきたからである。
華恵はそれらすべてを撃退してきた。たまに華南に見つかってしまうこともあったけれど、基本的に大人だけで対応している。
隙間町には裏の住人が多数存在していた。佐藤が把握する者が大半だが、そうでない者もいる。その少数派はたいてい、新参者か敵だ。
喫茶店を守る結界は華南が管理するものだが、その外側も広範囲を華恵の道具が区切っている。そしてその区域内にいる、ふつうでない者を華恵はすべて把握していた。だからたいてい、襲撃がある前に異変を把握できる。
昨日あった事件のときも、知らない輩が入り込んでいたので、華恵は警戒していた。佐藤に報告してあったほか、狭間にも伝えてあったのだ。
佐藤は隙間町の平穏を語るうえで外せない存在である。物理的に結界で町を守るのは華南だが、見えづらい部分、裏方を支えているのが佐藤だ。佐藤に戦闘能力はあまりないが、そんなこと関係なしに華恵は佐藤を重宝している。
そして狭間は隙間町の癌であり最大戦力でもあった。といっても身体能力でいえば、小村や大村のほうが上だ。しかしふたりがまとめてかかっても、狭間には敵わない。そういう次元ではないのだ。
脳で思考し記憶する者で狭間に勝てる者がいるのか、華恵は疑問である。狭間の天敵は人形やロボットだが、そういった相手はアオガネがどうにかしてしまう。
狭間はそんなやっかいな相手ではあるが、幸いなことに一応味方だ。特に華南は気に入られているようで、華恵としては安心である。息子が狭間に憧れて目標としているのは不安だが。
ともかく「隙間町を守るために」という名目でなら狭間は動く。未成年である華南を保護するべきだと言ってくれる。だから華恵は最大限それを利用するのだ。
しかし、
「悪ィが、これから仕事でね」
狭間はそう言って、中村家(の結界)が攻撃を受けたとき、隙間町にいなかった。仕事なら仕方ないと思うが、果たしてその仕事は本当にあのとき行くべきものだったのか。華恵は疑っている。
そして狭間の代わり、かどうかはわからないが、なぜか小村と大村がきた。佐藤が来るより先に中村家へ到着し、敵の排除にあたってくれたのだ。華恵にとってはありがたい話である。
しかし同時に、どうしてふたりが来たのか華恵は不思議だった。あとから聞いたところによると、狭間に呼ばれたのだという。でもそうなると計算が合わない。
華恵が狭間に電話したのは、小村たちが来る十分ほど前だった。そこから狭間がふたりを呼んだにしては、早すぎる。つまり狭間は、あらかじめ攻撃があることを見越していた。ということだ。
それなら最初から、仕事で不在になどしなければいい。それに襲撃計画を知っていたなら、教えてくれればよかったのだ。終わってから華恵は文句を言ったが、飄々とした狭間はいつものように暖簾に腕押し状態だった。
いったい狭間がいつ、どこで計画を知ったのか。華恵にはわからない。小村と大村によれば、一週間以上前のようだ。
小村が狭間の店へ買いつけに行ったとき、商品の中に買った覚えのない宝石があったという。特殊な布で作られた袋に入れられており、狭間の宝石をよく知る小村はさわらずに狭間へ連絡した。さわるとよくない宝石だとわかったからだ。
『あァ、そいつを持ってハナさんのところへ行きな』
そう狭間がいうから小村は返すのをやめたらしい。そして華恵のところへ行く日として指定されたのが、攻撃のあった日だった。
大村は三日前にスマートフォンにメッセージを受け取ったという。小村といっしょに戦う準備をして来いと言われたようだ。
「僕はてっきり狭間っちの店が襲われるもんだと思ってたけどね」
「俺はあいつから中村に道具作成依頼がいってるもんだとばかり……戦う予定なんかなかったんだぜ」
「相変わらずバカだな、チィちゃん。それなら狭間っちが直接ハナちゃんのところ持ってくでしょ」
「そうよ。あいつからそんなヤバいもん預かってたなら、なにかあるってことじゃない。なんで連絡してくれないの」
「ちょっと待て、なんで俺が悪いみてぇになってんだ? 悪いのは狭間だろ!」
昨夜は中村家に泊まっていった小村と大村は、喫茶店のカウンター席でおいしくないコーヒーを飲みながら軽口を叩く。そこから狭間に対する文句大会に発展しそうになったのだが、横で聞いていた華南が、
「いえ、悪いのは攻撃してきたひとたちです」
冷静にそう突っ込んだため終わりになった。息子が狭間びいきで華恵はやりづらい。
「でも考えてみて、あいつが最初からいてくれれば楽だったのよ。あんたが結界を補強したりする必要もなかったわけでしょ」
「そもそもオレたちの家なんだから、オレが守るのは当たり前だよ」
「それは、でも」
「あはは、ハナちゃんが押されてる」
「ちょっと笑ってるんじゃないわよ。あんただって利用されたことをわかってるの?」
「僕はなにもできないまま、後から知らされるほうが嫌だけどな」
「俺も大村に同じだ。カナ坊が困ってるのに放置はできないだろ」
「ちょっとみんな、華南に甘すぎでしょ!」
どっと場が笑いに包まれる。なにも解決してないのに、笑い話になって終わりそうになっている。しかし華恵は納得していない。どう考えても狭間はいろいろ知っていたはずだし、攻撃されることすら防げたはずなのだ。
そこまで狭間に望むのは、求め過ぎかもしれない。けれど、わざと後出しにされるのも釈然としない。とはいえ狭間に文句を言うのも怖い。
なにしろ今回一番働いたのは、どう考えても狭間だ。十人近いバラバラ死体を可能な限り鉱石に変え、うっかり余計なことを知ってしまった一般人からその記憶を抜いた。一晩の労働量が多すぎたのか、最後はたおれたと聞く。……自業自得な気もするが。
「そういえば小村さん。狭間さんから預かったっていう宝石、けっきょくどうしたんですか?」
「そりゃ使ったに決まってんだろ」
「あれは我ながらナイスアシストだったと思うよ、僕は」
「そ、大村にフォローしてもらって敵さんにぶつけてやった」
「あれはすごかったねぇ」
「どうなったんです?」
大村と小村が顔を見合わせ、結果小村が答えた。
「突然、逆立ちして逃げ出した」
「え?」
「だから、急に二点倒立して腕を足みたいに動かして逃げようとしたんだよ」
「えぇ? いえ、言ってることはわかるんですけど……なんでですか?」
「知らねぇよ。狭間に聞け」
「もちろん逃げ切れるわけがないから、追いかけて捕まえようとしたんだけどね。……まぁいろいろあって死んじゃった」
大村が言葉を濁して結論だけ告げる。前触れもなく頭が爆発した、という事実を華南に伝えるのはためらわれた。
「ま、まぁとにかく。今回はみんな無事でなによりだな! なっ!」
小村が雑にまとめる。途中から聞き手に回っていた華恵もそれには賛成だ。あとは佐藤あたりが裏を調べてくれることだろう。
狭間はなにも言わないが、おそらく背後をつかんでいるだろうし、追加で調査もすると思われた。その結果が共有されないのが問題だが。けれど小村がいったように、華恵たちの仕事はほぼ終わった。また、つかの間の日常がやってくる。




