第25話 狭間とアオガネ
佐倉からの鬼電履歴を狭間が見たのは、野暮用を済ませた後だった。仕事のじゃまになるからとアオガネにスマートフォンを預けてあったのだが、それを返されたときに大量の通知に顔をしかめる。
間に佐藤からの着信もはさまっていた。緊急事態が起きているらしい。それをずっと持っていたアオガネは、うるさい機械を消音モードにしただけで、なにも対応をしていなかった。狭間から命令されていないので、放置していたのである。
「ゆっくりする暇はなさそうだねェ……アオガネ、影を渡る」
「わかった」
うなずくとアオガネはすぐに結界石を取り出した。出先は人気のない小さなオフィスビルだったが、そこに結界が展開される。ちなみに以前小村が来たときに使ったものと同じ結界石だ。
ごく小さい範囲内がカッと照らされた。あまりにも眩しい光だったが、結界の外には漏れていない。ぬるりとアオガネの影が伸びる。
「先に帰ってるヨ。片づけたら来な」
「わかっている」
狭間がアオガネの影に足を突っ込むと、ずぷりと沈んだ。底なしの泥がそこにあるかのようだった。もう片方の足も影の中へ入り、ずるずると狭間の姿が見えなくなっていく。狭間の黒い頭が影と同化するように消えたあと、照らしていた明りも消え失せた。
残されたのはアオガネのみだ。そのアオガネも結界を収束させて結界石をしまうと、ずるりと輪郭を歪ませた。灰色の鳥が羽ばたき、通路を飛んですぐそこにあった階段の踊り場からビルを出ていく。
だれもいなくなったビルの通路から、先ほどまで狭間たちがいた部屋を覗くと、ひとがたおれている。三十代の男性だ。ついさっきまで仕事をしていたのだろう、すぐそばのデスクには電源がはいったままのパソコンがあった。
男以外に人気はない。座っていた椅子から崩れ落ちるように床に寝ている男が発見されるのは、かなり後のことになる。
★★★
狭間が店へもどったタイミングで、またスマートフォンが着信を告げた。佐倉からだ。
「もどったヨ」
『遅い! 中村んとこが攻撃を受けてる』
「そうかィ」
まったく驚くことなく狭間は受け止める。実際、佐倉から言われた内容は予想の範囲内だった。
『わたしんトコはムラコンビがどうにかする。向こうは華南がいるから問題ないだろうが、佐藤だけじゃどうにもならない』
「……カナちゃんにバレちまったのか」
狭間の声に苦いものが混ざる。華南に知られ、巻き込んでしまうのは予定外だった。
『だからさっさとしな』
了承を告げる前に電話は切れた。派手な戦闘音が聞こえていたので、まだ終わっていないのだろう。ムラコンビということは大村と小村が佐倉のところにいるらしい。主戦力を華南から引き剥がし、その間に結界を攻略しようという計画のようだ。
狭間はそう考えて走り出した。いつものんびりゆったりと構えている狭間だが、こういうときくらいは急ぐ。特に華南が出張っているというのがよくない。
隙間町の大人たちにとって、華南は特別な存在だ。隙間町全体を守護する要であると同時に、最年少かつ未成年である。絶対的な庇護対象として、できれば大人になるまでめんどうなことにはなるべく関わらせないよう、守りたい。
隙間町はこっち側にいる者が多い。それだけ危険が多いともいえる。けれど町は表向き常に平和が保たれていた。それは一華が作り華南が維持している結界があるからだ。
華南がいなくなれば、そのうち隙間町はふつうの町の体裁が保てなくなる。それと同時に、一般市民が減っていくだろう。その多くは死亡という形で。そうなったら佐藤や楠木ではごまかすことができなくなり、こっち側が集まる町として成り立たなくなる。
それに中村家にはムラトリオの中核である華恵と、華恵が作った道具が大量に保管されていた。それらすべてを奪えれば、いろいろなことが可能だ。
そんなわけで、これまでも中村家は何度も攻撃を受けている。たいていは事前に迎え撃たれ、華南には知らされない。子どものうちから危険な目に合わせたくないし、たびたびある襲撃に結界師の仕事が嫌になられでもしたらたいへんだ。
向かう先に強固な結界が見えてきたところで、狭間は華南へ電話をかけた。どうも外からは入れなさそうに見える。おそらく内側と外側の行き来を禁止しているはずだ。そうしないと敵が逃げてしまうし、じゃまな一般市民が入ってきてしまう。
狭間は結界を見ることはできるが、それ以外は素人だ。すべて華南に任せきりで、難しいことも初歩的なこともわからない。佐倉ならきっと自力でどうにかしただろうが、狭間は自分でどうにかすることは諦めている。
『もしもし、もしかして狭間さん来てくれてますか?』
電話口に出た華南は、さすが話が早い。平常時なら、おつむの回る子は嫌いじゃない、といういつものせりふが出ただろう。今はそれどころではないので、狭間もよけいなことは返さない。
「あァ、入れてくンな」
『わかりました、設定を一分だけ書き換えます。一分後に来てください』
「……急ぐとするヨ」
このままでは間に合わなくなりそうだ。そう判断した狭間は慌てて足を動かす速度をあげた。
★★★
狭間がどうにか結界のすぐそばまでたどり着いたところで、空から灰色の鳥が急降下してきた。もちろんふつうの鳥ではなく、アオガネである。どれだけ急いだのか心配になったが、これで手間が省けると狭間は腕を差し出す。
ぶつかる勢いでアオガネがその腕にとまった。急いで結界をくぐる。肌に膜が張り付くような感覚があったのち、狭間とアオガネは中にいた。結界の中心にあるのは中村家だ。
おそらく日本で一番強固といっていい結界で守られている場所である。その結界を解除するために、十人近い侵略者が散らばっていた。そのうちのひとりは、結界内から佐藤の嫌がらせを受けて、あまり作業が進んでいなさそうだ。
「おい、急げ! 向こうの数が増えた!」
「くそっ、だれも入れないんじゃなかったのかよ」
「そのはずだったんだが」
「さっき乗っ取られたんだよアホ!」
「だれだ結界維持してたマヌケは?!」
さっき狭間がくぐった結界はてっきり華南が町を保護するために用意したものかと思ったら、違ったらしい。しかも敵の結界だったのに、あっさり華南が奪ったようだ。さすがとしかいいようがない。
狭間はそう感心しながら近づいていく。一華の偉業が大きすぎるせいで華南は自信を持てないようだが、間違いなく指折りの結界師といえた。
「攻撃に気をつけろ!」
「相手はひとりだ、だれか向かえ!」
「それより解除を急げつってんだろうが!」
敵は混乱しているようで、ごちゃごちゃとまとまりのない会話がかわされている。予想より状況は悪くないようだ。
「アオガネ、全員ふん縛れ。個人ならたいした力はなさそうだ」
「わかった」
腕にとまっていたアオガネが、ずる、ずるずる……と分裂していく。そして分裂する端から飛び立っていった。
そのうち、一番近い相手のところへ狭間がのんびり歩いて行く間に、鳥だったものがぐにゃりと紐状に変形する。そして狭間がたどり着く前に、相手は紐で捕縛されていた。
「げぇっ?! 狭間!」
「狭間だって? 嘘だろ!?」
「ちっ、帰ってくるのが早すぎる!」
「だれだ、今夜はもどってこられないって言ってたやつは?」
「もう終わりだ……!」
次々と縛られていく相手が文句を言い合う。ここへきてまだ結束とは遠いようだ。
「やっぱり、あの仕事はこいつのためだった、ってェわけか。不在時を狙ったのは悪くねェ計画だったヨ」
今日の野暮用……仕事は頼まれた仕事だった。とある男のとある記憶を盗んでほしい、というものだ。ほかの記憶に支障がでないよう、注意してほしいという注文つきだった。そして代わりの記憶を植えつけるまでが狭間の仕事だ。
どうやら依頼者は襲撃者と共謀していたらしい。このぶんだと後金はもらえなさそうである。残念だ。狭間は諦めとともにため息をつく。
その仕事になにか裏があると狭間はわかって受けたが、敵の狙いが悪かった。てっきり自分の店が標的かと思っていたのに。隙間町の急所であり虎の尾である華南を攻撃するとは。腹立たしいことだ。
狭間はその苛立ちを、そのまま敵へとぶつけた。敵対者に狭間は容赦しない。
「やめろ、さわるなっあぁあぁぁぁ!!」
叫びながらひとりが崩れ落ちた。狭間が胸に手をあて、心臓からこれまで動いてきた記憶をうばったためだ。白い結晶になって最初のひとりの心臓は取り出されたことになる。
白目をむいてどさりとたおれる仲間を見て、近くにいた相手が息をのんだ。狭間がそちらを見ると、悲鳴をこぼしながら後ずさる。
最初のひとりを束縛していた縄が、ずるりと解けて鳥にもどると狭間の肩へとまった。アオガネを乗せたまま、狭間は次へ近づく。
「心配いらねェ、順番に全員やってやらァ」
「ひっ! っわぁあぁぁ……」
次も同じように、淡々と。狭間はそのくらいには怒っていた。
「くそッ、湯川の野郎だましやがっぐおぁっ?!」
「そりゃ積んだ金が足りなかったンだヨ」
その次も同じようにしようとした。だが三人目が終わったところで、次の相手が突然爆発した。
「ぐっ?!」
爆風に吹き飛ばされた狭間をアオガネがどうにか支えようとする。といっても鳥のくちばしが服をつかんだだけで、支えきれずに結局尻もちをついたが。
狭間は自身の身体能力をまったく信じていない。せいぜいふつう程度だという認識がある。だからこんな不測の事態が起きたとき、自力で避けたり耐えたりすることを考えない。それに狭間には強力な結界師が味方にいる。
つまり爆風にあおられたものの、狭間は結界に守られて無事だった。せいぜい打ちつけた尻が少し痛いくらいだ。その尻をはたきながら立ちあがる。
そうしている間にも、敵が頭を中心に次々と爆発していった。心臓を止めてたおれていた者もふくめ、全員。どうやら記憶を抜かれないよう対策してあったようだ。狭間を遠ざけてなお、徹底した警戒ぶりである。
「ちッ……アオガネ、だいじょうぶか?」
問いかけに返事はない。敵を縛っていたアオガネもいっしょに爆発しており、アオガネだったものも吹き飛んでいる。その性質上、生存に不安はない。アオガネを生者としてあつかっていいかはわからないが。
狭間の声に応えるように、散り散りになったものが少しずつもどってくる。といっても、完全にもどるのには時間がかかりそうだ。
爆発が完全におさまったあと、中村家を覆っている結界の中から佐藤が結界から出てきた。
「助かりました」
「いィや……カナちゃんには見せてねェだろうな?」
「もちろんです」
「ありがとヨ」
「こんな心中現場を知るのは、もう少し先であってほしいですからね」
「まったくだ」
狭間が心臓を止めただけなら、まだよかった。しかし敵が全員爆発してしまったので、一気に凄惨な場面と化している。むせかえる血のにおいと、人肉がこげるにおいと、火薬のにおいと。それらがまざってひどいありさまだ。
佐藤と狭間が話していると、家の中から華恵も出てきた。佐藤もだが元気そうである。
「これで全部かしら」
「華南くんがほかにはいないというなら、いないんでしょう」
「佐倉のとこはどうなってンだ?」
「あいつらと姐さんがいれば、どうにかしてくれるわよ」
「あっちは爆発してねェといいンだが」
「……望み薄な気がしますね」
話している間にも、狭間の肩にいる鳥へ小さなチリが集まり続ける。そして急に飛び降りたと思ったら、ぬるりと人間の姿になった。いつもよりだいぶ気配が希薄だ。
「それ相変わらず気持ち悪いわね。いったいなんなの?」
「人間でないことは確かだと思いますが」
「道具に近い気がするのよね……」
「名前からして鉱石が元になってるんでしょうか」
「だから四散しても、元にもどるっていうの? 粘土みたいにくっつくってこと?」
「……はァ、やれやれ。あんたら、早くここを片づけねェとカナちゃんが来ちまうヨ」
狭間をのけ者にして盛り上がろうとする佐藤と華恵を止める。当人であるアオガネは無表情のまま、あちこちを歩き回って残りを回収することに忙しい。
「使えそうな部分は回収しちまっていいンだろ? じゃねェと赤字になっちまう」
「はい、お願いします」
「みんなに還元してよね」
「あァ」
どの死体も頭を中心に爆発しているので、たいした記憶は回収できない。四肢もちぎれ飛んでおり、それらを集めるだけでも大仕事だ。
「華南が外へ出ないように、あたしは中にもどるわ」
「頼みます、こちらは任せてください」
「アオガネが使えねェから、人手が必要だ。呼んでくンな」
「わかりました……おっと、佐倉さんからです……もしもし? はい、こちらは終わりました……あぁ、そっちも爆発しましたか。回収して持ってきてもらえませんか? それと、そっちの掃除は頼みます」
佐藤は途中でスマートフォンにあった着信に対応し始めたので、狭間は近くに落ちていた足から作業を始めることにした。骨の折れる仕事になりそうである。




