第9話 交渉成立
「イロウさん――ッ!?」
「ま、オレも再就職のアテはなかったからな。アンタたちが怪しい――いや、非合法的な連中とかじゃなかったんなら、ありがたい話ではあるしな」
そういえば労働条件は色々怪しい気配はしたが、そこはおいおい交渉しよう。
歓喜のあまり俺に飛びつこうとするラッカリカを隣のクローリスが首根っこを引っ掴んで止める。
シキータは楽しげに俺の肩をバシバシと叩いてきた。
普通に痛いんだが?
全員がひとしきり騒ぎ出し、俺たちのいるリビングの空気が緩やかになる。
そんな中でトリントは「ふう」と緊張の糸を解くような息を吐いてから、隣の俺に向けて告げた。
「そうと決まれば、さっそく引っ越しの手続きをしないといけないわね」
「――は?」
引っ越し?
「あら? だってイロウくん、今住んでるの元いた会社の社員寮でしょ?」
「…………あ」
ああああああ!!
そうだった!
すっかり忘れていた!
俺が今住んでいるのは前職――インフラ整備士の会社が所有する社員寮なのだ。
しかも急な解雇通知だったので新居の目途はついていない。
「急な解雇だから少しは残っても良いって話だったんでしょうけど、再就職が決まったのなら早いとこ出て行かないといけないんじゃないの?」
「なんでそんなこと知って……いやいい。それよりもラッカ――社長!」
「ラッカリカでいいですよ。イロウさん」
「だったらラッカリカ! すまないがこの話は少し待ってくれないか? せめて引っ越し先が見つかるまでは……」
男に二言は、なんて時代でもないのだ。
さっそく言葉を翻そうと俺に、ラッカリカは不思議そうな顔で首をかしげる。
「ここに住めばいいじゃないですか?」
「はぁ!? ここって女性専用じゃ」
「フツーの男女共用物件ですよ。私たちの中に男性がいなかっただけです」
「つーか、女性専用だったらそもそも兄ちゃん連れ込めねぇって」
ラッカリカとシキータが口々に言う。
シ、シキータにまで正論を言われた……
愕然とする俺にクローリスは眼鏡をクイっとしながら追撃してくる。
「ちなみに、もし外部で賃貸契約を交わした場合は家賃補助などはできませんのであしからず。はい、ぶっちゃけそんな余裕はありませんので」
「…………俺が、アンタの眼鏡をかけても?」
「そ――――ダメです」
「何コスい説得してるのよ……」
トリントが呆れた声を上げる。
仕方ないだろ死活問題なんだから!
というか、なぜラッカリカたちは平然としているのだ。
彼女たちの話ではここに住んでいるのは女性のみ。
そこに男の俺が引っ越してくるんだぞ……?
はたから見ればハーレム展開であるが、現実に共同生活するとなれば事情が変わってくるというもの。こういうのは男女比が偏ったとたんに比率の低い側が割を食うに決まっているのだ。
幻想と現実は別物である。
どうにかできないものか……
およそ今日一番の速度で思案する俺を、シキータがニヤニヤと見る。
「まーまーいいじゃねぇの。要は兄ちゃんが悪いことしなけりゃ問題はねぇんだ」
「ぐっ……確かに、それはそうなんだが」
「それともアレかい? もう誰か狙ってると?」
「…………イロウさん?」
「あら♪ もうおねーさんにメロメロになっちゃったの?」
「あれは諏成さんあれは諏成さんあれはでもイスナロ様にそっくりだし隙を見てイスナロ様としてじっくりじっくりその身を改造――」
「そんなわけないだろ!!」
「なら全員か? すげー根性だな兄ちゃん」
「そんな節操なしでもない!!」
というかこれだけクセぞろいの連中を全員手籠めにできるような男なんてこの世にいないだろうよ!
外見だけの情報なら手籠めにしたいと言い出す奴らなんてごまんといるだろうけどさ!
言ってしまえばソレもある種のリスクだ。
俺の主観ではあるが、ラッカリカたちはみんな美女美少女ぞろい。
俺の左右に座るシキータやトリントに至っては目に毒まである。
色々見えそうになったり見せてこようとしたり、これが毎日のように俺の手に押し付けられてもにゅもにゅと手のひらによって――
「って何を揉ませてるんだ!?」
「ナニって、アタシのだけど?」
俺の手を自分の胸に押し付けてシキータがケロリと告げる。
「やー、兄ちゃんもイッパツ経験しちまえば変に気負うことねーだろって思って揉ませてみたんだが……こいつは流石に恥ず――ん、思ったよりテクニシャンだな」
「勝手に俺の手を使ってレビューするな!!」
目の前で、俺の手に余るほど大きなシキータの胸が形を変える。
タンクトップの下には何も着けていないのか、薄い布一枚越しに俺の手のひらへシキータの弾力と体温、そしてわずかに高鳴る鼓動が――って、あまりにもいきなりの暴挙だったせいでしっかり感触を憶えてしまった。
俺は慌ててシキータから逃れようと仰け反る。
だが、前門のシキータにして、後門にはトリント。
危機を脱しようとする俺を逃がさんとばかりにこちらの脇の下から腕を回し、ぎゅっと抱擁。
トリントの大きな双丘が再び俺の背中に押し付けられた。
「あら、もう食べちゃうの? シキータにそんな度胸があったなんて」
「度胸? んなもん押し倒して後はテキトーにでいいんじゃないのか?」
「おい待て、やめろ! やっぱり美人局じゃないか!!」
「だから違いますってばー!!」
両手を上げて抗議するラッカリカ。
しかし俺の方はラッカリカの相手をしている余裕はない。「ぐへへへぇ~」と声を漏らしながら俺のズボンのベルトへ手を伸ばしてくるシキータを迎撃し、トリントから逃れられないかと身をもがく。
一縷の望みはクローリスであったが、彼女は自分の眼鏡を俺にかけるか否かを葛藤するのみで全く役に立たない。
……こ、これからどうなるんだいったい……
前途多難とはまさにこのこと。
こんな調子ではどんなダンジョン配信者が出てくることやら――って。
待てよ。
配信者?
「ラッカリカと引きこもり二人……あと一人の配信者は?」
「アタシだぜ、兄ちゃん!」
俺のベルトをカチャカチャと外そうとしながらシキータが答えた。
「まあ配信中にやらかして絶賛BANされてるんだけどな! 酔っぱらったままダンジョンに潜ったら暑くって服脱いじまってたらしい! もうすぐ解除されるはずだぜ?」
「……ラッカリカ」
「えっと、その……私も、今回の件で一週間くらい」
たまらず俺は天を仰いだ。
所属する配信者の半分が引きこもりで、もう半分はBANされて配信できない?
……もう諦めて大人しく廃業した方がいいんじゃないだろうか。




