第8話 ダンジョンの向こうから来たモノ
異世界人。
異なる世界からの来訪者。
または、異なる世界の住人。
行政的に呼ぶなら『特異的異世界難民』とかだったか?
この現代において日本、あるいは世界中に開かれたダンジョンの入口。
世界中のどこから入っても行先は一つのダンジョンへ繋がり、元から踏み込んだ入口から脱出しなければどこへ出てしまうのかも分からない。
同じ国内なら最良、外国でもまだマシ。
どこかの国や組織が隠し持ってたりする入口だったら色々と手間だが、まあ同じ世界であるぶんやりようはあるというもの。
最悪なのが――異世界。
ダンジョンは異世界にもその入口を開けているのだ。
異世界人とは、そうやって異世界からダンジョンへ入り『こちらの世界』へ迷い込んできてしまった人のことだ。
この手の事例はとても厄介で、まず現在においてこちらから異世界への行き来が可能なダンジョンの入口は見つかっていない。
そのため迷い込んでしまった異世界人たちは元の世界へ帰る術がなく、日本では人権的だか人道的な観点から難民、ないし移民として処理して保護しているのだ。
……ま、その異世界人たちを住まわせるためのライバータウンでもあるしな。
なので、この町において異世界人というのはさして珍しくはない。
生活や就労などもろもろのサポートは行政がやってるのでこうして会話などに困ることもないし、人口比的には外国人と大差はないはず。
ゆえに、本来はこんな面と向かって確かめるようなモノでもないのだ。
もう少し親しくなって、話の流れで「どこの出身なの?」「実は異世界なんだ」とか、そんな軽い調子で話の種になる程度のモノ。本当に大したことじゃない。
けど、今この瞬間。
――俺へ向けられる警戒の色が、濃くなった。
「イロウさん。どうして、そんなことを訊くんですか?」
「お前と同じだよ、ラッカリカ。俺がインフラ整備士をクビになったって知られてたということは、俺の経歴も色々と知ってるんだろう?」
「……まあ、確かにそうね」
「だから、確かめておいた方がいいと思ったまでだ」
トリントの肯定に続けて、俺は再びラッカリカの方を見る。
沈黙は短かった。
「……はい。たしかに」
おどろくほどあっさりとラッカリカが頷いた。
「私たちは元々、こことは異なる国――異世界からダンジョンを通じてやってきました」
「……そーだぜぇ。ここにいる全員、同郷ってワケさ」
「はい。同郷のよしみということで配信事務所を立ち上げたのです」
「珍しいな……まさか全員が同じ世界から来たって?」
「ええ、そうなの。こっちに流れ着いてもう三年くらいになるのかしら? そう考えると色々とあったわねぇ~」
ラッカリカ、シキータ、クローリス、そしてトリントが口々に応じる。
わずかに張り詰めていた警戒の空気が弛緩して溶けていく。
幸いなことに、彼女たちの逆鱗に触れることはなかったようだ。
……ん、あれ?
というか、コイツら全員が異世界人だって言うなら……
「なあ、たしか異世界人って国から助成金とか……」
「あ、事務所開設の手続きとか当面の諸々とかで全部使い切ってます……」
「……つまり、追加での申請はできないと」
俺も異世界人に関する法制度について詳しいわけじゃないが、異世界人特権だなんて揶揄される制度でも色々と限界があるらしい。
「それだけ無茶してダンジョン配信者の事務所を設立したってことは、もしかして目的は自分たちの世界に帰るってことだったり」
「はい。その通りです」
軽い調子で言った俺に、ラッカリカだけが応じた。
「イロウさんの言う通り、私たちの目的はイェシラピア――元の世界にある私の国へ帰ることなんです」
……なるほどねぇ。
静まり返るリビングの中で俺は腕を組んだ。
「驚いたな……その年でまさか国を統べる女王様だったってわけか?」
「あ、いいえ。そいうわけじゃなくて……」
「……クーデタが起きて、生き残った王族がお姫ちゃんしかいないのよ」
言いよどむラッカリカに代わってトリントが答えた。
「両陛下がクーデタ勢力に処刑されて、私たちはお姫ちゃんを守るために逃がされたの。その先でたまたまダンジョンに逃げ込んで……挙句にはこっちの世界に迷い込んじゃったって訳なの」
「あの時は命からがら逃げ切ったってとこだったしなぁ……ダンジョンのどこを通ってここまで来たのかも定かじゃねぇし、その道も今もまだ残っていることやら」
「でも、ダンジョンを通じて来れた以上、帰ることも可能なはずです」
膝の上に乗せた両手をぎゅっと握ってラッカリカが言う。
「私は王族です。王族として、国の行く末を見守る責務があります」
「……クーデタが起きたんならすでに滅んだんじゃないのか?」
「クーデタによって混乱が起きたままかもしれません。もしも、父上と母上が心血を注いで平和を守ってきたイェシラピアがまだ残っているかもしれない。その可能性が少しでも残っているのなら、私にはそれを確かめなければいけないんです」
確固たる言葉で断ずるラッカリカ。
そこには、出会ってから今までの彼女にはなかった固い決意があった。
「……とはいえ、それはあくまで最終目標。元の世界へ帰るためにもダンジョンへ潜る必要はありますし、当面の生活をしていく必要があります」
「ええ、そうね。生きていくにはお金はいるもの」
「金がないと酒も飲めねぇしなぁ。働く必要はあるだろーさ」
「なので、お願いしますイロウさん!」
他の面々が口々に言うと共にラッカリカが俺の方へ向き直る。
「私たちが元の世界へ帰るにはダンジョンへ――ダンジョン配信を続けていく必要があるんです! そのために、イロウさんの力を貸してください!!」
再三の誘い。
異世界から来たお姫さまがダンジョン配信、ねぇ……
身の上を洗いざらい聞かされた上での言葉である。
今度こそは俺も頭ごなしに拒否することはできなかった。
腕を組んで長い長い葛藤をする。
この場の全員が俺の返答を待つ中で、やがて俺は瞼を瞑るラッカリカへと答えを告げた。
「分かった。引き受ける」




