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第6話 スカウトのワケ

 しまった、まだ人がいたのか!?


「はぁ~い、あばれないあばれない」


 柔らかな女の双丘が俺の背中に押し付けられる。


 その持ち主が俺を後ろから羽交い絞めにし、色っぽい艶やかな声が耳元に囁かれた。


「ぐ、この……離せ!」

「へぇ、結構がっしりしてるわね。おねーさんの好みかも」

「でかしましたトリント! そのまま離さないでくださいよ!」


 突然の乱入者に動きを封じられた俺を逃がさんと、ラッカリカが今度は真正面から俺の腰に抱き着いてきた。


 って、おい!?

 俺の腹に顔を押し付けてくるな!


 この絵面はさすがにマズいだろ!

 ヤバい所にヤバいものが当たってるってば!?


「残念、フランクフルトはお姫様がとっちまったか」

「おい、シキータとか言ったか!? この二人を何とかしろ! お前のトコの社長がとんでもないことしでかしてるんだぞ!!」

「へぇ、とんでもないこと。ねぇ」


 ニヤニヤとオヤジっぽく笑うシキータの視線が下へ向けられる。


 ダメだコイツ……


 強引に振り払おうとした矢先、助け舟とばかりにクローリスが声を荒げた。


「ちょっと二人とも! ずる――イスナロ様に何をしているんですか!?」

「あらクローリス、アナタは混ざらないの?」

「いいえ。私はイスナロ様に抱かれるシチュが……」

「アタシは混ざろっと」

「ちょっとシキータ!? イスナロ様は渡しませんよ!」


 面白半分で俺の右腕にシキータが、それに対抗するようにクローリスが反対の左腕に抱き着いてくる。左右からの柔らかい感触が一斉に押し寄せてきて俺を動けなくする。


 もはやおしくらまんじゅうの様相だった。


 今は冬じゃないってのになんでこんなことになるんだよ!?


「お前ら、いい加減に――」

「ねえ、イロウくん」


 俺の耳元でトリントと呼ばれた女が囁く。


()()()()()()()()()()()()?」


「――――!?」

「へぇ?」「イスナロ様?」「次の仕事って、ええ?」


 突然の指摘。

 ……的確にこちらの急所を突いてきた。


 俺が声を詰まらせると共に他の三人が驚きの声を上げる。


「どういうことですかトリント!? イロウさんはインフラ整備士――」

()()()、という訳なの。お姫ちゃんからの連絡を受けてちょろっと調べてきたんだけど、今日が最後の出勤日だったようね。会社に問い合わせたから確実よ。どうやらちょっと前にいきなりクビを宣告されて、今はもう無職同然。違う?」

「お前、なんで……」

「企、業、秘、密♪」


 うふふ、とトリントの笑い声が耳をくすぐってから、俺を羽交い絞めにしている彼女の両手が俺の胸の辺りをさする。


「本当に離していいのかしら~? せっかく舞い込んできたスカウトの話をスパッと断ったりしちゃって。男の子なら冒険してみようとは思わないの?」

「……生憎と、冒険はしない主義なんだ」

「ふぅ~ん」


 訝しむようなトリントの声。


 後ろからじゃ見えないのだが、なぜかジト目でこちらを見られているような感覚だ……


「ま、そういうことにしましょ。みんな、イロウくんを離してあげて」


 若干の間を挟んで、トリントが肩をすくめるような嘆息と共に俺から離れた。


 ようやく俺を引き留めることができないと分かったらしい。


 渋々と俺から離れていく面々から解放されて、俺はホッと一息つく……ま、まだ全員分の感触が残ってる……


「やっと諦めてくれたか……」

「あら、誰もイロウくんを帰すとは言ってないわ」

「はい?」


 どういう意味だ?


 俺は首をかしげながらトリントの方へと改めて向き直った。


「シキータならいい勝負ができるかもしれないけど、力づくで抑えこんだだけじゃキミを説得できないでしょ? 交渉するならちゃんとお話から始めないと」


 トリントは声の印象通りな大人の色香を備えた美人であった。


 モデルのようにスラリとした体躯に豊満なプロポーション。

 スリットの入ったタイトミニスカートから伸びた足とブラウスを押し上げる豊満な双丘、それを自慢するように両腕を組んで支えるようにしている様に思わず目を奪われそうになってしまう。


 あれが、さっきまで俺の背中に……


 だが、注視するべきはそこではない。


 色っぽいアイシャドウでメイクされた視線が俺を誘導する。トリントに誘導された先には彼女が掲げたスマートフォンがあった。


 知らないアプリが立ち上がっていて、すでに俺の名前が入力されている。

 その下にある「送信」ボタンを、まるで爆弾の起爆スイッチを押そうとするかのように指さしてから、トリントは続けた。


「これはアタシの友達が作ったアプリでね。ここに男の名前と必要事項をもろもろ入力してから送信ボタンを押すと」

「……押すと?」


 トリントが笑顔のまま答える。


「警察に被害届と各SNSにイロウくんがあたしたち全員に乱暴したって拡散するわ」

「脅迫じゃないか!?」


 交渉もへったくれもありゃしなかった。


 すぐにスマホを取り上げようと俺は手を伸ばすが、トリントはひらりとかわしたどころか俺の頭を自分の胸の谷間へと抱き込んだ。


「むぐ、離むぐぐっ」

「もちろん、これはただのでっち上げ。証拠はあたしたちの証言しかないから、ちゃんと調べてしまえばイロウくんの潔白は証明できるでしょうね」


 でも、と。


 トリントの唇が悪魔のような弧を描いた。


「いま求職中のアナタにとって、()()()()は致命的よね?」

「…………」


 あまりにも痛い所を突かれて、俺はたまらず黙り込んだ。


 もちろん俺の身は潔白だ。

 そこはトリントたちも知っている。


 だが、第三者となればそうもいかない。


 ここはラッカリカたちの事務所だ。

 配信者向けの物件で防音もしっかりしている。


 つまりよほどの事でなければ外に何が起こっているか分からない状態だ。

 証拠になるのは、俺と彼女たちの証言だけ。


 ……最悪だ。


 身の潔白は証明できるだろうが、それでも「やったかもしれない」という疑惑は残る。


 色々と職を転々としてきた俺の経歴はお世辞にもいいとは言えない。こんな輩を採用してくれるような企業は、どんどん減っていくだろう。


 俺はトリントから逃れるように飛び下がり、忌々しく彼女を睨んだ。


「……悪女め」

「あら、誉め言葉としてもらっておくわ。それでどうするのイロウくん? いわれのない罪をかぶせられるか、大人しく交渉のテーブルに着くか」

「イロウさん」


 酷い二択を迫ってくるトリントにラッカリカの呼びかけが続く。


「怪しい事務所、なのは否定できません。けど、イロウさんを騙して悪いことに巻き込むつもりはないんです。事務所がピンチなのも本当のことで……お願いです! せめて、どうかお話を聞いてくれるだけでも……ッ!」

「ラッカリカ……なんでそこまで俺にこだわる?」


 俺は元インフラ整備士だ。

 ダンジョン配信者と近い業種にいた、というだけでいきなりプロデューサーを任せられる理由など皆無である。


 だからこその疑問だ。


 わずかに躊躇うかのような時間を経てから、ラッカリカは答えた。


「……直感、です。私のせいで起きてしまったモンスタートレインをイロウさんが止めてくれた時に思ったんです。あなたがいいって」

「直感」


 俺は笑わずにはいられなかった。


 なんてあいまいな理由だろうか。


 そんな理由でラッカリカたちからここまで引き留められてしまうとは、思ってもみなかった。


 ……まったく、直感でここまで振り回されてしまうなんてな。


「人生を左右する選択はいつも直感が決める、か……」

「イロウさん?」

「分かったよ……話だけは聞いてやる」

「本当ですか!?」


 パアっと目を輝かせるラッカリカに俺は諦観の嘆息で応じる。


 当たり前だが、警察に通報されたりするのは勘弁だからな。

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