第5話 個性豊かな面々(お世辞)
「ここは一部屋で十人程度が入居できるタイプなんです」
「風呂やトイレ、キッチンは共用だぜ。風呂とシャワールームがそれぞれあるのはいいんだがトイレが一個だけなのがちょっと不便だよなぁ」
ラッカリカとシキータ。
口々と語る二人によって連行された先は、共用のリビングであった。
キッチンも併設された広い空間だ。
シキータが女所帯と言っていたのでファンシーな色合いの部屋かと思ったが、ブラウンを基調とした落ち着いた内装をしていた。
ひょっとするとここは共用だからここの家具は備え付けなのかもしれない。
テレビもあるし、テーブルもダイニングテーブルとローテーブルの二つ。食器棚や書類などのファイルが収まった本棚もある。奥に見える扉は個々の部屋だろう。どうやらここがたまり場になるよう設計されているらしい。
そこで待ち受けていたのは、ローテーブル脇にあるソファに座った一人の女だった。
ラッカリカはともかく、シキータと比べればとても真っ当な印象の女である。
眼鏡と黒髪のよく似合う美人で、スラリとしたレディススーツ姿はいかにも「仕事のできる女」という印象があった。
……よ、よかった。
やっと、やっとまともな人が出てきた……!
俺がホッと内心で胸を撫で下ろすと、レディススーツの女がこちらに気付いてテーブルの書類から顔を上げて――
「……イスナロ、様?」
誰だソイツ?
明らかに俺たちの誰でもない名前に首をかしげる。
しかし、女は俺の顔を凝視するや否や、バっと勢いよく立ち上がり、口をパクパクと開閉させて俺を左右から拘束しているラッカリカとシキータを交互に見やった。
「ちょ、え、ちょちょひ――ラッカリカ! どういうことですか! なんでイスナロさまがここに? なんで伝えてくれなかったんですか!? え、ほ、本物? 画面の中からこんにちは? アナタを愛しにランデブー? 私も愛しています!」
「……………………コイツは?」
「……クローリス。私たちの経理担当です」
ああ……ガチャの更新があるからってファミレスに来なかった奴。
じゃあ、イスナロっていうのは……
「イスナロというのは、クローリスが大好きなソシャゲのキャラだったかと」
「確かに、言われてみるとかなり似てるなぁ。眼鏡かけてねぇけど」
ラッカリカとシキータの言葉に、たまらず俺は天を仰ぎ見る。
……ようやくまともな人が出てきたと思ったらこれだよ。
見た目だけならキャリアウーマン然としていたが、その正体はガチャのためなら平気で予定を破る廃人だった。
……まともな人だ、とちょっとだけ感動した気持ちを返してほしい。
「あ、あのあの! 初めましてイスナロ様! 私はクローリス・シグリ。きょ、今日のガチャはちゃんと天井まで貢ぎました! この前のASMRもとてもよかったです! 耳元で甘く囁いてさわさわ……えっとその、趣味はイスナロ様で3サイズは上から87――」
「いや俺は入浪だが」
「私を抱いてくれませんか!?」
「飛躍しすぎだろ!?」
「あ、そ、そうですよね……お風呂ではまず足から洗って、性感帯は――」
「ストップストップストップ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
それでようやく自分の勘違いに気付いたのか、ド変た――クローリスはハッとした顔になってから自分の眼鏡を外した。
「私としたことが……失礼いたしました」
「ああ……すっごく失礼だったよ」
「眼鏡、イスナロ様デザインのものです。まずはこれを献上しないと」
ハァハァと息を荒くしながらクローリスが己の眼鏡を差し出してくる。
もう我慢の限界だった。
「……………………帰る」
「待ってください待ってください!」
「落ち着けよ兄ちゃん。いいじゃねぇか好かれてるんだから」
それは俺のことじゃないんだよ!
怪しい事務所だとは思っていたが、これは別の意味で怪しい――ヤバい事務所だ。
ダンジョン配信者の事務所なんてみんなこんなモンだと言われれば確かにと閉口するしかないがそれにしたってここまでロクな奴がいないのはどうしようもない。
そりゃ経営がピンチなのも頷けるよ。
「せ、せめて話だけでもさせてくださいイロウさん! クローリスも……今はこんなですがちゃんと仕事ができる人なんです! ただ、課金の沼にどっぷりなだけで!」
「そんな奴に経理やらせたらダメだろ! ギャンブル中毒者に会社の財布を管理させるようなものだぞ!」
「問題ありません。イスナロ様の口座と会社のお金は別にしていますので!」
「その二択しか出てこない時点でダメなんだよ!」
流石にここまでくると付き合いきれない。
インフラ整備士の仕事をする前にも色々と職は転々としてきたが、ここのヤバさは一味違う。
労働形態とか開業届がどうとか法務的なモノじゃない。
こんな所に入ってしまえばただでさえ胡散臭く思われる俺の経歴が終わってしまう。
「まーまーまー兄ちゃん。ここまで来てまだ席にも着いちゃいないのに帰っちまうのは流石にもったいないと思わねぇかい?」
「席に着くまでもないだろこんな事務所! 社長はともかくとして、ここまで酒クズと廃課金しかいないじゃないか!」
「ほ、他にも人はいますよ……?」
「おぉら、ここにいるぜぇ~」
「なら次からはまともな人材を――って、お前どこに手を入れてんだ!?」
「ういぃ~こんな所にぃ~フぅランクフルトぉ~」
「ズボンの中に食い物があるか!!」
説得したいのかボケたいのかどっちかにしてくれ……
おもむろに俺のズボンへ手を突っ込んでこようとするシキータは流石にライン越えというもの。
俺はするりと二人の拘束から抜け出し、そのまま後ずさって彼女らから離れた。
「待ってくださいイロウさん!」
「残念だがここでお別れだラッカリカ」
ファミレスの時みたいに飛びついてこられるのを警戒して、俺はラッカリカたちの方を向きながら玄関へと向けてじりじりと後退する。
リビングから玄関までの廊下は一直線だ。
このままの距離を保って玄関まで――
むにゅん。
「なッ……!?」
「あら、ひょっとしてナイスタイミングかしら?」
突然、背中に柔らかい感触が押し付けられた。




