第4話 配信事務所へ、いざ
「うう、怒られちゃいました……」
「……そうだな。こりゃもう当分あの店にはいけないだろうな」
ほとんど追い出される形でファミレスを後にしたからしばらく。
俺とラッカリカは二人して大きなため息を吐いていた。
……いや、本当はこんな奴さっさと見捨てて家に帰りたかったんだけどさ?
未だラッカリカは俺にべったりと抱き着いたまま。
あまりにも歩きにくいので抱き着くのは腰から腕に移ってくれたのはいいが、依然として俺を開放してくれそうな様子はない。
『行かないでください~! 捨てないでください~!』
さっき強引に引き剥がそうとしたら泣きべそかかれて通行人に白い目で見られるし……やめろよ、この辺はダンジョンが近いから配信者も多いんだから。
しかもラッカリカがしがみついたままだったせいでファミレスの支払いを俺がするハメになるし。
その時にやっぱり店長だったあのオッサンに「彼女さんは大事にしないと……うん。パートナーは大事にね、うん」とか闇が深そうなこと言われるし……
まったくもって散々な一日だ。
それがまだ終わっていないというから恐ろしい。
ファミレスを出て、さらにはラッカリカを引き剝がせなかった俺は現在、自宅とは別方向へ行く路線バスに乗り憂鬱な面持ちで過ぎ行く町の景色を見ていた。
二人掛けの席で、もちろん隣には腕に抱き着いたままのラッカリカがいる。
……むぎゅぅと俺に押し付けられる彼女の柔らかな胸の感触にもいい加減に慣れてしまっていた。
ぴったりと密着したラッカリカの感触を楽しむ……なんて余裕は当然だが、ない。
というか彼女が美人局である疑惑が完全に晴れていない以上、それを楽しめるような輩は変態か女遊びをし過ぎたクズ男とか、そんな連中だろう。
あいにくと俺はそのどちらでもなかい。
このバスは彼女の案内……つまり、あれよあれよの内に俺はラッカリカの事務所へと向かうことになってしまっていた。
「イロウさん! もうどこにも行かないでくださいね? 今からはどこへ行くにも、おトイレにだって一緒です! でないと、その、泣きますから!!」
「ああ、うん。分かったから少し黙って。他にお客さんもいるんだから」
ここまで来たら、もう腹をくくる他にない。
強引に逃げることは不可能じゃないが、下手に突き放せば逆上されて付きまとわれるようになる可能性もある。それよりは腹をくくった方がマシだ。
逃亡は最後の手段として、命や財布に危険を感じるまでは残しておこう。
インフラ整備士とは職業柄か何かと荒事には慣れっこなのである。
……まあ俺は元インフラ整備士なんだけどね。
そんなこんなで、俺は観念してバスの車窓から外を眺めた。
ダンジョンの入口は山間にあるので、町での移動は自家用車を持っていない場合はもっぱらバスがメインになる。俺も後者――と言うか入口の近くに駐車場はないのでダンジョン配信者もほとんど似たような交通手段となるのだ。
車窓から見える町並みはよくある日本の下町の景色。
しかし、そこにはどこか整然と区画整理をされたかのような印象がある。
実際その通りで、ここはダンジョンの入口が発見されてから開発された町なのだ。
元は確か自衛隊の演習場とかだったと聞いたことがある。
そこにダンジョンの入口が出現し、ダンジョン配信者の制度に合わせて行政などがニュータウンだか計画都市だかの制度を活用して開発されたのである。
名前は「ライバータウン森中」。
その名の通り、ダンジョン配信者のための町。
「……目的地が怪しい雑居ビルとかだったら問答無用で逃げるからな?」
「雑居ビル? 事務所はフツーのマンションですよ? たしかシェアハウス? なんて言う物件だったはずです」
俺の呟きにラッカリカがキョトンと首を傾げた。
◇――――――◆
それからは特にこれといった会話もなく、三つくらいの停留所を過ぎてバスを下車。そこから少し歩いた先に、俺たちは目的地へ到着した。
「着きましたよイロウさん! ここが私の事務所――が、入居してるマンションです!」
「……確かに、マンションだな」
少なくとも怪しい雑居ビルには見えなかった。
小綺麗なデザインをした五階建てのマンション。
それが団地のように複数棟均等に並んでいる。
ダンジョン配信者向けの物件だろう。最近じゃ防音設備が良いなんて評判でネットで活動する方の配信者にも人気なんだとか。
「ね? 怪しい場所じゃありませんよね?」
「……ああ、確かに」
「じゃ、案内しますね!」
元気よく言ったラッカリカは抱き着いたままの俺の腕を引っ張ってマンションへと入った。
ロビーや続く廊下なども怪しい所は見受けられない。
ラッカリカは勝手知ったる様子で俺を引き連れ、やがて部屋の前で立ち止まった。
どうやらここらしい。
中へ入った瞬間、怖いお兄さんたちがお出迎え――とかないといいんだが。
内心で懸念する俺の傍らで、ラッカリカが扉を開ける。
「ただいま帰りまし――」
幸いにして、怖いのお兄さんたちによるお出迎えはなく。
玄関を開けると、半裸の女が倒れていた。
「――……」
「……は?」
「んにゃ、おかえり~」
俺たちの来訪に気付いたのか、女が半目を開けてヒラヒラと手を振る。
……意識があるということは、どうやら事件性はないようだな。たぶん。
彼女のすぐ近くにビールの空き缶が転がってるし。
「……シキータ?」
「よっこらせ、と……そいつが例の兄ちゃんってわけか?」
ラッカリカの呼びかけに応じて、シキータと呼ばれた女が起き上がる。
赤い髪のポニーテールとアスリートのような身体つきが特徴的な人だ。
タンクトップとドルフィンパンツというラフな部屋着スタイル……なのだが、タンクトップの肩紐は外れてるしドルフィンパンツに至っては半分くらい脱げて下着が見えてしまっている。ちょっと際どいデザインだった。
目に毒な光景から俺が視線を逸らすと、すぐにラッカリカが怒声を上げた。
「な、な、なんて格好してるんですか!? さっきクローリスにイロウさんを連れて行きますって連絡しましたよね!?」
「もちろん。だからこうして出迎えを~ってねぇ」
言いながらラッカリカが手に持ったビール缶をくいっと煽る。
「……くぅッ! これが迎え酒って奴だな!」
「それ意味違う……」
「まーまーまー、細けぇことはいいのさ兄ちゃん」
シキータが千鳥足で俺の肩に腕を回してくる。
ぐっ、思ったより力が強いなコイツ……初対面のクセに遠慮のないようでいて、もしや俺が逃げようとしたことに気付いていたのか?
腕に抱き着いたままのラッカリカの反対から遠慮なく身体を密着させながら至近距離でシキータがこちらを見つめてくる。
……すごく酒臭い。
「ようこそ兄ちゃん。ウチはカワイイカワイイ女所帯だ。アンタが逃げ出すようなモノなんて何もないぜ? むしろよりどりみどりだ」
「美人局……」
「違います! 違いますからね!」
「アハハ! つまりアタシもカワイイって褒めてるってか?」
「いや、アンタはむしろ美人」
「まあ何でもいいさ! 一名様ごあんな~い」
ケラケラと笑いながらシキータが歩き出す。
あまりにも強引なシキータであるが、これはラッカリカにとっても好都合だ。
シキータに続けて反対側から抱き着いたままのラッカリカも玄関を上がり、俺は二人に連行されるようにして奥へと向かった……




