第3話「美人局なんかじゃありません!」
求人としての条件は不明瞭で、説明もままならない。
子供の遊びじゃないというのは全くその通りで、さらに電話口で色々と聞かされてしまっては、彼女の事務所に対する俺の印象は最悪だった。
……仮にこのままホイホイついて行って、挙句に珍妙な壺など買わされ足りなんてしたらたまらないしな。
まあ、ダンジョンで見つかった幸運を呼ぶ壺だの、異世界の技術で作られた魔法の壺だの、無論そんなものが民間へ出回るはずがないので真っ赤な偽物なのだが。
とにかく、気付かれない内に逃げてしまおう。
このファミレスは仕事帰りによく利用していた行きつけなのだが、この際仕方がないだろう。その仕事も今日でクビだし。
俺は平然を装いながらそそくさと店の出入り口へ足を向ける。
「イロウさん?」
しかし、そんな俺を呼び止める声があった。
「どこに、行くんですか?」
「――…………」
ラッカリカの声である。
いつの間にか彼女は電話を終えていて、戻ってこない俺の様子を見るついでに自分のドリンクバーを取りに来たのだろう。注文は二人ともドリンクバーだった。
ピタリと俺の足が止まった。
店内BGMすら途切れたのかと錯覚するような沈黙。
ギギギ……と声のした背後へ振り返ると、案の定いつの間にか電話を終えていたラッカリカが笑顔のまま首をかしげていた。
「……その、トイレに」
「おトイレは私たちの席の方ですよ?」
「…………」
「…………」
ダッ。
ガシッ。
バタン!
逃亡するには一手遅かった。
俺が駆け出すより早く飛び出してきたラッカリカが俺の腰へ抱き着き、二人して床に倒れ込んでしまった。
「待ってくださいイロウさん! お願いです! お願いですからお話だけでも!」
ベルトを掴まれたせいでうつ伏せに倒れた俺の上にラッカリカが――おいやめろ! 俺の尻に顔を押し付けてくるな! くそ、ちょうど掴みやすかったのかベルトも離そうとしないし、引き剥がそうとしたらズボンまで脱げるぞこれ!?
「あんな体たらくで話なんて聞けるか! 怪しすぎるんだよアンタ!」
「な――あ、怪しくなんかありません!」
「美人局はみんなそう言うだろうさ!」
「つ、美人局?」
「アンタみたいな可愛い女で男を釣る奴のことだ!」
「かわ――ッ!?」
ボン、と顔を真っ赤にしてフリーズするラッカリカ。
しめたっ。
ラッカリカの動きが鈍った今のうちである。俺はどうにか抱き着いて離れようとしないラッカリカを振りほどこうと――
「でも、でもあなただけが頼りなんですイロウさん!!」
「だったら正式な求人でも出すんだな!」
「あんなのお金がかかりすぎてだせませんよ!」
「やっぱ本音それじゃ――あ、おい! ベルトを外そうとするな!?」
「本当に今ピンチなんです! コンサルタントとかいう人に相談しようとしても話を聞いてくれませんし! イロウさんだけが頼りなんです!! お金はありませんが、イロウさんが望むことならどんなことだってします! だから捨てないでくださいいいぃぃいぃッ!!」
「滅多なことを言うな! 周りに誤解され――」
「あのお~、お客様?」
新たな声が俺の言葉を遮った。
腹の奥底から湧き上がる苛立ちのはらんだ絶対零度の声。
そのあまりにも凍て付いた声に俺たちはピタリと動きを止めた。
……少し、状況を整理しよう。
ここはダンジョンの外、町のファミレスにあるドリンクバーのコーナーである。
当然だが店内でも目立つ場所だし、何より店員のバックヤードも近い。
そこでこれだけ騒いでいれば客だけでなく店員もすぐに気付くだろう。
「……痴話喧嘩であれば、他所でやっていただけますか?」
「「ハイ……」」
つまるところ。
店にとって俺たちは立派な迷惑客でしかなく。
俺は、おそらくここの店長であろう中年男性のスタッフさんへ平謝りするハメになった。
……ホント、どうしてこうなるんだ?




