第13話 ダンジョン配信スタート!!
改札ゲートを進み、俺たちはようやくダンジョンの入口に到着した。
入口、と言ってもいかにもダンジョンみたいな洞窟なんて外観ではない。
山の中腹にある森の中、そこに突如として現れた大きな円柱。
直径にして20メートルほどのそれが、ここライバータウン森中が生まれる契機となったダンジョンへと繋がる入口であった。
……ホント、見た目はただの金属質のオブジェだよなぁ。
現在は周辺をギルド本部が入口を覆う形で建築しているため周辺は人工物で囲まれているが、これがある日突如として森の中に現れたと考えると発見した人はどんな反応をしたのかと気になってくる。
とはいえ、だ。
不思議なもの(まあダンジョンそのものが不思議の塊なので今更だ)だが、毎日のようにそれを通ってダンジョンへ潜っていた身としては見慣れたものだ。
なので、入口を目の当たりにして驚きの声を上げるのは初心者くらい。
だいたいは気にすることなく入念に武器を磨いたりアプリの設定を確認したり、発声練習やメイクが崩れていないかチェックしたりと各々の準備に明け暮れている。
俺たちも彼ら彼女らと同様に配信前の最終チェックをしていた。
「アプリやスキルの設定は?」
「やった」
「SNSでの配信告知」
「やってる」
「ダンジョンに潜った後ワープするエリア座標と配信中の予定探索ルート、取れ高として目標にするお宝やボスモンスターとかは――」
「あぁもう! 兄ちゃんはアタシのママかっ!?」
「プロデューサーだよ」
今日はサポーターだけど。
うんざりとした顔をするシキータに俺は腰に手を当てながら応じる。
配信前のチェックも大事な仕事だ。
ダンジョン配信者が潜るのはインフラが整備されたギルド管轄のエリアではあるが、それでも何が起きるか分からないのがダンジョンというもの。
できることはやっておくべきだ。
「なあ兄ちゃん? ひょっとして何か気負ってたりすんのか?」
「Tシャツとジーンズなんてラフな格好でダンジョンに潜るお前よりは気負ってるよ」
てっきりダンジョンへ入る前に防具なりを着けるのかとも思ったが、どうにもそんな様子はない。
まるでちょっと近所のコンビニまで散歩するかのような格好のまま、シキータは軽いストレッチをする程度の準備をしていた。
防具も武器も、発声練習どころかメイクだって確認すらしない。
というかよくよく見ればシキータの顔はすっぴんだった。
メイクの必要がないほど美人なのは実際その通りなんだけど、シキータの場合は単純におおざっぱなだけなんだろうなぁ……
俺がじっとシキータを観察していると、彼女は肩を回しながら不敵に笑った。
「ハッ、こっちの世界じゃ常在戦場なんて言葉があるだろ? 戦いなんていつどこで起きるか分かったもんじゃねぇんだから、アタシはどんな格好でも戦えるのさ」
「……お前は戦場で泥酔するのか?」
「ああ。それやってBANになった」
ジト目を向けた俺にシキータは笑いながら肩を叩いてきた。
それから彼女は「さて」と大きく背伸びをしてから告げる。
「んじゃ、ちゃっちゃと始めちゃおうぜ」
言って、シキータがスマホのアプリを操作した。
それによってアプリに紐づけられた配信用のカメラゴーレムが起動。ひとりでに蝙蝠のような形に変形して俺たちの追随を始めた。
「カウントダウンはいるか?」
「いいよ」
言って、シキータはダンジョンの入り口である円柱へ歩み寄る。
同時に、円柱の壁面が「ジジジ……」と音を上げて歪曲した。
歪曲はまるで円柱に穴を開けるように広がり、やがて人が通れるくらいの大きさで固定された。
その先は円柱の内側ではない。
特殊な周波数の電磁波に円柱が反応して、この世界ではない別次元に存在するダンジョンへと繋がる。
洞窟でも遺跡でもない、あくまでシステムチックなゲート。
それこそが、この世界の点在するダンジョンへの入口なのだ。
「さ、楽しい楽しい冒険を始めましょうかね」
ここから一歩でも踏み出せばダンジョンの中へ入れる。
人によってはそれなりの覚悟を持って挑むであろうダンジョンへ、やはりシキータはなんてことない様子で足を踏み入れ、俺も彼女に続いた。
今回、俺たちが入ったのは洞窟の中。
俺がラッカリカと出会った配信初心者向けのエリアである。
ランタンの明かりで照らされた洞窟で、自動で配信開始したカメラゴーレムから「ぴょこ」と吹き出しが飛び出した。
『はじまた』『待ってたぜぇこの瞬間をよお~』『久しぶりのシキータだ!』『今日は脱ぐの?』『またBANされるなよ』
ポップアップのような表示で明滅してくのは配信コメントだ。
全員がカメラの中心に陣取るシキータに注目していて、BAN明けとなる久しぶりの配信に沸いて彼女が開始の挨拶をするのを今か今かと待っている。
画角の隅にいる俺の存在に気付いてはいない。
それでいい。
サポーターの仕事は裏方、つまりインフラ整備士と同じ。
目立たないように配信者の手助けを――
「ういぃ~、始めるぜぇ~い」
俺はずっこけた。
我ながら間抜けなものだが、カメラの画角から少し下がろうとして自分の足に引っかかってしまった――いや違う。
あんまりにも間の抜けたシキータの挨拶にこっちまで拍子抜けしてしまったのだ。
「おいおい、大丈夫かよ兄ちゃん?」
「あ、ああ……ってシキータッ。こっちのことは気に――」
気にするな、と言及しようとしたが遅かった。
『誰だ?』『男じゃん』『シキータが男連れてきたぞ』『お父さんどこの馬とも知れない野郎なんて認めないぞ!』『なんて親父面?』『あらイケメン』『つーかどっかで見たような』
俺の異変に気付いたカメラゴーレムがこちらへ眼球のようなレンズを向け、それを通して配信からこちらの姿を視認した視聴者のコメントが怒涛のように飛び出してくる。
しまった……
やってしまった。
俺は配信者のプロデューサーにして、今回の配信のサポーターだ。
サポーターとはつまり配信者の影のような存在で、決してオモテに出てくるような者じゃない。
だというのに、まさか開始数秒でカメラの前へ出てしまうとは……
何たる体たらくか。
目立つわけにはいかないと決意した矢先にこれだ。明らかに失敗である。
始末書モノの叱責が飛んでくるんじゃないかと危惧する俺に、シキータはケラケラと笑いながら手を差し伸べてきた。
「なんだよ兄ちゃん。意外とおっちょこちょいってか?」
「そっ――というか、さっきの挨拶はなんだよ!? 久々の配信だったらもっと」
「ああ? 別に挨拶なんてテキトーでいいじゃねぇの。兄ちゃんはアタシのママかよ?」
「サポーターだ!」
『思い出した! こいつ社長ちゃん助けた整備士じゃない?』『ああ、モンスタートレインやらかした時の』『ボスモンスターを蹴っ飛ばした』『まさかクビになった?』
カメラゴーレムから飛び出してくるコメントの中に、ラッカリカの配信を見ていた者がいたらしい。
他の視聴者も続々と続きゴーレムから飛び出すコメントが勢いを増す。
シキータはそれに目ざとく視線を向けるや否や、
「お、よく分かったな。つうわけで、社長ちゃんが拾って来た兄ちゃんだ。みんな可愛がってやってくれよ」
「そんな人を捨て犬みたいに……」
「会社から捨てられた所を社長ちゃんに拾われたんだ。今後はアタシら事務所の配信でちょくちょく見切れるだろうから、あんま気にしないでくれよ」
配信のカメラ越しに視聴者らへ俺のことを紹介しつつ、画角から外れた所で「次は気を付けろよ?」とばかりにこちらへウインクしてくるシキータ。
……サポートのつもりが、シキータに助けられてしまった……




