第11話《素面》のシキータ
両手両膝を床につけて、平に頭を下げる。
日本人でもそうは見ない、正真正銘、見事なまでの美しい土下座だった。
異世界人であるシキータの赤い髪が床に垂れる。
あまりにも予想外でギャップのある光景に一瞬だけ頭が理解を拒んでフリーズする……ハッ!
「待った待った! いったい何だよ? さっきの事なら、むしろ見てしまった俺が謝るべき所だろ! まずは顔を上げてくれ!」
「いいえ! あなたの来訪はすでに分かっていたのですから私の不注意です! お見苦しい格好をお見せしてしまい、申し訳ございません!!」
額を床にこすりつけたままシキータが反論する。
どうやら先程シャワー上がりの彼女とばったり鉢合わせてしまったことを謝罪しているらしい。
いや、シキータの身体は見苦しいモノなんてないしむしろキレイだった――いやいや違う。
慌てて口から飛び出しかけた言葉を飲み込んで俺は改めてシキータを見た。
……なんか、言動が違っていないか?
「今日のことだけではなく、先日は初対面にも関わらずあんな、あんな――うう! こんな無様な失態をして、みすみす生きてなどいけません!!」
こうなったら、と言ってシキータはガバっと顔を上げて、おもむろにTシャツをたくし上げて引き締まったお腹を晒す。
さらに彼女はどこからともなく持っていたナイフを高らかに振り上げて――いきなり何してるんだ!?
「いっそ死んでお詫びいたします!!」
「待て待て待て!?」
慌ててナイフを持った手を掴んで止めた。
あまりにも突然に腹を切ろうとするなコイツ!?
土下座に切腹って、異世界人のクセに日本文化に染まりすぎだろ!
「うう、ぐッ……離してください入浪どの! いっそ介錯を!」
「誰がするかそんなこと! いいから落ち着……クソ、相変わらず力強いな!!」
俺が両手で掴んでいるにも関わらず、ぐぐぐ……とナイフを持ったシキータの腕が彼女のお腹へ近づいていく。
まさか俺が力負けするとは――いやそんなことより、どうにかナイフを手放させないとサクッと腹にナイフを突き刺してしまう。
「そこまでですよ、シキータ!」
どうにかしなければ、と逡巡する俺に助け船が現れた。
ラッカリカである。
冷蔵庫から何かを持って来たらしい彼女は「カシュッ」と音を立てるそれをおもむろにシキータの口へと押し付けた。
「ちょっ……姫、さま――ごく、んく」
何かと思えば……酒か?
銀色のアルミ缶、いわゆるストロング系のチューハイ(ロング缶)である。
最初こそ抵抗を見せたシキータであったが、一口アルコールが喉を通った瞬間ナイフを手放して自分から缶をあおり、ごくごくごくと……
「ぷはぁ! 生き返ったぁッ!!」
豪快に一気飲みした。
「ハッハー、悪いな兄ちゃん! 寝起きでシャワー浴びたもんだから酔いが醒めちまってたぜ! お姫ちゃんが酔ったままシャワー浴びちゃダメって言うからよぉ」
唖然とする俺の前で、シキータが笑いながらこちらの肩を叩いてくる。
ストロング系のロング缶をイッキ……どんな肝臓をしてるんだコイツ? アルコールは用法要領を守って正しく飲むモノだろうに、早死にするタイプである。
というか、こいつはいったい……?
「イロウさん、あんまり気にしないでください。シキータはその、こっちの世界に来るまで色々あって、えっと。お酒のチカラで」
「ありていに言うとアルコールで不安などを誤魔化しているんです」
当たり障りない説明をしようとしどろもどろになったラッカリカの代わりにクローリスが端的に事実を語った。
「……それってアルコールいぞ」
「まぁまぁ細かいことはいいじゃねぇか兄ちゃん! 今日は兄ちゃんの入社当日なんだからよ! パーッと楽しくいこーや! 酒があれば大抵のことは楽しくなるって!」
「…………」
「ダメですよシキータ! その前にお仕事です!」
俺は何も言うまい……
口を閉ざした俺に代わってラッカリカが水を差すように抗議する。
そう、今日は俺がここエピライブ配信事務所に入社する当日だ。
契約はこの物件へ入居する手続きと一緒にやったので、今日から実際に彼女たちのマネージャーとして稼働する予定なのだ。
「しごとぉ~?」
「露骨に嫌な顔をするな……」
「ダメですよ! シキータのBANは昨日までなんですから!」
「あそこニガテなんだよなぁダンジョン内じゃ酒飲んじゃいけないし」
いや普通のことでは?
ちなみに、規約ではダンジョン内での飲酒行為が禁止されているだけでダンジョンへ入る前だったら問題はない。
無論、泥酔は論外で「酒のチカラでダンジョンへの恐怖を和らげる」ため軽く摂取する程度が推奨されているが。
……泥酔チャレンジとか言って死にかける馬鹿は結構いたからなぁ。
ちなみに、酔っぱらってやらかす配信者をどうにかするのは決まってインフラ整備士が請け負うことになる。
なので俺は泥酔した配信者にあんまりいい思い出がなかったりするのだ。
そりゃ色んな奴がいたよ……普通の酔っ払いや寝落ちする奴はまだいいけど、こっちをモンスターと勘違いして攻撃してくるバカとかもいた。
他にも、前世からの恋人を自称するヤバい輩もいたっけな……
ブンブンと頭を振って悪い記憶を思考から追い出して俺はふとラッカリカへ問いかける。
「そうだ、ラッカリカ。ここにサポーターはいないのか?」
サポーター。
名前の通り、ダンジョン配信において配信者のサポートをする裏方だ。
配信助手とも言ったりして、配信中の雑用だったり配信者がトーク中だったら邪魔するモンスターを蹴散らしたりとなんでもする役職の事を指す。
サポーターをつけない配信者もいるが、ここは曲りなりにも配信事務所だ。
きっとまだ俺が知らないだけで、専属のサポーターが一人や二人――
という、俺の幻想は容易く打ち砕かれた。
「いませんよ?」
「いないのか……」
「はい。基本的にみんなで持ち回りしてサポーターをやるか、サポーターをつけずに単独で配信するかという形ですね」
「……まあ、社長が配信をするときは護衛も兼ねて、配信者の誰かがサポーターをやっていたのですが、諏成さんを連れてきた日は一人で勝手に配信へ――」
「うぐッ……そ、それはイロウさんをスカウトできたから相殺で……」
「二度目はありませんからね?」
クローリスが眼鏡をキラリと光らせてラッカリカに釘を刺す。
ああ、やっぱりあの日は無茶をしていたのか……
それでモンスタートレインなんてやらかすとはねぇ、と俺が半ば納得の視線を向けるとラッカリカは「けほけほ」と誤魔化すように咳払いしてから両手を叩いた。
「というわけでイロウさん。さっそくシキータと配信に行ってきてください」
「…………」
「逃げちゃダメですよ?」
「ここまできて逃げないって……」
労基に駆け込んだら契約破棄できないかなぁとか考えたりはしたけど。
「ほぉ、兄ちゃんと二人きりか……アタシが服脱いだらちゃんと着せてくれよ?」
「最初っから服は脱ぐな!」
……改めて痛感するが、思った以上に崖っぷちな事務所である。
むしろ沈んでいないだけ褒められるモノなのかもしれない。
せめて給料が入るまでは続いてほしいなぁ……と、俺は泥船に乗せられたような感覚に徒労の嘆息を漏らした。




