彼方より
彼方より、敵の兵士が迫ってくる。王都を滅ぼそうとやってくる。
私は隣に将軍を従え、城壁の上でそれを見ていた。
膨大な数の兵士の群れが迫ってきている。敵の軍は地面を覆いながらこちらに進撃している。
私の役目はあの軍勢と戦うこと。
敵の軍勢は数えきれないくらいいるが、王都まで来ている以上、この戦いで勝てなければ私たちは滅びる。
周囲の兵士たちは口を引き結び、剣をしっかりと握っていた。誰もが黙っている。時折金属がこすれる音がするが、それでも静かな場だった。
将軍が目の前の胸壁に手を当て、握りつぶそうかというほどの力で握りしめる。
「陛下たちがいればこんな奴ら……」
「しつこいぞ。集中しろ」
「はい、殿下」
将軍を睨むと、彼はそれ以上何も言わなかった。
分かっているのは父や母はもはやいないという事だ。
二人は勇敢で、自ら戦場に出て戦っていた。そしてあの日、彼らは帰ってこなかった。
私は彼らが戦争で討ち死にしたという知らせを受けた。
そして私はやってくる彼らを迎え撃たなければならなかった。
多くの民たちは既に王都を捨てている。残った民達も家に籠り、出てこない。
友人の顔を思い出す。メリア・アーランド。赤い髪を紐で結び後ろに流した姿。いつも朗らかな笑顔で私の傍にいてくれた。
「メリア……」
私は深呼吸する。目の前に広がる敵の軍勢を見定める。
隣国の王。あの王を倒さないといけない。
王は竜と共に各地に侵攻していた。その結果が今の現状だ。
ここには竜の姿はなく、自軍だけで来ているようだった。
それは竜なしでもこの国を滅ぼせると言っているようなものだった。
私は剣を握る手に力を入れる。
私、レヴィアはあいつらと戦わないといけない。
敵軍が間近に迫ってきて、運命の戦いが始まった。
***
見たこともないような戦いが起きていた。
最初は城壁の上で戦っていた。矢の雨を降らせ、上ってくる敵には熱湯をかけ、槍で突き落とす。
ただ、敵の猛烈な勢いは増すばかりだ。
私は兵士たちを鼓舞しながらも城壁を上ってきたやつらを切り捨てる。
「臆するな! 戦え!!!」
私は叫び、隣にいる将軍も吠える。
「われらには殿下がいるぞ!! 命を賭して戦え!!」
「うおおおおお!!!!」
兵士たちが剣や槍を振るう。
仲間が死んでも次の兵士が敵を殺す。それを繰り返す。
「門が!!」
悲鳴が聞こえる。
木の門に大きな槌が何度もぶつけられる。
そして次の衝撃で、門の閂が折れ、門が破られた。
破られた門から、ぞろぞろと敵が侵入してくる。
民たちの叫び声が聞こえる。女性の声も耳に入ってくる。
「メリア!!」
私は友人のことを考えながら、目の前の敵を切り捨てていた。
相手の兵士たちは碌な技量がない。
だからとにかくひたすら切り捨て続ける。
最初は引き気味で戦っていた兵士たちも、私の姿を見た後は敵に立ち向かっていく。
「将軍! ここで敵を食い止めていろ!」
私は将軍に指示をし、城壁を下り、街を走った。
無我夢中で走っていく。
敵の兵士が民を襲おうとしているのを殺し、民には逃げるように告げる。
そして石畳を駆け、街の通りを進んでいると、見覚えのある姿が敵の兵士たちに囲まれていた。
「おあああああ!!!!」
こちらに気が付いた兵士の頭をぶった切る。
硬直した兵士の身体を袈裟切りにする。
動揺した最後のやつを蹴り飛ばし、倒れた所に剣を突き刺す。
「はあ、はあ」
私は剣を引き抜くと、息を吐く。
すると思いっきり抱き着かれる。
「レヴィア!!!」
抱き着かれたまま私は彼女を見た。
メリアが涙を浮かべた顔でそこにいた。
「ありがとう! 私、怖くて」
「いや、いいんだ。メリア。もう大丈夫だ」
「……うん。ありがとう」
少しだけメリアの好きにさせる。
「とはいえ、ここは危険だ。このままここにいるわけにはいかない」
私の言葉にメリアは頷く。
「うん、近くの教会に地下室があるの。そこに逃げようとしてて」
「地下室? そんなものがあるのか?」
「前から神父さんが言ってたの、昔からある地下室なんだって。いざという時はそこに隠れるのがいいって」
「分かった。ならそこまで行こう」
私はメリアを連れて教会まで行った。中に入ると神父や他の民たちがいる。
「この子を頼む」
私はメリアを預ける。
「レヴィアはどうするの?」
「私は戦うよ。大丈夫。必ず戻ってくる」
「……絶対だからね」
「ああ」
私は頷き、教会を出た。
***
とにかく私は先頭に立ち、この戦いを進めないといけない。
とにかく敵を殺す。
それを繰り返していた。
民が襲われている。その度に民を助け、教会に行くように伝える。
戦い、王都の民を助ける。それが終われば次の悲鳴がする方向へ走る。
そして敵を切り殺していると、ようやくあるものが見えてきた。
明らかに装備の違う兵士たち。その中心にいる馬上の人物。
あいつが国王だ。
その姿は見たことがある。
かつては外交の場で、出会い話したことがある。
こちらを歯牙にもかけないその姿。
それは今も変わらないようだ。
とにかくあの王を殺さないといけない。
そんな感じでいて、そして私はあの王を殺そうと向かっていく。
向こうの兵士たちも私の存在に当然気が付いている。
手練ればかりだが関係ない。
とにかく関係なく彼らを殺していく。
あの王を殺す。
それが重要だった。
「しねえ!」
王に切りかかっていく。
「亡国の王女か、哀れだな!」
「黙れ! お前が来なければ、誰も死なずに済んだものを!」
そして私たちは切り合う。
とにかく王を殺すこと。
あの王を殺すために生きていたのだ。
私があいつを殺してやる。
そして私はその王を殺すことができた。
私の剣が相手の胸に深く突き刺さる。
「がぁ」
王は剣を抜こうとするがそんなものに意味はない。
王は死ぬ。
それで終わりだ。
そしてこの戦いは終わるのだ。
そのはずだった。
「はあ、はあ」
私は王を殺し、息を吐く。
ようやく王を殺した。
それだけでよかったはずだった。
「竜だ!!!!」
そんな声が聞こえてくる。
「竜?」
私は空を見る。
すると確かに彼方の空から竜がやってきていた。
竜は空から急降下する。
その口から赤黒い炎が放たれた。
炎は人や、石で作られた建物を飲み込んでいく。
さっきまで存在した建物が立ち並ぶ王都は、一瞬で黒い瓦礫の山に早変わりする。
「逃げろー!」
女を襲おうとしていた兵士が一目散にその場から走り去っていく。
「ここにいたら死ぬぞ!」
大柄の男が子供達を連れて安全な場所を探す。
王都はもはや阿鼻叫喚の有様だった。民も兵士も、敵も味方も関係なく、誰もが竜から逃れようとする。
さっきまで斬り合っていた者共が武器を捨てて逃げ去ろうとする。そこに灼熱の炎が降り注ぐ。
もはや悲鳴にも聞こえない音が響き、赤い炎が消えた跡には、黒い炭だけが残る。
抱き合っていた親子も炎の影に消える。
空を掛ける竜が、王都の人間達に恐怖の雨を平等に降り注いでいた。
私は竜に立ち向かう。
竜の炎を壁越しに避け、近づいていく。
竜は叫ぶ。聞くに堪えないほどの大きな音が鳴り響く。
分かっているのはあの竜を殺さないといけないということだ。
私はあの竜に駆けていく。
竜は通りに着地する。私を待ち受けていたかのように。
口から炎が出される。
私は飛びのき、間一髪でよけた。
熱で肺が焼けるのを感じながらも、足は止めない。
竜が尾を振る。
巨大な尾が目の前に迫る。それは一瞬だった。
反応できない早さで、尾が私の胴体にぶつかる。鉄の巨大な棒で殴られたかのような衝撃が襲う。
体が飛ぶ。目の前が回転しているのを見せられ、そのまま瓦礫になった家の壁にぶつかった。
「ごはっ! がはっ!」
胃の中のものが口から出る。鎧の袖で口を拭くと直ぐに立ち上がった。
竜はこちらをじっくりと見ていた。炎も吐かずに私を観察するだけだ。
「舐められたものだな」
剣を握りなおす。
私は再び竜に駆けだす。
竜が今度は炎を吐こうと息を吸う。私はそれを止めるために剣を振りかぶり、投げた。
「!」
竜の目が見開かれる。
竜の炎が吐き出されるよりも先に、剣が竜の眉間に突き刺さる。
緑の血が噴き出る。叫び声が辺りに響き渡る。
暴れまわる竜の身体に近づいていく。
振られた尾をよけると、竜は体勢を崩し、倒れこむ。
私は竜の身体を駆けのぼった。
そして首の上に上ると、竜の眉間の剣を更に突き刺した。
叫び声がさらに大きくなるが気にしない。力の限り剣を突き刺していく。
「そのまま黙ってろ!」
やがて竜の目から生気が失われ、体から力が抜けた。
これですべてが終わった。
すべてが静まり返っていた。
誰もいない。
にぎやかだった王都は火と瓦礫の山だ。
誰の声も聞こえない。
叫び声や鳴き声もなく、ただ炎の燃える音だけ。
もう誰もいない。
残っているのは私だけだった。
すべては終わってしまったのだろうか。
分からない。
ただ分かるのは、ここにあるのは終わった王都があり。
あの王は死んだが、この国も滅んだということだ。
彼方よりやってきた災厄が、全てを奪ったということだけだ。
***
私は街の光景を眺め、歩いていた。
もはや何もない街を歩いていた。
「レヴィア!!」
思いっきり抱き着かれ、疲れ切っていた身体は倒れてしまう。
「……メリア?」
メリアは何も言わずに私を抱きしめてくれる。
両腕が私を包み込む。もう二度と離さないかのようにしっかりと抱かれていた。
自然と私の目から涙がこぼれてきた。
「私は戦ったんだよ、メリア。だけど皆死んでしまった……。王都も全部焼けてしまった……」
「レヴィア……」
メリアは私の頭を撫でた。
そして暫く私たちはそうしていた。
彼女が私の耳元で言う。
「確かに皆燃えちゃったけど。レヴィアのおかげで皆生きてるんだよ?」
「皆?」
「うん。レヴィアが助けてくれた皆。教会の地下室で私たちは生きてたの」
「……そうか。じゃあ、あれは無駄じゃなかったんだな」
私の言葉を聞いて、メリアが更に抱きしめてくる。
「うん。全然無駄じゃないよ。だってほら、私もこうして生きてるでしょ? 無駄じゃない、ね?」
「……ふふ。確かにな」
メリアのまっすぐな目を見て、思わず笑ってしまう。
そしてメリアが言う。
「レヴィア。私、思ってることがあるの。言ってもいい?」
「ああ、なんだ?」
「やり直さない?」
「やり直す?」
「うん。教会にいるみんなとさ、この国を建て直そうよ。」
「……」
私はその言葉を黙って聞いていた。
そしてメリアの目を見る。
「ああ、そうだな。私はこの国の王女だ。やり直そう」
「うん! それでこそレヴィアだよ!」
メリアが笑みを見せる。
私たちはそのままそこにいた。
焼け焦げた王都で、二人の影が揺れていた。
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