第3話 次の戦いへ
兵衛は戦が終わったのちに、実家に帰っていた。
今回は参加した軍が勝利をした。
兵衛たちがいた部隊も敵軍を殲滅したことで、足軽大将には扶持も普段より多めにいただけたらしい。
足軽大将はその分を今回の戦で生き残った十数名の者たちに多めに分配した。
兵衛には敵軍をより多く倒したとして、さらに追加でとの話も出たのだが……
なぜか兵衛は断っていた。
「余分に頂いてものぅ……
ワシは自分の食える分だけで十分じゃ。
それに……今回はワシの記憶がない以上、ワシがやったとは思えんのじゃ」
それでも無理に足軽大将が渡そうとしたが、兵衛は一向に受け取らなかった。
実家でぼーっとしている兵衛に覇洵が語りかける。
『おい、お前。
本当に良かったのか?
貰えるものは貰っておいた方がいいんじゃないか?』
覇洵は兵衛が追加の報酬を受け取らなかったことが気に食わない。
『だけれどものぅ……
今回は覇洵様がやったことだで』
それでも兵衛は自分がやってないことで頂くに値しないと思っていた。
『それはそうだが……
でもお前とオレは今は一緒なんだし、お前の手柄でいいだろ』
『覇洵様は不服かのぅ』
申し訳なさそうな顔をしながら兵衛が言う。
『不服だな。
追加の金で、もっといい武器を買って欲しかったのにな』
兵衛からすると顔は分からないが、覇洵が怒っているように感じた。
それでも信念を曲げずに
『たかが足軽風情が大将様よりいいものなんぞ使えん』
『そういうところは律儀なんだな。
そうだなぁ……
なら次そういう時があったら、オレへの供物ってことで考えてくれや。
オレは神だしな』
神様扱いをしてほしいわけではないが……
覇洵は頭を掻きむしりながら兵衛へそう伝えた。
『あぁ、そうでしたな。
覇洵様に対して不遜なことをしてしまったのぅ。
大変申し訳のうございます』
兵衛は正座をして、頭を深く下げた。
『そこまでは思ってないから、気にするな。
ワシは強い奴と戦いたいだけだから。
そのためには、いい武器いい鎧が必要だからな』
『それでは次の機会がごぜえましたら、お供え物とさせてもらいます』
『よろしくな!』
覇洵は神とは思えないぐらい気さくな言葉遣いで応えた。
『ところで覇洵様はいったい何時からワシの中におったのかのぅ』
『いつからかって?
お前が生まれたときからだよ』
『ひぃ……
そんな前からですか』
兵衛はビックリした顔で聞き返す。
『そのころから意識はあったけど、お前と話せるぐらいになったのはつい最近かな。
封印かなんかの影響なのかわからないがな』
『何故ワシの頭の中なんですかのぅ……』
『それはオレにもわからないな。
それを知るには俺を封印した神たちに聞くしかない。
でも、聞くにも何もこの地上界で神との接点がないしな』
『はぁ……』
兵衛からすると想像もできない壮大な話だ。
『まぁ、ただこの世界の事は見ているはずだし……
何か異変が起きれば神々も黙ってないだろう』
『だから強い奴と戦うんですな……
承知しました。
ワシも微力ながらお手伝いできればと』
『うむ、頼むぞ。
オレの力を存分に発揮できるように鍛えてくれ』
『ならば、ぼーっとはしておれんですな。
これから鍛えてまいります』
立ち上がった兵衛は刀を持つといつも修練をしていた山の中へ向かっていった。
覇洵の期待に応えるべく、兵衛は朝から晩まで己の肉体を鍛え続けた。
それからしばらくした後、兵衛に招集がかかった。
次は尾張の北東部、今川領への出陣だった。
「今度は品野城を攻めることになった。
まずは近くに砦を築き、攻めるための足がかりを作る」
前回と同じ足軽大将の下に付いた兵衛もその砦を築くために、朝から晩まで働いた。
その間の覇洵はというと……
『オレはそんなことに興味はねーよ。
戦いになったら起こせっての』
と言って、兵衛の頭の中で眠りについていた。
砦を築いている間は本当に何もしなかった。
兵衛はそんなことも気にせずにもくもくと働いていた。
興味がないといいつつも覇洵は兵衛にあれやこれやと指示をした。
兵衛はそんな覇洵にお礼を言うのだが
『そんなんじゃねーよ。
オレはただ早く戦いたいだけだ」
と照れ隠しのように覇洵は悪態をついた。
ただ覇洵の協力もあり、また兵衛たちの献身的な働きもあり、ほどなくして砦が完成する。
そこには続々と兵が集まり……
しばらくすると千を超える兵たちが陣取ることになった。
そして品野城へ攻め込む機会を窺っていた。
『なんだよ。
まだ攻め込まないのか。
これぐらいの城すぐ落とせるのに』
待機をしている兵衛に覇洵は文句をグチグチと言っている。
『覇洵様にしてみたらいとも容易いことだけれども……』
『慎重すぎるのも良くないとは思うがな。
まぁ、オレは暴れられればどこでもいいけどな。
オレたちだけで乗り込もうぜ』
『好き勝手に動くわけにはいかねぇ。
上の方々からの命令を待たねぇと』
兵衛はそう言うと腕を組み下を向いて静かに目を閉じた。
「おい、お前たち。
明日の朝に城へ総攻撃をかけることになった」
そこへ足軽大将が来て、上からの通達を伝えに来た。
『ほれ、覇洵様。
明日の朝だとよ』
『了解!
やっと出番だな』
覇洵は心が躍った。
その高ぶる気持ちを兵衛は感じていた。
『だけれども、どうやってワシと変わるんですかい』
『そうなんだよな……
お前の意識が無くならないと上手く入れ替われないしな』
覇洵はこれまで何度も兵衛と入れ替わろうとしたのだが……
兵衛の意識がある間はまったく入れ替われなかった。
寝ている間は入れ替われることは入れ替われた。
しかし、前のようにスムーズに動けはしなかった。
『お前、また気絶しろ』
『えーっ。
ワシはもう痛い思いは嫌じゃ』
『なんとか入れ替われればいいだがな』
『それまではなんとかワシが頑張ります。
その間はワシに何かとご指示いただけると助かるんじゃが……』
『ったく……
仕方ないなぁ』
上手く入れ替われない以上、覇洵が出来ることは少ない。
とにかく兵衛に死なれては困る覇洵は、うまく立ち回れるように指示をすることにした。
――翌朝
竹村長方の合図とともに一斉に城へと攻め始めた。
兵衛も足軽大将の指示のもと、前線へと向かった。
敵軍は籠城を決めたようだが、士気は落ちていなかった。
大勢、雪崩れ込む兵たちを迎え撃ち、必死に抵抗をしていた。
夕方近くまで続いた戦も攻めきれず……
体制を立て直すため砦へ帰還することになった。
兵衛も覇洵の声に従うも、なかなかと戦果は上げられず、味方と共に帰ってきた。
帰る頃には雨が降り始め、砦についたころには、本降りとなっていた。
「ふぅ……
なかなかと骨が折れる戦いじゃった。
相手の抵抗も激しかったのぅ……」
砦についた兵衛は一息をつく。
『オレの言う通りに動かないからだろ。
あそこは、ズサーっとやって、パーっとやって、こうやれば……
上手く切り抜けられたのに』
『覇洵様……
その指示は、誰が聞いてもまったく分らんぞ』
『そうか?
オレにはわかるぞ。
お前が上手く動けてないだけだろう。
あーっ、もうイライラする。
早くオレと入れ替われって』
『そう簡単に上手くいくなら、そうさせていただいておるんじゃが……』
砦に全員が帰還した後、改めて明日の朝に攻撃をしかけるとの通達があった。
明日の朝に備えて、見張りは交代しつつ、休息をとることになった。
兵衛は先に寝る番になり、砦の端っこに蓆をしいて寝転がって寝ることにした。
戦場で寝るのはぐっすりと寝ることは難しい。
しかし、しっかりと休まないと明日に響く。
周りの事は気にしつつも、兵衛はうつらうつらとしていた。
それからどのくらいたったのだろう。
外は本格的に雨が強くなり、豪雨になっていた。
疲れていつの間にかぐっすりと寝てしまっていた兵衛の下に大きな叫び声が聞こえた。
「敵襲ー、敵襲だー」
そして足音が怒涛のように迫り、砦の壁が揺れた。
また外の夜闇の中には、無数の松明の光がうねるように揺れていた。
その声と音にビックリして起きた兵衛は寝ぼけ眼で動こうとしていた。
だが、周りをよく見ずに歩き始めたこともあり、近くにあった段差に足を取られてしまう。
「痛ーっ」
兵衛は後頭部を打ち、悲鳴を上げたのちに意識を失ってしまった。
周りの兵たちは慌てふためいているせいか、そのことには誰も気づいていない。
ドタバタと逃げ回る兵たちに今にも踏みつけられそうな兵衛。
誰かの足が飛んできたその時……
光を帯び、ムクッっと起き上がるのだった。
「ふぅ、ようやくあいつが気絶してくれたな。
しかし、あまりいい戦況ではないようだ」
そう、気絶した兵衛と覇洵が入れ替わったのだった。
「ここからはオレ様の出番だな。
覚悟しやがれ!」
逃げ惑う兵たちをよそに、不敵な笑みを浮かべる覇洵。
その踏み出した足元は、空気が震えるような音が響く。
そして砦へ雪崩れ込む敵へと向かっていった。