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カルテット・マジコ  作者: piku2dgod


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86/130

ANNUAL#01 Virtual Insanity

クリスマス増刊号です!本来の時系列は5話以降のどこかで、ホントはその後に読むともう少し感慨深いエピソードになるとは思うけど、ネタバレの要素もないので先出しておきます。

本編はいつもの時間に更新。


https://x.com/piku2dgod


本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24843658

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25490740

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26572256

KING-SIZE SPECIAL!




TWICE AS MANY PAGES!

TWICE AS MANY THRILLS!




The Most Magically Chaotic Quartet on Universe!




Quarteto Magico




Annual Issue01 Virtual Insanity




吉濱家のはちるの部屋。

アシュリーは畳の上にだらしなく横になり、片足のかかとでふくらはぎをこすりつけるように掻いていた。

ちゃぶ台の上には、炭酸が抜けかけたペットボトルと、封が開いたままのスナック菓子の袋が転がっている。

窓際の角に置かれた旧式テレビの黒い液晶には、部屋の輪郭がぼんやりと浮かび上がり、机の下の空間に固定された彼女のスマートフォンだけが、場違いなほど派手な色の光を明滅させていた。


画面の上では、Xitterのコメント欄が途切れることなく流れ続けている。

アシュリーは頬杖をつきながら、メニュー欄にあるボタンを人差し指でつつく。


「ヒーローだけど質問ある?」


たったそれだけのタイトルでキャストルームを立てたのだ。

告知も予定もない、完全な気まぐれの「開始ボタン」。

にもかかわらず、開始から1分もしないうちに、視聴者数の表示は20万人を超えていた。数字が更新されるたび、画面端のアイコンが忙しなく跳ねる。


『画面開いたらサガットステージ出た』

『通知バグかと思ったら本物で笑った』

『タイトル雑すぎて逆に信用できる』


「いやー、みんなヒマだな……」


口ではそうぼやきながらも、アシュリーの指は配信を止める気配を見せない。


「じゃ、30分質問募集な――」

画面を上へ払うと、コメントのひとつが強調表示され、端末の合成音声が、淡々とした調子でそれを読み上げた。


『スヌープキャットが料理超上手いらしいけど、私も立派なシェフ?』


質問には1枚の写真が添付されている。

アシュリーはサムネイルをタップし、拡大された画像を思わず食い入るように見つめた。


皿の上には、元が何であったのか、調理前の姿を想像させないほど、茶色く変色した食材が積み重なっていた。焦げ、煮崩れ、炒め過ぎ、あらゆる失敗の気配がこの1皿に集約されている。

ソースなのか炭なのか判別困難なものが、境目もなくまとわりつき、盛り付けと呼ぶにはあまりにも野性的な配置だ。


アシュリーは一瞬、目を丸くした。

眉がわずかに寄り、次の瞬間には口元がにやりと持ち上がる。


「えーと、火加減間違えた日の私と同じくらいかな。つまりプロ級ってこと」


軽く笑いながら言い捨てると、コメント欄は即座に阿鼻叫喚の絵文字とツッコミで埋め尽くされる。

『やめて差し上げて』『これは事件』『胃が悲鳴上げる』など、文字の洪水が画面を埋めていく。

だが彼女は一切読み返そうともせず、スワイプひとつで次の質問へ移った。

この距離感こそが、彼女にとって、たまに行う“生放送”の温度なのだ。


『英語ペラペラってホント?』


機械音声が淡々と読み上げる。

アシュリーは画面から視線を外し、ソファの背に頭を預けたまま、軽く首を鳴らした。


「ペラペラかどうかってのは自分じゃなくて人が決めることだ、これで判断したらいい」


そう言うと、彼女は一度息を深く吸い込み、胸の内でリズムを刻む。

次の瞬間、口元から滑り出した英語は、発音の継ぎ目が分からなくなるほどの速度で連なった。


".seciohc tneuqesbus nwo ruo yb yleritne detcurtsnoc ,nosirp tsubor tsom eht ylerem si flesti modeerf etulosba fo tpecnoc yrev eht ,yllacixodaraP"


)いなぎ過に獄牢な固強も最、たれさ築構てっよに択選の身自々我は局結、がのものそ念概ういと由自な的対絶、がだ的説逆(


空気が、ひと呼吸ぶんだけ止まった。

彼女の口から発せられた音は、聞き慣れた英語のリズムでありながら、常人の耳には意味を結ぶ前に通り過ぎていく高速の文字列だった。

コメント欄が、ほんの短いあいだだけ動きを止める。

視聴者たちが、一斉に「今のは何だ」と頭の中で巻き戻しを試みているのが、画面越しにも伝わってくる。


やがて、誰かが録画データを逆再生し、

『今の逆に読むと完璧な英文になるぞ!』

と書き込んだ瞬間、滞留していた反応が一気に爆発した。


明らかになったのは、以下の言葉だ。


"Paradoxically, the very concept of absolute freedom itself is merely the most robust prison, constructed entirely by our own subsequent choices."


(逆説的だが、絶対的な自由という概念そのものが、結局は我々自身の選択によって構築された、最も強固な牢獄に過ぎない)


画面上にはチャットバブルや称賛の絵文字が次々と弾け、

『チート』『意味不明で好き』『頭の構造どうなってんの』

といった文字列が、映像の前面を横切っては消えていく。

端末のスピーカーからも、通知音が連打されるように鳴り続けた。


アシュリーは、その賑わいを一拍だけ眺め、満足げに鼻を鳴らした。


「……よかった。悪くなかったらしいね」


彼女の表情には、照れではなく、一芸がきちんとウケたことに対する職人めいた納得が浮かんでいた。

部屋の障子戸を背景にしたまま、再び、横柄な姿勢から伸ばされる人さし指が画面を払う。


『1番対応に困ったSNSの荒らしは?』


合成音声が質問を読み上げ終えるより早く、アシュリーの口は動いていた。


「ゼノン・マース。こいつが勝手に公認マークつけようとしてきた時が1番サイアクだった」


XitterのCEOにして世界一のビリオネアとして知られる男の名を、彼女は迷いなく即答した。

コメント欄が一斉に笑いと驚きで波打ち、

「実名出してて草」「裏で何があったんだ」「アーカイブ残るやつだぞそれ」

といった文字が、また新たな帯をつくっては流れていく。


「……でもまあ、あいつには借りがあるからな。私たちが指名手配されてた時、『言論の自由』だとか抜かしてこのアカウントは凍結しなかった。

その度胸には感謝してるよ。――だからって、あのダサい野球帽を被って公の場に出ていい理由にはならないけどな。誰か燃やしてやれよ、あれ」


『そういやあったねw』

『そこにパイロキネシストがおるじゃろ?』

『イイハナシカナー?』


感謝と罵倒、恩義とファッション批判。 アクセルとブレーキを同時に踏み抜くような発言に、タイムラインの流速はさらに加速する。


『魔法が使えたらどうする?』


合成音声が淡々と次の質問を読み上げる。


「靴に小石が入らないようにするかな。……ここまでまともな質問がないようで大変結構」


アシュリーは肩を落としながらも、どこか楽しげだった。

軽口を飛ばしつつも、コメント欄を流れる無数の人格をまとめて抱きとめることに、彼女なりの快感を覚えている。


が、その次にキュレーションAIが取り上げたのは、文字による質問ではなかった。

投稿されたのは、Xitterの検索欄を撮ったスクリーンショットだ。


サジェストには、

「カルテット・マジコ r18」

「カルテット・マジコ r18 さな」

といった、情け容赦のない文字列が、平然とした顔で横一列に並んでいた。


アシュリーは、その画面を目に入れた途端、顔を真っ赤にして、

スマートフォンを指先で弾き飛ばすように押しやり、反対側にごろんと寝転がった。

配信画面にはしばしのあいだ、こたつのヒーター部だけが格子模様を揺らしながら映され続ける。


配信画面には、『草』『逃げた』『おいカメラ止めろ』『これはアウト』といったチャットバブルが次々生まれ、画面下部で弾けていく。


「……おい、今日のチャット欄はアウェーのゴル裏か?」

やがて、スマホがスタンドに立て直される。


角度を微調整するために画面を覗き込んだ彼女の顔は、相変わらず元気そうで、どこか開き直った色すら帯びていた。

しばらく「はー……」と天井に向かって息を吐いたあと、何かを思い出したように視線をカメラへ戻し、

「あー」と小さく声を整えてから、あらためて配信に向かって喋り出した。


「そうだ。おい、言っとくけど、ディープフェイクのR-18で私のが1番多く作られてるの、知ってるからな?」


唐突に投げ込まれた爆弾発言に、コメント欄が一度ぴたりと止まり、その直後、堰を切ったように再び流れ始める。


『アシュリーが俺らのオカズまで把握してるってマジ?』

『ないわ、アシュリーは特殊性癖でしょ』

『公式にバレてるのなまらウケる』


そんな文字列が、笑いと照れと罪悪感をないまぜにしながら、画面一面を飛び交った。

アシュリーは、その様子をしばらく無言で眺めていたが、やがて口角だけをぐいと上げると、カメラのレンズをまっすぐ見据えた。


彼女は満面の笑みを浮かべ、はっきりと口を動かした。


「F〇〇〇!!!」


同時に、自動補正のピー音が配信に重ねられ、突き立てられた中指には見事なモザイクが被さる。

画面の向こう側で、視聴者の歓声と笑いが一斉に膨らむのが、コメントの速度だけで伝わってきた。


『ピー音なのに伝わるのズルい』

『今日のクリップはここで決まりだな』


アシュリーは、何事もなかったかのように表情をすっと戻し、再び飄々とした口調へ切り替える。


「……まあ、そういう目で見られることに本気で抵抗があるなら、やってないよ、こんな稼業、ぶっちゃけ。

所詮はフェイク、画像だろうが動画だろうが全部偽物だ。――ただし合言葉は『本物とは名乗るな』だ。いいな?」


……放たれた言葉は終始冗談めいていたが、芯の部分には、自身の身体とイメージを巡る諦念と、職業としての覚悟が焼き付けられている。

ただ、そこには同時に、アセクシャルである彼女らの、自分たちに向けられる性的な視線そのものをどこか他人事(ひとごと)として捉える冷めた感覚も、

少なからず混じっていた。

視聴者たちもそのあたりの機微を感じ取ったのか、コメント欄には単なる茶化しとは異なる色合いの文字列が紛れ始める。


『了解、公式ガイドライン来た』

『はい皆さん、ご本尊直々の利用規約入りました』


この飄々とした姿勢でありながら、意外なほど踏み込んだ答え方に対し、

「線引きの話」「合意と非合意」「性と表現の自由」といった、少し真面目な議論を試みるユーザーもちらほら現れた。


吉濱家のはちるの部屋の一角で、アシュリーは、世界のどこかにいる900万という膨大な数の他人たちと、

笑いと欲望と倫理観をごった煮にした会話を続けている。


「今日の民度、マジで最高だな。今流れてるこのやり取り、

全部まとめてゴールデンレコードの第2弾に焼き付けてさ、“これが人類です”って宇宙人に送りつけてやりたいよ」

その顔は笑っているのに、どこか本気でそう企んでいるような悪戯っぽさがにじんでいる。


「……次。『ゴリラになってた時の記憶ってある?バナナ美味しかった?』――あの場にバナナなんてあったら、

気が散って普通に負けてたよ。運よく見つからなかったってだけだ。今お前らがゴリラにされてないのは、そのほんの些細な偶然のおかげってワケ」


すると、コメント欄にはすぐさま、

『危なすぎる偶然で草』

『会場スタッフ有能すぎない?』

『バナナ1本で歴史変わってたのか……』

といった吹き出しが連なり、タイムラインが一気に騒がしくなる。

アシュリーはそれらをざっと眺めて、「そう、文明とか歴史ってだいたいそういうところで持ってるんだよな」と小さく笑い、指でまた次の質問を弾いた。


さらにやり取りは続く。

『ゲームどのくらいやってる?正直プロゲーマーとかeスポーツ行けたでしょ?なんでやらないの?』


「ゲームは……まあ、知ってる奴は知ってるだろうけど、家族全員めちゃくちゃする。

たださ、いわゆる“eスポーツ”って呼ばれるタイトルは、正直ちょっと悩むんだよな。文字どおりの意味で、みんなとは反射神経が違うから」


アシュリーは、自分の掌を開き、配信画面の外でもわかるくらいの小さな炎を、そこにぽっと灯してみせる。

部屋の照明よりもわずかに強いその光が、指のあいだで揺れ、彼女の能力の一端を何気なく示していた。


「0.1秒だろ?フツーの限界は。こっちとしては、みんなと同じ条件で遊ぼうとは努力してるんだけど、身体の方が勝手に先に動くんだよな。

ラグも視野も疲労も、ぜんぶ“あるにはある”んだけど、根っこが違う」


彼女は、掌の火を指先でつぶすように消しながら続けた。


「3100万人か?世界中の暇人が集まって……」


配信画面の隅、視聴者数を刻むカウンターが小刻みに跳ね上がり、また桁がひとつ繰り上がった。「31054887」。

いまや世界一のフォロワー数を誇るXitterアカウント、そのキャストルームには、1国の人口すら凌駕しかねない数字が、当然のごとく無機質なフォントで鎮座している。

それに比例して、コメント欄の流速は限界を突破していた。猛烈な勢いで更新され続ける文字の列は、個々の意味を喪失し、

ただの発光する白い帯となって画面を縦断している。常人の動体視力では、単語を拾うどころか行間の区別すらつかない。残像が網膜を灼くだけだ。


だが、アシュリーの瞳は違う。彼女は頬杖をついたまま、視線をわずかに巡らせた。


「……いま、トップチャットじゃなくてチャット全表示モードにしてるんだけど、具体的にはそれが全部読める」


さらりと告げられた事実に、白い帯の正体――数千万の意思たちが一斉に凍りつき、直後に爆発した。


『ヒエッ』

『全部!?この速度で!?』

『動体視力の無駄遣いすぎる』

『脳の処理落ちしないの?』

『解析班ーー!今の流速計算してくれ!』

『人間卒業おめでとうございます』

『※この配信者は特殊な訓練を受けています』


恐怖と驚愕、そして畏敬がない交ぜになった反応が、さらに速度を上げて流れていく。

アシュリーにとって、これらはノイズではない。高速で滑り落ちる膨大なテキストの壁から、ひとつひとつの平仮名、漢字、記号に至るまでを鮮明に認識し、意味を抽出しているのだ。


彼女は、さも当然といった風情で彼らの阿鼻叫喚を見下ろし、言葉を継いだ。


「ただ、日本語と英語だけな?

だから、そっち系はとにかく“つまむ”くらいだ。大会とかランクマの配信とかの、ほぼ見る専。 サッカーもおんなじ理由で観るだけだよ。

何ならこの家から埼スタのゴールまでボール直接蹴れるし。そんな奴が混じったら、ゲームが楽しくなくなるだろ?ずるいよなって、自分で思うときもあるよ」


チャット欄が、一瞬だけ止まった。

さっきまで冗談半分に投げられていた「最強」「神」「チート」というスタンプの列や、踊るXitterの公式マスコット、クラッカー、花火の賑やかなエフェクトが途切れ、

その代わりに、ぽつぽつと短い文字列が流れ始める。


『ちょっとだけ、しんどそうなことサラッと言うな……』

『同じ土俵に立てないって、そういう意味か』

『今のとこ、切り抜き保存案件』


超人であるがゆえに、普通の人間と同じ土俵で「遊ぶ」ことさえ難しい。

彼女が口にした言葉には、驕りの色は一切なく、

そのかわり彼女自身も意識しきれていない、晩夏の昼下がりを思わせる微かな孤独の響きがあった。


「ま、どんなゲームも私が混じったらジャンルが非対称PVPになるってワケだな!」


アシュリーは、わざと肩をすくめて笑ってみせる。

さっきまでの空気を押し流すように、不遜な笑みを画面いっぱいに広げた瞬間、

チャット欄は再び、からかいと称賛のスタンプで埋め尽くされた。


『なんでいつもスパチャ付けないの?今、超投げたいんだけど』

不意に流れたその直球な質問に、アシュリーの手がふたたび止まった。彼女は手を上げ、画面外から引っ張ってきたスナック菓子の欠片を放り込み、ガリガリと無作法に咀嚼してから、さも当たり前のようにこう答えた。


「簡単だよ。ヒーローってのは、あくまで『慈善事業』でやってることだからな。非営利の趣味で、善意の押し付け。それが基本だ」

彼女は画面の向こうの人々を見据え、指についた塩を舐め取る。


「だから、そんな活動で得た知名度が金儲けの道具になっちゃダメなんだよ、スジが通らない。配信の面白さ一本で戦ってる、純粋なストリーマーたちにも失礼だしな」


『ぐう聖』

『プロ意識の塊かよ』


称賛のコメントが流れ始めるが、アシュリーはそれを手で制し、さらに踏み込んだ持論を展開する。


「いいか?もし私たちのやり方が金を生み出せるってことになったら、どうなる?

今のストリーマー連中も、『超能力を覚えてヒーロー活動をする』のが、知名度稼ぎの最適解って流れになるだろ」


彼女の眼差しが、わずかに鋭さを帯びる。 それは単なる道徳論ではない。未来の危機管理としての冷徹な計算だ。


「タレントやプロゲーマーが元の知名度引っ提げて配信やるのはまあ別にいい。でも、ヒーローみたいな命に関わる仕事がそれだとマズい。そういう手段が常套化すると、

世界が色んな意味でヤバくなるからな。承認欲求と小銭稼ぎで戦場に出るヤツが増えれば、怪我人はかえって増えるし、現場の質は下がる――」

アシュリーは指を折って、最悪のシナリオを数え上げた。


「――下手すりゃカルテット・マジコが、その自称ヒーローのやらかしたヘマの尻ぬぐいや、二次災害の救助に出ずっぱりってことになる。

本来やんなくてもよかった仕事をこなしてる間に、肝心の事件に出遅れるってことがあったらどうだ?そんなの、誰だってヤだろ?

そりゃ、本気でやる奴は何をどう言われようがやるんだけどさ、私たちはあくまで、そういうやり方のお手本には、自分からなろうとは思わない。

それだけのハナシだよ」


『あー……(納得)』

『迷惑系ViewTuberのヒーロー版とか地獄絵図だろうな』

『論破王アシュリー』

『※すべて、スパチャ設定が面倒くさいことの言い訳です』


画面を埋め尽くす大量の草と称賛の嵐。アシュリーは、その反応に、フンと鼻を鳴らすと、

何事もなく次の質問へと指を滑らせた。


*


『ヒーローやってよかったことは?』


チャットキュレーターのAIがその質問を取り上げると同時に、コメント欄が一瞬だけ落ち着いた。

茶化し半分のスタンプが流れ続けていたタイムラインに、ぽつぽつと「お、真面目」「空気読めてるやつ来た」といった文字列が混じり始める。


アシュリーは、画面を指で止めて小さく笑う。

「お、来たぞ!ついに真面目な質問。こいつが今日のヒーローだ、讃えてやれ」


『草』『今日のMVP』『真面目に生きててえらい』

視聴者たちの軽口が次々と浮かび上がるのを眺めながら、彼女は少しだけ姿勢を正す。


「えーと、まあ答えるとだな。厳密には“ヒーローやって”っていうより、“有名になって”よかったことだけど――」


一拍置いて、画面の向こうを見透かすように視線を上げる。


「それは、誰にでも気軽に声をかけられるし、かけてくれるようになったことだな。

私たちが、お前ら1人1人のことを知らなくても、お前らは私たちのことを知ってる。だから、いつでも、どこでも、最初から友達みたいな距離で話ができる」


『それ分かる気がする』『会ったら絶対話しかける』『握手してくれ』

チャットが温度を上げていくのを、アシュリーは目だけで追いかける。


「……それってさ、けっこうすごいことだと思うんだよ。

普通なら、知り合うまでに何回も挨拶して、タイミング測って、いろんな気まずさとか乗り越えて、やっと“友達”になるだろ?

でもヒーローやってると、最初の一言目からいきなり“久しぶり”みたいなテンションで話しかけてもらえる」


彼女は、少しだけ照れ隠しのように肩をすくめた。


「それは……まあ、素直に言って、かなりうれしい。

だから“ヒーローやってよかったこと”って聞かれたら、そのへんが答えかな――」


『はい今日の配信タイトル「アシュリー、全人類に告白する」に変更入りまーす』

『ちょっと待ってくれ、今のセリフ、プロポーズのテンプレで保存していい?』

『こういうことサラッと言うからガチ恋製造機なんだよな……』

『はいはい~ また1人 “街角で声かけられたら泣くオタク” が誕生しました~』

『やめろ、そんなこと言われたらコンビニで見かけても絶対話しかけられなくなるだろ……尊すぎて』

『「誰にでも友達みたいに」って言いながら目ぇまっすぐカメラに向けるのやめてもろて? 心臓が足りん』

『告白みたいなことをさらっと言うの、職業:ヒーローじゃなくて職業:人たらしだろ』

『こっちはただの視聴者のつもりなのに、気づいたら「友達」ポジションにされててしんどい、もっとやれ』

『あの~アシュリーさん、いま全国のぼっちに“居場所”を与えた自覚あります?』

『解散、今日はもうこの一言で優勝。以上、「ガチ恋を量産するヒーロー配信」でした』


数千万人の視聴者がその言葉に酔いしれ、コメントの流速が限界に達したところで――唐突に、背景の障子が勢いよく左右に開け放たれた。

そこに現れたのは、今しがた作られたばかりの感動的なムードを、一撃で粉砕するほど平和な笑顔たちだった。


「……あ、あしゅいー、配信中だったの?」

「ドーナツ買ってきたよー!」


不意に、開かれる障子戸から2人が姿を現した。

アシュリーの目線を追い、しゃがみ込んださなが、カメラの赤いランプに気づいて小さく肩をすくめ、ぎこちなく手を振る。

はちるは状況などおかまいなしに、甘い匂いのする紙袋を頭上まで掲げて見せ、それをカサカサと鳴らした。


その一瞬で、アシュリーの手元にある画面は別世界へと塗り替わった。 さっきまで排水溝の底のような有様だったコメント欄から、

スラングや悪ふざけが嘘のように断ち切られる。 まるで誰かが水道の元栓をきつく締め上げたかのように汚い言葉が止まり、

代わって雪崩れ込んできたのは、画面を白く染め上げるほどの純粋な歓声だった。


『さなちゃんだああああああ!』

『はちるちゃんも一緒!今日は神回確定』

『ミーティス様ご降臨』

『スヌープキャットきた、世界が癒やされる』

『天使が2人もいるんだが?』


「わ、わ、ありがとうございます……!」

「ウチも手を振るー!」


さなは画面の向こうから投げかけられる過剰な賛辞におどおどと頭を下げ、

はちるは、コメントを読むより先に、全方位に向かって元気よく手を振り続ける。

そのたび、画面下には「尊い」「かわいい」のチャットバブルが何度も花火のように浮かんでは弾けていく。


歓迎の波がひと段落すると、今度はコメントの“質”そのものが、目に見えて変わった。


『さなピに質問です。私もサイコキネシスの練習してるんだけど、結界を維持する時、集中力を高めるために意識していることはありますか?』

『スヌープキャットさんに質問です。獣人としての身体能力と、人間の思考を両立させるコツがあれば教えてください』

『お2人は、ヒーローとして活動する上で、恐怖を感じた時、どうやって乗り越えていますか?』

『弟が最近能力に目覚めたみたいで……参考になるお話が聞きたいです』


常人の目にはただの発光する帯にしか映らない猛烈なテキストの奔流――だがアシュリー同様、

2人はそれを平然と目で追い、そこから自分宛ての言葉を正確に拾い上げてみせる。


「え、えっと、集中は……目を閉じて、みんなのことを思う、かな……?」

「ウチは難しいこと考えない!食べて寝る!」


さなは慎重に言葉を選びながら真面目に答え、

はちるははちるなりの全力の持論を胸を張って述べる。

その素っ気なさと誠実さの混ざった回答が視聴者には妙に刺さったらしく、

画面のコメントはまた一段、熱を帯びていった。


『ミーティスさんの回答が優等生すぎて泣いた』

『スヌープキャットさんのメンタル見習いたい』

『この2人の並び、教育番組かな?』

『今日の配信、普通に人生相談として有益なんだが』


画面を埋め尽くすのは「尊い」「ありがとう」「勉強になります」の文字だけ。

自分が必死に捌いていたクソコメの嵐は、彼女たちが映り込んだ瞬間に蒸発してしまったらしい。

アシュリーは畳の上でゆっくりと上体を起こすと、ひきつった笑みを浮かべて、

そのあまりにも残酷な格差社会ディスプレイを指差した。


「……おまえら……いくらなんでも扱いが違いすぎるだろ」


もしこのお話が面白いと思ったらぜひ身近な方にも教えてあげてくださいね

SNSなんかでもどんどん宣伝してくださいね!

面白くなくてもしてくださいね・・・

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