Issue#02 I UNDERTALE CHAPTER 2 03
散歩道にあるドブ川の分流 マジでミドリガメが多い その内亀だけの川になるんじゃないか?
そうなったら亀は何食うんだ?
そんなところに……。
「……”オッさん”来てるよ!」
と、クラスメイトの1人が、アシュリーに声をかけた。
「なんだよ、せっかく全員まとめてアフターまで行けそうなムードだったのに……」
集団のひとりにそっと背を押され、アシュリーはしぶしぶ歩き出す。
教室のドアの向こうには、つい先ほど、ほとんど全校共通となっているあだ名で呼ばれた人物――おせち――が半身を覗かせていた。
カボチャみたいなふくらみを持つ髪型と、丸みを帯びた顔のきっちり半分。そしてドア枠にそっと添えられた手。
廊下から差し込む光を背に、その姿には薄く、まるで鬼嫁が嫉心を含ませて立つかのような影が落ちていた。
──一方そのころ。別の教室。
さなにとって、カードゲームはたしかに第1の趣味ではあった。だが、それは彼女の全存在を賭けられるような没入対象ではなかった。
なぜなら、彼女には予知能力があるからだ。
人と対戦するとき、さなはその力を極力封じ、「常人のプレイヤー」として勝負に臨むよう心がけている。
だが、意識的に力を抑えるという行為は、結局のところ「手加減をした状態」に他ならない。
それが、はたして本当にスポーツマンシップに則った「正々堂々」と言えるのか、
そうした根源的なジレンマが、彼女のような超人の場合、いつも心の底にくすぶることになるのだ。
さらに厄介なのは、対戦相手やギャラリーが、さなの能力の存在を知っている場合だ。
能力を封じて勝ち敗けを繰り返していても、周囲には疑念が生じる。
「本当に楽しんでいるのか?」
「結果を操作してるんじゃないか?」
「結局負けそうになったら能力を解禁するのでは?」
そんな空気が、いつしかじわじわと場の端々に滲んでくる。
そうした懸念が積もるにつれ、カードゲームは次第に、彼女にとって素直に熱中できない遊びと化していった。
だが――そんな彼女の思いを理解してくれる存在もいた。
クラスメイトのハヤカワ・シノという少女。市内にあるTCGショップ《シャカパチ堂》のオーナーの娘で、
彼女はいつも、さなの心がけに敬意を払ってくれる。そして、まったく変わらぬ笑顔で、楽しくカードをめくってくれる。
彼女のお団子ヘア――姫カットにされたその前髪には独特の癖があり、右から左へと一定の傾斜を描いてななめに落ちていく。
首筋まで流れる鬢の毛と、ひと続きになった前髪の全体像を正面から見ると、輪郭はまるで彫刻刀の斜刀を思わせる鋭角的な形をなしている。
眉はややみじかく整えられ、額の左寄りにかかる髪に半ば隠されたその得意げな眼差しは、眉幅とちょうど同じくらいの大きさをしており、そこに、
厚めにしなだれかかったまつ毛とつぶらなピンクの虹彩が宿っている。
髪は青黒く、艶めいた光沢を湛えており、ところどころオレンジのメッシュが入っている。その内側には、どこか南洋の海を思わせる澄んだ水色が明々と冴え返っている。
体つきは、手足のすらりとした長さをのぞけば全体に華奢で小ぶりなものだ。均整の取れた線は、繊細さと軽やかさを併せ持っていた。
「……『ツンドラのチンパンジー』に『双頭グレイブ』をアタッチ。フェイス取りま~す!」
さなが、実に小慣れた様子で、カードを繰り出しながら、一連の用語を重ねていくと、
「残念、壊せま~す!『接収令』、はいドーン!」
かくもギャルっぽい見た目ではあるが、内面はあくまでオタクの王道を行く女子ハヤカワは、まったく同じ調子で、そう返す。
「……あっ、それ、私の構成にピン刺ししてるってこと!? 採用率低いカードでメタるのずるくない?」
「メタってませ~ん! “双グレ”は昨日の拡張でコンボ始動のキーになったから、今その対策の試運転なんで~す!
あっそうか!サーニャはこないだまでお勤めだったからまだ買えてないか~!……か~っ!」
扇のように手札を広げたまま、もう片方の手で額を押さえ、シノはわざとらしく唸ってみせた。