第八話 悪友
2017年7月 東京 世田谷区 源のアパート
「おじゃましま~す。」
口では礼儀正しそうに言うが、コイツは俺の家に親が居ないことを知ってるのでズカズカと部屋に入りこむ。
コイツの遠慮のなさは良い所でもあり、悪い所でもある。
「おいおーい、来客に麦茶の一つもないのか~?この家は~」
...いや、悪い所だな。
「ッるせーなぁ。いいからソコ座ってアレの準備しとけよ」
俺は傲慢な優人の要求に仕方なく答える。
麦茶を入れて優人の元へ持っていくと、彼は部活着の上着を脱いで「最近ほんとあっち~なぁ」と零した。
俺の目の前で麦茶を飲むこの男は『黒江優人』。小学生の頃からの俺の唯一の男友達....というか、悪友。
中学生になった今でもコイツだけは俺の掌光病に関係なくつるんでくる。
こう言うとコイツが非差別主義者の聖人君主に聞こえるが、断じてそんな出来上がった人間ではない。俺に関わるのは他のクラスメイトが見ていない時だけ。
小学生の時、俺がいじめられていた時も、コイツは直接加わりこそしなかったものの、かといって俺の味方に付くわけでもなく「我関せず」を貫き通した。
そのくせ、何故プライベートでは俺に関わろうとするか。
実はコイツの姉が掌光病罹患者らしく、そういった面もあってかもしれないが、本人曰く、「お前みたいな一切気を使わなくていい奴って楽だから」らしい。
...とまぁ、今日はそんな7年来の悪友を我がアパートの部屋に招き入れた。
その理由は...
「よし。では、本題に入ろう。優人、例のモノは持ってきたんだろうな?」
俺は固唾をのんで優人に確認を取る。
「まぁまぁそう慌てなさんな。最近話せてなかったし、近況報告でもしないか?例えば....あ!最近うちでのバイトの方はどうなんだよ」
「おかげさまで、バイトはほぼ毎日やらせてもらっているよ」
俺は中学生になり、生きるための生活費を稼ぐために居酒屋のアルバイトを始めた。とはいえ中学生がアルバイトをすることは本来禁じられているため、今は優人の両親が営んでいるこじんまりとした居酒屋の手伝いを、秘密で賃金を貰いながらさせてもらっている。
数か月前、俺がお金に困っていることを知った優人は、飲食店を営んでいる両親に事情を話してくれた。すると心優しい優人の両親は、快く俺のことを自分たちの店に迎え入れてくれたのだ。店では主に洗い物や、裏で飲み物を作る仕事をしているためお客さんの前に立つことは少なく、俺が中学生で働いてることを指摘されたことは一度もない。
おまけに営業後には毎回、涙が出そうなくらい暖かい賄いを出してもらっているので、本当に優人の両親には頭が上がらない。
「ウチの親も源の事はよく話してるよ。中々いい働きっぷりらしいじゃねーの?」
「いやいや、お前のご両親にはお世話になりっぱなしだよ、ホント」
俺の母さんが家に帰ってこなくなってから2カ月。最後に母さんが残した言葉は、「1週間くらい家空けるから。」だけであった。
約束の1週間が経っても母さんは帰ることなく、約2カ月が経過した。
部屋に残っていた母さんの物は、幾つかの衣服と布団、そして暗証番号と共に置いてあった一つの銀行通帳だけであった。口座の中には15万円ほど入っており、毎月の光熱費などはそこから引かれていない。恐らく、母さんが最後の親心で俺の為に作った口座なのだろう。...ちっとも嬉しくはないが。
中学生の一人暮らしはやはり難しいが、俺は施設なんかに入るつもりはない。だから、この生活は大人達に知られないようにしている。唯一事情を知っている優人の両親は、「うちで良ければ一緒に生活しよう」とまで言ってくれているが、俺は申し訳なさを感じながらも、何度もその提案を断ってきた。
だって...
(...だってここにしか、母さんを思い出せる場所はないんだから...)
俺はあの母親に何の愛着もなかったし、家族の絆なんて物はここ数年で一度も感じたことが無かった。
それでも俺にとっては、ただ一人の血のつながった人間であったのだ。
この家を俺から取り上げたら、唯一の家族であるあの人を完全に忘れてしまうような気がして、なんだか恐ろしかった。
...つまるところ、この家はあの人への『未練』のようなものを断ち切れていない象徴でしかない。
「...まぁ俺の生活の話は良いとしてだ。さっき優人は、『最近話せなかったし』と言ったな?同じ中学に通ってるんだし、教室でいくらでも俺に話しかけれた筈だが?」
「話しかけれるかっての。掌光病罹患者のお前と仲が良いなんて思われたら、俺も変な注目集めんじゃねぇか。俺は何の変哲もない一般人でありたいの。」
...実はコイツが一番俺のことを差別しているのでは?
「俺に働き口を与えてくれたことには感謝してるが、やっぱりお前は清々しい程のクズだよ」
「へいへい、なんとでも言いなはれ。こうして他の奴らの目を盗んで会いに来てる俺の努力も、少しは評価してほしいね。」
優人はそう言うと、わざとらしく「やれやれ」といった鼻息を出した。
「別に俺は会いに来てほしいなんて言ってねぇ。」
「おやぁ?じゃあ今日は鞄に入ったコレを渡さなくてもいいと~?」
優人は自分の通学用鞄をポンポンと叩くと、俺に挑発的な視線を向けてきやがった。...アレがヤツの手元にある限り、俺は下手に出るしかない。
「くっ....!」
「はっは。まぁ俺にとってもお前は大切な友達ですから、そんな意地悪は言わないって。」
優人のニヤケ顔には腹が立つ。しかし、やはり二人の間で主導権を握っているのはコイツだ。ここは大人しく従っておいてやろう。
優人はおもむろにリモコンを手に取ると、うちの小さいテレビに向けて電源ボタンを押す。
二秒ほどたってから、テレビの画面にニュースキャスターが映った。
(そろそろこのテレビも電気代の無駄だな。今度捨ててやろうか。)
そんな俺の見限りなんて露知らず、テレビは元気にニュースキャスターの声を届ける。
「つづいてのニュースです!......掌光病が発見されて54年。掌光病は次第に軍事利用されてきました。我が国、日本も軍事介入して早1年、今も最前線では多数の兵員や、軍に従軍する掌光病罹患者たちが我が国のために戦っています。しかし!戦いの地は前線だけではありません!そこで今回の特集では、”ソウゾウシン”の異名を持つ掌光病罹患者、『中嶋勇』について、当番組が独占取材!知られざる、国内の戦いをお届けします!!」
ニュースを見るや否や、優人の顔に露骨な嫌悪感が浮かんだ。
「けっ、また中嶋勇かよ。今はどの番組もソウゾウシンだ中嶋勇だ、それしかやんねぇよな。」
まぁ実際優人の言う通り、最近のテレビは中嶋勇の話題ばかりだ。
「しょうがないだろ、今は戦争中だ。国民の士気を上げるために、マスコミは偶像を作ることに必死なんだよ。」
俺はテレビが映し出す幡ヶ谷の駐屯地をボウっと眺める。
俺も数年後にはここに居るのだろうか。
マスメディアが大々的に掲載している『中嶋勇』という人物は掌光病罹患者で、何やら物を作り出す症状を持っているらしい。
今日本が戦地に投入している物資の約7割は彼が日々作り出している物らしいと、この間のワイドショーでやっていた気がする。
戦場だけでなく、国が運営しているあらゆる機関は彼の掌力おかげで大きく発展したとか。
実際、彼に”ソウゾウシン”なんて異名をつけてまでマスメディアが持て囃すのは、中嶋の偶像化によって国民の戦争への意識を高めようという狙いがあるかららしい。
テレビを眺めている優人は、あまり興味がなさそうに口を開く。
「なぁ、掌光病罹患者って、16歳で強制従軍じゃん?お前も入るつもりなの?」
「つもりも何も、強制なんだから入隊するしかないだろ。...まぁ、それまで戦争が続いていたらの話だけどな。」
そう、この国では数年前に法改正がされ、16歳以上の掌光病患者は原則強制入隊という事になっていた。
つまり、3年後には俺も戦争に行かなくてはならないということになったのだ。
続く。
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