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手の平の『欠落者』たち  作者: 今木照
中嶋外伝
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中嶋外伝⑪ ハカイシン


「...僕の『創造』は、『1から100』を作るのではない。『0から100』を、創り出すのだ」


 僕は空中で手の平をなぞるように動かし、一丁のピストルを完成させた。本多君はそのピストルを驚いた表情で、呆然と眺めている。


「本多君、近くには人が居なかったんだな?」

「あ、あぁ、居なかったけど...」


 本多君に確認を取り、僕は天井からぶら下がっている手枷の基部に、ピストルの銃口を向けた。そして力を込めて、引き金を引く。


「パァンッ!!」


 狙い通り、右の手枷の基部に銃弾が命中して壊れ、そこに繋がっていた鎖は「ガシャリ」と地面に落ちた。これにて右手は動かせるようになり、そのまま左手の手枷に触れて、手枷(それ)を水に作り変えた。

 これで一旦は、自由になったわけだ。


「す、すげぇ。何もない所から、物質を創り出せるのか...」


 本多君は珍しく、僕に敬意をこめた視線を送った。しかし、僕にゆっくり感慨にふけっている時間は残されていなかった。


「本多君、さっきも言ったが、僕はこの組織から離脱する。君も見ただろう、この組織は都合の悪い存在を恐怖で支配しようとする。そして何より、このままでは、失われる必要のない命まで失われてしまうことになる」


 僕は右手にハマったままの手錠にも触れた。そして、それを水に創り変えながら話しを続ける。


「...この国の長所でもあり短所でもある所は、一度進んでしまったら最後まで突き進むところだ。それが例え良かろうが、悪かろうがな。...私がこの軍で今まで行っていた仕事は、国の延命処置に過ぎなかった。そしてそれは敗戦への延命処置で、長引けば長引くほど国民の命は意味なく浪費されていくことに気が付いた」


 本多君はどんな顔をすればいいのか分からないように、ギュッと唇をかみしめた。そして僕の目を見て、質問を投げかける。


「中嶋さんは、怖くないのか?自分が抜けるせいで、今戦場に居る隊員達が死ぬかもしれない。とか...」


 小さな窓から顔をのぞかせた青白い月が、僕の顔を照らしている。僕は今、この国の未来と、幾つもの命の前に立っているのだ。


「今、金井さんや黒江も戦場に居るんだぜ?」


 本多君は、少し寂しそうな表情をしていたと思う。しかし、僕はそんな彼の顔に視線を送ることは無かった。


「...たとえ友人が戦場に居ても、僕が物資の供給をやめればこの戦いの終結は加速し、犠牲者も減るんだ。それが最善なら、そこに迷いは無い。僕が真に守るべきものは、この国の国民だからな」


 僕は近くに放ってあった自分の眼鏡を手に取り、レンズを覗く。周囲を舞う埃と僕の血で、レンズはかなり汚れてしまっていた。

 レンズのせいで霞む視界の先に居た本多君は俯き、呟く。


「中嶋さんは強えな。俺にはそんな選択、できそうもねぇ」

「これは強さなんかじゃない。今までの弱さを断ち切るための行為だ」


 僕は壁に手を触れ、コンクリートの壁を砂に作り変えた。砂になった壁は重力に抗えず、サラサラと崩れていく。崩れた壁の向こうからは、大きな月の光が差し込んだ。


「本多君も来るか?」


 僕は本多君の方を振り返り、提案した。悪くない案だと思ったが、彼は少し考えた後、首を横に振った。


「俺には、まだ立ち向かう勇気も、逃げる勇気もねぇ。だから俺は、もう少しここに居てみるよ。...そんなことより、中嶋さんはこれからどうするんだ?」

「...適当な山奥で生活でもするさ。『創造』があればまず死ぬことは無いからな。...それから、日本(この国)は敗戦した後、また戦わなくてはいけない時が来ると思う。その時は、本多君を頼るかもしれない」

「?......敗戦した後に戦うって、一体何と?」


 何と戦うか。正直、まだ分からない。

 しかし、敗戦後、再び戦わなくてはいけない時が来る。そんな確信がずっと胸の中を渦巻いている。


「さあな、それはまだ分からない。けれど、その時が来たら必ず君に会いに行く。...戦争が終わった後、この軍からはなるべく早く離脱した方がいい」

「...そうか、分かった」


 僕は壁の外に足を踏み出し、煌煌と輝く東京の街並みを見渡した。一年後、この町はどのような形を、どんな色をしているのだろうか。


「...そういえば、中嶋さん」

「なんだ?」


 外への一歩を踏み出そうとした僕の背中に、本多君が声をかけた。

 僕は足を踏み出すのを止めて、振り返る。本多君は意外なことを聞いて来た。


「中嶋さんが前線を見ようと思ったキッカケになった、新兵器の『()()』って、結局何だったんだ?」


 その質問の内容に、思い出したくもなかった「()()()」の資料が、色鮮やかに脳内に蘇ってしまった。


「...あぁ、あれか」


 こんな話、本当は誰にも話したくなかったが、本多君とこうして話せるのも次は何年後になるのか分からない。そして、軍に残ると判断した彼には、僕の口から話しておくべきだと思った。


「この間も話した通り、軍は僕に兵器を創らせる時、事前にその設計図などを渡してくるんだ。そして僕はそれを頭の中で想像し、現実に創造する。だから今まで数々の兵器の設計図や構造を記した資料なんかを見てきたよ。けれど、あんな資料を上層部から渡されるとは思わなかった。しかも資料を渡すという事はソレを”創れ”という意味だ」


 僕は足元の砂を軽く掴み上げ、手の平で一匹の紋白蝶に作り変えてみせた。その紋白蝶はパタパタと羽ばたき、東京のネオンに消えていく。


「だから、その”資料”の内容は?」

「.........僕が渡された資料は」



「人体図だ」



_____________________________________



 2017年 7月   東京都  文京区


 もうそろそろ2時間。駐屯地の連中もとっくに脱走に気づいて、今頃ニュースで放送されている時間だろう。ここからは更に帽子を深く被っていこう。本多君は、無事に駐屯地に戻れただろうか。


 ふと、記憶の中に、金井のふざけた笑い声が聞こえた。

 次は、黒江君の屈託のない笑顔が蘇る。

 さっき別れたばかりの本多君ですら、思い出の中の人物に思えてしまう。


 そして脳裏に浮かぶのは、春のあの日。黒江君が僕に想いを伝えようとし、伝えられなかった、あの日。

 あの日は、夜桜が綺麗だった。たった3、4カ月前の思い出が、モノクロに色褪せてしまったように感じる。


 逃亡した僕は、一歩、また一歩と駐屯地から遠ざかる。その一歩を踏みしめる度、思い出の中から色が抜き取られていくような、そんな感触だ。思っていたよりも、辛い。


 ...けれど、コレが最善なのだ。一日でも早くこの戦争が終われば、国民たちの命が消耗される事も少なくなる。


 ふと、通りかかった民家から、テレビの音が漏れて聞こえた。


「えー繰り返しお伝えしています。先程、新宿駐屯地から”ソウゾウシン”『中嶋勇』が失踪したとの発表がありました。こちらの男性を見かけた方は直接の接触を避け、速やかに以下の電話番号にお電話を...」


 ソウゾウシンか。今の僕を見ても、創造神と言えるのか?

 ...いや、違う。


「僕は、ソウゾウシンなんかじゃない」


 街灯が僕を照らす。アスファルトに現れた黒い影は、人殺しの影だ。



「僕は」

「破壊神だ」




 ”ソウゾウシン”中嶋勇外伝  完

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