中嶋外伝⑩ 本当の創造
2017年 7月
駐屯地に帰還した僕は真っ先に司令の元へ出向き、「防衛大臣、又は総合幕僚長、最低でも陸上幕僚長クラスの人間との交渉の場をつくってください。」と、正気とは思えないような要請をした。
無論、司令は激怒し、僕に取り合うことは無かった。
それでも僕は、二か月間に渡って訴えかけ続けた。
「司令、この状況が続けば、国民の命は意味もなく浪費され続けます。今からでもこの戦争をやめるべきです。これ以上進めば、本当に後戻りできなくなります」と。
結局、司令が僕を相手にすることは無かった。
だから僕は、ストライキを起こすことを決めた。
僕の掌光病で創られた軍需品達がこの国でどれだけの生産量の割合を占めているか、僕は詳細を知らされていない。けれど、僕の力がなくなれば確実にこの軍に支障が生じるとの確信はあった。
案の定、僕がストライキを起こした初日、顔を真っ赤にした司令が僕の部屋へと押しかけてきた。しかも、銃を携帯させた部下を連れて。
司令はその銃で僕を脅そうとしていたのかもしれない。
しかし、その銃の引き金が引かれることは無いと、僕は知っていた。僕に作業をさせたい人間が僕を殺すなんて悪手、小学生でもしない。
だから僕は司令の目を見て、臆することなく今までの主張を繰り返した。
暫くしてその手の脅しが効かないと理解した司令は、僕を車に乗せ、奇妙な形の拘束具がある小部屋に連れ込んだ。
つまり、司令は痛みによって服従させようとしたのだ。
司令は部下達に命令し、僕の手の平が何にも触れられないように掌光病用の拘束具に吊るし上げて、あらゆる方法で痛みを与えはじめた。
その間も司令は怒り狂い、「お前は気がふれている」だとか、「今更停戦なんてできるわけがないだろう」だとか言ってきた。
僕は気を失わないよう指令の目を見続け、「停戦ではありません。降参するんです」と反論した。すると更に憤怒した司令は、僕の頬を何発か殴って「そのイカれた思想が矯正されるまでは毎日ここでコレを繰り返す」と言い残し去っていった。
_____________________________________
これが事の顛末であり、つい30分ほど前までの話である。
(さて、そろそろ動き出そう...)
僕は痛みに慣れてきた体をゆっくりと動かして拷問部屋からおさらばしようとした。こんな気味の悪い部屋、一分でも早く退室したいところだ。
「ギィ...」
その時、前方から鈍い、重たそうな音が聞こえた。
僕の目の前で、鉄製の分厚いドアが開いたのだ。
(まだ残っていたのか...!)
僕は抵抗の意思がないように見せるために、両手を吊るし上げられたまま全身の力を抜いた。...しかし、僕の目に映ったのは、司令達より一回り程小さい人物であった。
「...うわ~、凄いことになってるな。」
その聞き覚えのある声に、僕は驚愕する。
「君は、本多君!?...なぜ君がここに居る!」
ドアを開けた人物は、予想外の本多君であった。
「昨日、中嶋さん仕事すっぽかしたでしょ。前線から帰ってきてからやけにコソコソしてるな~って思ってたけど、まさかあの中嶋さんがストライキを起こすとは」
本多君は喋りながらゆっくりと扉を閉め、僕に近づいた。そして目線を上げ、僕の手を吊り上げている手枷を観察し始めた。
僕は血の溜まった唾液を床に吐き捨て、痛みに堪えながら口を開く。
「そのくらいのことをしないと、司令はこの訴えに耳を傾けない」
「今だって司令は耳を傾けてないぜ」
「...その通りだな」
確かに、僕の行動で何かを変えることはできなかったかもしれない。
けれど、軍が恐怖による支配をも厭わないという事は、これで知ることができた。
「...それよりも、本多君はどうやってここに来た?」
「駐屯地と町中の監視カメラを覗いただけ。この施設は駐屯地から1キロくらいの場所にある、元刑務所だよ。すっごい厳重なロックの電子錠と防犯カメラが何個もあった。...まぁ、俺は主電源触るだけでどうとでもできるから意味ないんだけど」
『乗取』の掌光病を持っている彼からしたら、実際その程度は造作もないのかもしれない。町中の電子機器は彼の眼となり耳となるのだから。
けれど、たったの1時間ほどでこの場所を特定したのは流石としか言いようがない。
「成程な。...ここは恐らく、一昔前の掌光病犯罪者用の尋問部屋だろう。今ではこんな施設使われていないが、こんな時に使われているとはな」
「...う~ん、助け出そうと思ったけど、この手枷は完全にアナログだ。俺の乗取じゃどうしようもできない。鍵とかがないと」
本多君は僕の手枷を凝視していたが、その言葉と共に諦めたように一歩下がった。
まぁこの手枷が電子錠だとも思っていなかったし、想定の範囲内だ。
「そうだろうな。本多君はもう帰った方がいい。見つかったら、君まで懲罰を受ける羽目になるぞ」
僕はこうしている間も、司令達が再び帰って来ないか警戒をしていた。
(もし、奴らが帰ってきて、本多君に害を及ぼそうとしたら、その時は...)
本多君は僕の警告に耳を傾けることは無く、そのまま動こうとしなかった。
「俺が居なくなったら、中嶋さんはどうすんだよ。このまま明日も拷問されんのか?」
「...僕は、この軍から離脱する」
司令が銃を持って部屋に来たその時、すでにそのことは決心していた。
本多君は言葉の意味が分からないのか、首を傾げる。
「離脱って言ったって、そんなの司令達が許すわけないだろ?」
「なら逃亡でもするさ」
部屋に一つだけ空いた小さな小さな窓から、月の光が差している。その光に照らされた床のシミを眺める。
本多君は僕の言葉を聞いて、今度は若干苛立ったように反論をする。
「逃亡?その状態でできるのかよ。触れた物を作り変える中嶋さんの『創造』も、その手枷のせいで力を発揮できない」
やはり、本多君には僕の言っている意味が分かっていないらしい。
...それもそうか。
今まで『創造』の、”本当の力”を見せたことは誰にもなかったからな。
僕は本多君の瞳を見て、彼を信じることにした。
「...本多君、君にだけは見せよう。『創造』の症状の、本来の力を」
本多君は未だ信じていないのか、眉をひそめて僕を見ている。
その本多君にも見えるように、僕は大袈裟に手の平を動かした。
「僕の掌光病の本質は、『ある物体Aを、想像した物体Bに作り変える』というモノではない。そんな症状なら、『創造』なんて命名しない。せいぜい、『作り変え』くらいだろう。僕がこの症状に『創造』と名付けた理由、それは...」
本多君の目が、疑問の目から驚きの目に変わった。
なぜなら、彼の視線の先には、
無から創り出されているピストルがあったからだ。
本多君は驚きを隠せないまま、口を開く。
「ど、どういうことだ...?その銃は、一体...」
僕は空をなぞるように、手を動かし続ける。僕の手がなぞった通りに、拳銃は次第に形を成していく。
「...僕の『創造』は、『1から100』を作るのではない。『0から100』を、創り出すんだ」




