中嶋外伝⑨ そこは地獄
司令との交渉から、2ヶ月後
つまり、黒江君と金井が戦地に行ってから、3か月後...
2017年7月 東京某所
拷問が終わってから30分は経っただろうか...
口の中にはまだ血の味が残っていた。少し体を動かそうとすると、節々が猛烈に痛んだ。
僕は今、痣だらけの体で両手を吊るし上げられ、薄暗い部屋に監禁されている。
今思えば2カ月前、前線に行こうと判断したあの日から、こうなることは運命だったのかもしれない。
そう、あれは2カ月前、司令に前線へ送ってくれと頼み込んだ数日後。
つまり、実際に僕が戦場に居た時だ。
僕が見た戦場、それを簡潔に言うのなら、
『地獄』。
そこには屍で作られた丘が幾つもあり、息をすると肺に血液が滴るような感触がした。地面には所々、かつて人だった物が転がり、少し離れた場所からは絶えず爆発音が鳴り響いていた。
そして死体の山を見ると、そのほとんどが日本の隊員達であった。
こちら側が敵を1人殺すと、向こうはこちらの隊員を2人殺す。
そんな撃ち合いが、日が暮れても続いていた。
僕が同行した隊の新人隊員は、戦地に到着して早々、部隊長に質問を投げかけた。
「何故優勢なはずの日本が、この前線はこれ程に劣勢なのですか?」
と。
その質問を受けた部隊長は新人の顔を見ることなく、「何処も同じだ。」とだけ言った。
今、各地に点在する日本の戦場では、この景色が当たり前の風景らしい。
赤い水たまりが靴に浸み込み、歩くたびに嫌な音を出す。鼻を劈く、砂とアスファルトの匂いと、腐敗臭。この世界に太陽が昇るのが不思議な程、苦しみに満ちたこの風景が、当たり前らしい。
ふと、日本のニュースを思い出す。
「前線では依然、日本が優勢とのことです!」
汚れ一つついていない白いスーツを着た女性キャスターが、笑顔で原稿を読んでいた。
新入隊員の質の低下、掌光病罹患者の16歳からの徴兵、生産する物資量の増加。あらゆる要素が日本の旗色を示唆していた。
しかし日本の国民達は誰一人この現状を知らない。
この地獄を、知らない。
その戦線の主要基地に滞在した僕は、司令との約束通り直接戦闘には関与しなかった。
その代わり、次から次へと運ばれてくる負傷者の手当てを行うことにした。医療品や薬など、必要なものは手あたり次第に掌光病で作り上げた。
治療した隊員の中には、僕が『中嶋勇』だと気づいて声をかけてきた隊員達も何人かいた。
”ソウゾウシン”のファンだと言う、足を負傷した青年は、
「僕は掌光病隊士ではないですが、ソウゾウシンの創ってくれた銃ならどんな敵でも粉砕できます!」と豪語した。
その青年は次の日の陽動部隊に組み込まれ、戦死した。
片目が潰れた中年の隊員は、僕の肩を掴み、
「頼む、アンタが前線に出てくれっ。敵軍には掌光病が居る、なのにこの前線には日本の掌光病隊士が居ねぇんだ」と訴えかけてきた。
しかし、僕は首を横に振ることしかできなかった。
僕がここに来た事情を説明し、前線には出られないと言うと、
「...そうか、...ソウゾウシンの休暇は、殺し合いの見学か」と吐き捨てて行った。
疲弊した隊員たちは、まともな休息も取れぬまま銃を手に取り、早朝から動き始める。足を止めた隊員から死んでいった。
そこでの隊員は、銃弾と同義だ。
外れればまた装填し、敵にめがけて撃ち込む。
一度発射された銃弾は、戻ることを許されない。
後から聞いた話だが、僕が居た前線で衝突していた敵軍には、掌光病を持った軍人が居たらしく、その症状は『手の平から水を生成する』モノだったという。
その攻撃の影響で、ここの戦場には溺死体が多かった。強烈な腐敗臭の原因も分かった気がした。
一カ月ほど前に出発した金井や黒江君は、そもそもここの戦地に向かう部隊ではなかったので、当然出会うことはない。
しかし、部隊長が言っていた「何処も同じだ」の言葉を思い返すと、気が気ではなかった。
日本に帰る船へと向かう車の中で、僕は猛烈な後悔に襲われた。
これまで、兵器を作ることが隊員達の生に繋がると考えていた。だから僕は大量の兵器を創造していたのだ。
...しかし現実は、僕が兵器を作ることで隊員達から、『逃げる』という選択肢を没収しているだけであった。
この現実を見れば誰でも分かる。日本に勝ち目はないと。
しかし、戦う手段があるから終われない。
白旗を持つことが許されぬまま、じわじわと首を絞められてゆく。
それはまるで、天から垂らされた蜘蛛の糸。
その糸がどれだけ脆く、か細いものだと分かっていても、隊員達は登るという選択以外、選ぶ余地がない。
案の定、その糸は天に達することは無く、途中で落ちてしまう。
落ちた先は元居た地上ではなく、死という奈落...
僕は気づいた。
今すぐこの戦争を終わらせるべきだと。
それが敗戦を意味していようと構わない。
...いや、現実的に考えれば、降伏するのが一番手っ取り早く戦争を終わらせる方法だろう。それがこの国にとって、今選択できる最善なのだ。
けれどこの国は、この現状を...この地獄を隠して、国民たちを前進させ続けようとする。
僕は今まで、ずっと...
(あぁ....戦場の隊員達の声が聞こえる)
「みんな、ソウゾウシンだ!」
「いつも見てたよ、ソウゾウシン」
「助けに来てくれたのか、ソウゾウシン」
「この銃はソウゾウシンが創ってくれたんだ」
「ソウゾウシンが居て、負けるわけないって!」
「ソウゾウシン!」
(黒い髪を靡かせた、彼女の声も...)
「...それに、テレビで『ソウゾウシン』のことも知ってたんで、中嶋さんにも結構憧れてたんですよ?ふふふっ」
「中嶋さん、私絶対活躍して、『ソウゾウシン』を超えるくらい有名になって見せます!!...だから、中嶋さんは、ここで待っていてくださいね?私の名前を聞くまで、私が帰ってくるまで」
創造神
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
ソウゾウシン
「...違うんだ、違う。僕は、ソウゾウシンなんかじゃ、ない。僕は...」
(僕は____)
窓の外を見ると、黒煙が僕を嘲笑っていた。
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