中嶋外伝⑧ 交渉
黒江と金井が戦地に行ってから、1か月後...
2017年5月 新宿駐屯地
「ですから、私を前線に送ってください」
「....中嶋、冷静に考えろ。そんな自分勝手が通る立場にいるとでも思っているのか?」
司令は心底めんどくさそうな顔で僕を睨む。
ここは司令室。僕は何度も頭を下げ、10分だけでもと司令と二人っきりで対話ができる場を作ってもらったのだ。
「私には前線を見る義務があります。」
「...あのな、お前は”ソウゾウシン”なんだ。そんなお前が戦場で死んだらどうなると思う?すぐに報じられて、国民の士気は著しく下がる。お前はこの国を背負っている存在なんだよ。」
「私は戦闘を行いたいわけではありません。ただ前線に行って、実状を見たいんです」
「テレビでも依然優勢って報じているだろう。何故自分の目で見る必要がある」
「そのマスメディアの情報が信じられないから、この目で見ると言っているのです」
「...いい加減にしろ。とにかく、そんな願望が通ると思うなよ」
司令はいい加減苛立ったのか、目に角を立てて僕を睨みつけた。
しかし、それでも僕は顔色一つ変えないようにする。司令が難色を示すのは、想定の範疇だ。
「...僕が日に創造している軍需品の量は数トン。これが無くなったら、この国の軍事力はどうなりますか?...さらに言えば、僕を管理しているあなたへの処遇は?」
「.......なんだと?」
「これは願望ではありません、交渉です。僕の協力を今後も得たいのなら、前線に送ってください。...3日ほど滞在できればそれで充分です」
「交渉だと?...掌光病罹患者のお前が、随分と偉くなったものだな」
「おかげさまで。...それでは、良い返事をお待ちしています」
背中に、司令の刺すような視線を感じる。
それでも僕は動揺を見せずに部屋の扉を開けた。
「ふぅ」
司令官室から出た僕は、眼鏡を拭きながらため息をこぼす。
司令官室での手ごたえは上々だろう。流石の司令も驚いていたが、断れはしない。今日は早く寝て明日以降の動向に気を配るとしよう。
「なんで前線に行こうとしているんだ?」
用も済み、宿舎に戻ろうとした僕を、誰かの質問が引き留める。
その聞き覚えのある声の主は、本多君であった。
「聞いていたのか?盗み聞きはよくないな。金井みたいになるぞ」
「見ようと思えば監視カメラから覗くこともできたんだから、盗み聞きくらい大目に見てくれよ」
本多君は少し茶化したようなにやけ面をすると、寄りかかっていた壁から上半身を起こし、僕の横に並んだ。
「っていうか、この軍が中嶋さんを前線に送り出すとは思えないんだけど」
「いや、送り出すしかないさ。司令に選択肢はない」
その時、背後でドアの開く音がした。司令官室のドアだった。
ドアから出てきた司令は真っ先に僕を見つけ、珍しく声を張って呼び止めてきた。
「中嶋!...って、なんで本多もいるんだ」
「えーっと、たまたま居合わせました」
「...まぁいい。中嶋、明後日前線へ出発する部隊に加われ。その三日後に日本に帰る船に乗るんだ。...これで満足か?」
「即断、感謝します。」
「...俺がこの件を許可したのは、他言無用だからな」
そう言うと、司令は不機嫌そうに司令官室に踵を返した。
僕はその背中が部屋に消えるのを見届けて、本多君に視線を向けた。
「ほら、言っただろう。彼は断れない」
「いや、凄いけど、...結局なんで突然前線に?」
そう。僕は一昨日まではいつも通りに、ただ命令された軍需品や物資を創っていた。前線で戦う仲間達のために、そしてこの国のために。
しかし昨日、軍から渡された資料を見た時、自分の中で何かが動いた。
「...僕は戦争が始まる前から、この『創造』の掌光病を評価されていた。入隊してからの10年間は、『軍事工学』『機械工学』『電子工学』『情報工学』『食品化学』...その他諸々を軍に叩きこまれた。僕の掌光病は、僕自身が創りたいものを想像できないと創れないからな。だがそのおかげで今ではほとんどの兵器、軍事品、簡易食糧や飲料水などを一瞬で創り出せる」
過去10年間の苦労を思い出す。今思えば、その全てが僕の掌光病の価値を上げている糧となっていた。
「...だが昨日、軍から新兵器の資料が渡された。...いや、ソレは兵器と呼ぶべき代物ではないが。僕はソレを創る気には到底ならなかった。だからせめて、この目で国の現状を見た上で、ソレを創るかどうかの判断をしようと思ったんだ」
そう、ソレを創るべきかどうか、僕は判断する義務がある。
今までのように軍の指示に従うだけでは、きっとこの国は取り返しのつかない場所まで行ってしまう。
僕の横に居た本多君が、至極当然の疑問を口にした。
「その新兵器の、ソレってどんなものなの?」
僕は眼鏡を掛け直して、宿舎へ歩みを始めながら口を開く。
「.......機密事項だ。」




