中嶋外伝⑦ 夜桜と黒髪
「桜が綺麗ですね~!外の方が空気も美味しいです!!」
「都心の空気だけどな」
「え、えへへ~、いいんですよ!」
はぁ、この感じ、まさかとは思うが、金井の言っていたことが事実になるのか...?
...いや、まだその可能性を信用するには早すぎる。
ここは単刀直入に、本人から聞いてみるか。
「それで黒江君、なぜ外に呼び出したんだ?」
彼女は一瞬硬くなり、桜の木の前ではしゃいでいた動きを止めた。
そして少し呼吸を整えた後、僕に背を向けたまま話を始めた。
「な、中嶋さんに、聞きたいことがあるんです。...私が、戦場に行く前に」
彼女は手を後ろに組んで、桜の花びらを見つめている。そして、背を向けたまま、こちらに表情を見せることなく話を続ける。
「中嶋さんは、凄いです。テレビとかにもあんなに出て、今や日本国民はみんな中嶋さんのことを知っています。」
「あんな”ソウゾウシン”だのなんだの囃し立てて、凄くもなんともない。ただの茶番だ。」
「でも、その茶番に勇気づけられている人がいます。...私は、中嶋さんの存在を知らなかったら、きっと軍からの招集が怖くて逃げていたと思います。」
そう言う彼女の拳は、微かに震えていた。
しかし、彼女は一呼吸置くと拳をギュッと握り、僕の方に振り返る。彼女の後ろには、夜景を切り裂くような桜色の花吹雪が舞っていた。
「私、この一年、本当に楽しかったです。本多君は何かと面倒を見てくれるし、金井さんはとっても愉快な人だし、中嶋さんは、いつも傍にいてくれた」
黒江君は、「あ、私が傍に行ってただけかも」なんて小さく零すと、少し俯いて、恥ずかしそうに微笑んだ。
色の白い彼女は、背景の桜より鮮明に夜の暗闇の前に佇んでいる。
彼女は僕の目をまっすぐ見つめると、口を開いた。
「だから、中嶋さんがどう思っているのかは分からないけど...!私は、中嶋さんのことが......」
やはり、こうなってしまうのか...?
こういった場は初めてではないが、彼女の緊張がこちらまで伝播してくる...
「...私は、中嶋さんのことが!...貴方のことが____」
...黒江君は、なかなか続く言葉を声に出せない。
そして、彼女の声が段々と小さくなっていく。
彼女は僕から視線を逸らし、俯いてしまった。
暫くすると、彼女の拳はまた微かに震え出した。
「...ごめんなさい。私は、まだ怖いみたいです。やっぱり、今の話は忘れて、ください」
彼女は涙を流さなかった。
しかし、彼女の爪は手の平に食い込んでいる。
僕は、その手を握ってやることが、できなかった。
...ただ、ふつふつと湧き出た安堵に似た感情と、そんな感情が沸き上がる自分への嫌悪感が、胸の中を曇らせていく。
僕は突っ立って、ただ黙って彼女を眺めていることしかできなかった。
...けれど、きっとこれでよかったんだ。
僕は黒江君の気持ちを、受け止められないから。
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5分後......
結局僕は、金井に対して歳の差を盾にして否定しておきながら、いざその時が来たら大人らしい対応を何一つできない。
今こうしている時も、座り込んでしまった黒江君の横で黙って座っていることしかできないのだから。
金井ならこんな状況でも、相手の気分を紛らわすような、しょうもないジョークでも言っているだろう。
...けれど僕には何もできなかった。僕の掌光病を使って、一輪のアジサイでも創り出したらよかったのだろうか。
すると、夜風のささやきしかなかったこの静寂に、黒江君の声が響いた。
「中嶋さん、さっきはごめんなさい。...急に外に呼び出して、急に語りだして、急に黙り込む。...完全に引きましたよね」
彼女の声は、今にも崩れてしまいそうな青色を纏っていた。
「引くだなんて、そんなことない。勝手に呼び出して勝手に語りだすのは金井で慣れているよ」
言い切った後で、台詞を間違えたことに気が付く。
これじゃ励ますどころか、黒江君を蔑んでるとも捉えられかねない。
けれど、彼女は助け舟を出すように、小さくクスッと笑ってくれた。
「ふふっ、そうですね。金井さんと一緒なら、いいかもしれません」
黒江君は小さく体育座りをしている。
彼女は膝の前で組んでいる腕に顎を乗せて、落ちた桜の花びらをぼうっと見つめていた。
「......中嶋さんは、大切な人っていますか?」
彼女は地面の花びらを見つめたまま問いかけた。
この問いへの最適解が分からなかった自分は、シンプルに、ありのままを答えることにした。
「僕には、家族が居ない。兄弟は元々いないし、両親も8年前に死んだ。二人が乗った車が交通事故でね、あっけなかった。僕が近くに居れば何か応急手当できる物でも創り出せたかもしれないけど、救急から連絡が届いたのは二人が息を引き取ってから30分後だった。...強いて言うなら、僕にとっての大切な人は、この国の人達だ。この国を守るために入隊もしたし、国民たちを守るためなら僕はなんでもできる。勿論、黒江君達は大切な友人だ」
他意があった訳ではないが、黒江君を「友人」とはっきり言い放ってしまった。
黒江君はそれに対して特段反応するでもなく、
「...こんな私を友人でいさせてくれて、ありがとうございます。......中嶋さんはやっぱり、優しい人ですね」
と言った。
黒江君が数分ぶりにこちらを見てくれたので、自然と目が合った。
彼女は微笑んでいたが、その笑顔はどこかぎこちなく感じる。
「...黒江君は、怖いか?」
「...え?」
「戦場に行くことが。」
「あ、あぁ、...実は、不思議とあまり怖くないんです。私が戦場に行っても、違う場所で金井さんも戦っているし、中嶋さんも本多君も日本で頑張ってると思うと、力が湧いてくる感じです。...それに、私には絶対に守りたい家族がいますからね。」
「そうか。守りたいものがあるという事は、とてもいいことだ。」
「ですね。」
ありきたりなことしか言えない。自分でも大して思っていないような、その場凌ぎの言葉を発する僕は、無責任な汚い大人そのものだ。
「...あーあ、私も向こうで活躍して、中嶋さんの”ソウゾウシン”みたいなカッコイイ称号でも貰いたいな~」
「称号か...」
僕は言えなかった。戦場で称号を与えられる兵士が何を意味するか。
やっと自然になってきた彼女の笑顔を壊したくなかったから。
僕は彼女の横顔を眺める。
彼女の長い黒髪は夜闇に溶け、風に靡くと街灯の光を反射させて黒々と輝いていた。
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それから2日後....
2017年4月 幡ヶ谷駐屯地駐車場
今日は金井と黒江君が戦場に行くために、駐屯地を離れる日だ。駐屯地に残る僕と本多君は二人を見送る為に、隊員達を乗せる大型車が止まっている駐車場の方まで足を運んだ。
「それじゃあ、行ってくるヨ。二人共元気でねぇい!!”Best wishes!!”」
横に居た金井が相変わらずの調子でこちらに声をかけ、手を振りながら車に進む。
本多君と僕も、金井へ最後の言葉を贈る。
「金井さんも元気でな~!絶対生きて戻ってきてくれよ~!」
「死ぬときは口を閉じて死ぬんだぞ。口を開けているお前は、一層阿呆っぽい。」
金井は笑いながら車に乗り込んでいった。
僕たちの横には、まとめた荷物を持った隊員達が次から次へと歩き続けている。中には僕たちのように友人同士で声を掛け合い、別れの挨拶を交わす隊員達もいる。
ふと、僕と本多君の横に立ち止まった隊員が一人いた。
黒江君だ。
「私も、行ってきます。本多君は寝ぼけたまま駐屯地の電気系統に触らないようにね~!」
「へいへい。お前こそ驚いただけで『遮断』だすなよ~」
「分かってます~」
この二人は同い年という事もあって、本当に仲がいい。殺伐としたこの駐屯地には似合わない、そんな若々しい輝きを持っている。
...それでも戦争は、人と人を引き剥がす。
一通り本多君と談笑を済ませた黒江君は、僕の方にゆっくりと向き直った。
そして静かに、けれど力強く宣言する。
「...中嶋さん。私、絶対活躍して、”ソウゾウシン”を超えるくらい有名になって見せます!!...だから、中嶋さんは、ここで待っていてくださいね?私の名前を聞くまで、私が帰ってくるまで」
黒江君は二日前のあの夜のことを、完全に割り切れたわけではないと思う。けれど、彼女は強い。きっとそれすらバネにして前線へ行く決意を固めたのだろう。
「...活躍なんてしなくていい。生きてさえいれば、必ず再び会うことができる。」
僕は、「待っている」のたった5文字を出すことができなかった。
黒江君は一瞬、ほんの一瞬悲し気な表情を見せた気がした。
だが、それが気のせいかどうか考える間もなく、黒江君はいつも通りの笑顔に戻って、
「それじゃあ二人共!また!!」
とだけ言い残し、身を翻して車に進んだ。
本多君が大きく手を振る横で、僕は二人が乗り込んだトラックをただ眺めていた。
結局、人の強さに歳なんて関係ないんだろう。
そこにあるのは、心の力強さだけだ。
トラックは黒い煙を吐き出し、次第にゆっくりとタイヤを回転させ、駐屯地の外へと動き出した。
見送りを終えた隊員たちは、午後の作業に戻るためにぞろぞろと室内に戻っていく。
僕はただ一人その場に残って__
...なんてことはなく、その波に紛れて作業部屋へと歩みを進めた。
名残惜しそうに、もう何もなくなった駐車場に残る本多君を呼んで。
その日は、四月にしてはとても暑かったと思う。
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