中嶋外伝④ Mars
2016年 5月 東京 新宿駐屯地
あの後、自分が金井を吹っ飛ばしたことに気づいた黒江君は、再び泣き出してしまった。しかし、あの一連の行いは、金井がふざけた行動をした結果に他ならない。だから僕は、「当然の報いだから気にするな」と彼女を慰めた。
なんとか黒江君が泣き止んだ後、僕たちは四人で会話をしながら廊下を歩き始めた。その会話の中で、お互いは自己紹介を済ませ、少しだけ二人のことを知ることができた。
男の子の方は、名前が『本多希』。
やせ形で小柄だが、芯の通っている人格で、聡明な子である。髪は金髪で、金井が自分と同じ色だと喜んでいた。...まぁ、お前と違って地毛ではないだろうけどな。
彼の掌光病の症状名は、『乗取』というらしい。症状は、電子機器に触れると、その電子機器の機能を思った通りに操作することができるようになるという。
正直、その掌光病を聞いたときは耳を疑った。...そして、同時に確信をした。掌光病の原理について、人類が解明する時代など永遠に来ないということを。
そして、歳が16歳と聞いた時はさらに驚いた(彼が当たり前のように敬語を使っていなかったからではない)。
今のこの国が16歳以上の掌光病罹患者を原則強制入隊させているのは知っていた。...が、目の前に居る隊員が16歳だと思うと、不安にも似た違和感が抜けなかった。
16歳から招集をする必要のある軍の人手不足感と同時に、少しでも多くの貴重な掌光病罹患者を戦いに組み込もうと考える、上層部の軽率な思惑が容易に想像できる。
...話を戻そう。
もう一人の女の子の方は、『黒江ゆり』。
本多君と同じく16歳で、第一印象は内気な女の子といった感じだった。黒く長い艶やかな髪は腰の上まで伸び、前髪も左目が隠れる程長い。
しかし、話をしていて分かったが、彼女は自分を表現するのが苦手なだけで、その内側には勇壮さと人懐っこさを合わせ持っている。きっと家族や周囲の人間に愛されて育ったのだろうが、掌光病罹患者にとって、そんな環境は決して当たり前ではない。
症状名は『遮断』。なんでも、手の平からほぼ不可視の壁のようなものを、瞬時に作り出すことができるらしい。
本人曰く、壁に厚みや重さの概念は無く、大きさも想像のできる範囲なら自由自在に設定できるらしい。
...そして一番重要な部分が、今までこの『遮断』の壁を破った物は、存在しないという事だ。機関銃でも、高水圧カッターでも、ガスですらも、『遮断』を超えることはできないのだと言う。
故事成語に倣うなら、まるで矛盾の盾のような症状である。
(因みに、金井を吹き飛ばした時は、手に壁を作ったままぶつけたらしい。)
この内気な少女が、こんなにも強力な掌光病を持って生まれるとは、我々人類が掌光病と呼んでいるこの力は、良い意味でも悪い意味でも平等かつ不平等であるのだ。
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...とまぁ、二人のことを考えながら午後の作業をしていた時分だが...
業務中に他人のことなんかを考えるなんてらしくない。いつもなら毎週木曜の午後は、頭の中でホルストの「惑星」を流している。
そうだな、あいつらを惑星に当てはめるとすると、さしずめ本多君は「天王星」。またの名を「魔術師」。魔法のような彼の症状にピッタリだ。
黒江君は...「海王星」か。海王星の題名には、「神秘なる者」ともある。神秘的な『遮断』の力や、女性コーラスを含んだあの曲の美しさは、彼女に相応しいだろう。
となると、金井は「火星」だな。あいつの戦闘技術は火星にお似合いだろう。なぜなら火星の名を持つ神は_____
いや、...違う。
戦士はいつの時代も、平和のために戦っている。
金井は「金星」、「平和をもたらす者」。
なら、「火星」は...?
......本当は、気づいていた。
「『火星』は__」
「...中嶋、手が止まってるぞ。」
いつの間にか、司令が部屋のドアを開けていた。
きっと部屋の監視カメラで、様子を見ていたのだろう。
「.....申し訳ありません。すぐに作業に戻ります。」
ドアにもたれかかったまま腕を組んでいる司令を尻目に、僕は作業を再開する。
司令はめんどくさそうに口を開いた。
「今日はあと500箱は9×19パラベラムだからな。...中嶋、最近テレビやらに出て浮かれてるのか?」
「いえ、そんなことはありません。...迷惑してるくらいです。」
「...なにか言ったか?」
司令には絶対に聞こえていた。
しかし、司令は不機嫌そうに聞こえないふりをするだけだ。
「いえ、なにも」
「...黙って手を動かせ」
「.........」
司令が悪態をつきながら部屋の外に出ていった。
ドアが閉まると、再び部屋が静寂で満たされる。
無機質で広々とした作業部屋に残されたのは、大量のスクラップと大量の箱。
そして、
「僕だ」
火星の名を持つ神、『Mars』は、戦争の神。
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