41.平和に沸く街の、その夜に
「ったく、酒は苦手だ、って言ってるだろうに……酔っ払いどもが。
すぐに酒だ宴だってのは、世界のどこに行っても変わらんってことなのかねえ……」
星明かりの中、一人、酒宴の喧噪から抜け出し……ようやく物静かな路地に辿り着いた晃宏は、石壁にもたれかかりながら大きく大きく息を吐き出した。
そんな彼の口を突いて出たのは悪態だが、表情はどことなく晴れやかだ。
――晃宏たちの仲裁が功を奏し、〈回帰会〉と〈出楽園〉の武力衝突が回避された、その日の夜。
難しい話は後回しにしてまずは祝宴だ――と、それぞれの陣営の重鎮、そして招き入れられた〈使節団〉は、早々に杯を交わし始め……。
それに合わせてウラルトゥの中心街も、祭りのように大きく盛り上がっていた。
聞けば、さすがに街には入れず、外で待機となっている回帰会の一軍にも、街の備蓄食料を解放してまで酒や料理が振る舞われているらしい。
それだけ、戦にならずに済んだことが喜ばしいのだ。
それだけ――きっとお互いの陣営のほとんどの人間が、戦を望んでいなかったのだ。
もちろん、そもそもの『未来』への考え方が違う以上、この先もぶつかり合うこと自体はあるだろう。
だがそれだけなら、大それた主義・主張に由来するものではない――人が人として生きる上で日常的にありえることと、同じようなものでしかない。
だからこそ、ともに生きる中で、ぶつかりつつ……ときに妥協し、ときに許容し、ときに折り合いを付けていくもので。
苛烈に、暴力を以て違いのある者を徹底的に排除するなど――本来の人の性質からすれば、ありえるものではないはずなのだ。
そう――。
人が人として生きるのに、本来必要ないはずのものまで得よう――と、愚かしくもそう望む、強欲な者がいなければ。
ほんの一握りのそれらが、血塗られた旗を振りかざし、人々を煽動しなければ――。
酔い覚ましに夜風を楽しみながら……しかし性分なのか、晃宏はついそんなことを考えていた。
「……そういえば、爺さんが言ってたな――」
祖父、彰人の話してくれた〈暗夜〉以前の事柄が、晃宏の脳裏を過ぎる。
――かつて世界は、溢れるばかりの情報で繋がっていたという。
だがそれは、あまりに急速で、莫大過ぎた。
人は多様であるべきと、それを知っていながら、謳っていながら――処理能力を超えた情報は、処理の最適化のために却って簡素に、単純に、先鋭化される。
そしてその濁流が、本来の人の姿を、それと気付く間も無く歪めてしまうのだ――。
「人が前へ進むことを、『進歩』という――それはその字のままに、『歩みを進める』こと。
しかし悲しいかな、人は便利が過ぎると、自らの足で『歩もう』とはしなくなる――か」
文明が喪われたことが良いのか悪いのか、晃宏には分からない。
いや――そもそも、良い悪いの話ではないはずだ。それはもう、起こってしまったことなのだから。
大事なのは、今、そして未来であり――過去は、それをより良くするための、知識と教訓を得るものであるべきなのだ。
そして――彼は。
他の人々よりも、少しばかりそうしたことを真剣に考えなければならない立場にいることを、自覚している。
自覚しているからこそ……つい、溜め息がもれた。
「ったく、ガラじゃねえ。
あれこれと考えンのは、酒より苦手なんだがなあ……。
爺さんもオヤジも、ホントに、よくこんなことを続けて――」
思わず、グチまでこぼれ出たそのとき――。
晃宏は、夜闇の中を駆ける、いくつかの人影を見つけた。
人々が寝静まるにはまだ少し早い。加えて、今日は半ば祭りのようなものだ。
起きている人間がいたところで、何ら不思議は無かった。
そう――その人影が、明かりも持たず、足音を忍ばせ……さらに、中心街から離れる方向に移動しているのでなければ。
明らかにおかしいと、そう感じた晃宏は――こちらもまた気配を殺し、その一団を追う。
やがて、妙な一団が行き着いたのは……ウラルトゥの外壁に沿った、特に人気の少ない場所だった。
外壁には、およそ開くことを想定していないと見える、幾重にも厳重に物理的な封印が施された、巨大な鉄扉があり――。
そして、彼らの目的地はまさにそこらしく……星明かりの中、何かの作業を始める。
(アイツら、あの格好は……回帰会の軍のヤツらか?
それも、後から遅れて到着した、重鎮だって爺さんの一軍じゃなく……)
物陰から様子を窺いながら……晃宏は情報を拾っていく。
そうして、一団の作業の内容を確認し、今いる場所に見当がつき――頭の中で、連なった思考が形となるや。
弾かれたように、拳銃を構えつつ彼らの前に飛び出していた。
「そこまでだ! くだらんマネはやめろ!!」
「――っ!?」
作業をしていた一団は、素早く晃宏を振り返る。
……彼らが手にしていたのは、晃宏の予想通りの――爆薬だった。
そして、ここは――ウラルトゥの外壁沿いに隔離されている、〈生屍〉を遺棄するための〈冥界〉との境界線。
彼らは、その境界を爆破し……あろうことか、生屍を街中に解き放とうとしていたのだ。