39.〈星の廻り〉
「星、そのものの……一部……?」
カイリの、その予想外の答えに、結衣はあ然とするよりない。
だが――同時にそれは、彼女自身の奥底にある『感覚』、そしてつい最近聞かされたばかりのある『推察』と、噛み合うものでもあった。
そう――ランディによる、『〈意志〉の介在』という推察と。
「〈人間〉としての感覚からすると、どうにも理解しづらいことだろうけどね。
たとえば、僕らが感じた、〈生屍〉を喰らおうとするあの〈衝動〉……。
あれも、そこに起因しているんだよ」
「あの〈衝動〉が……?」
〈屍喰〉になったばかりの頃は、激しく突き動かされるほどだった〈衝動〉。
当時世話になったヨトゥンから、いずれ慣れると教えられて……。
そしてその言葉通り、時が経つにつれ、次第に御せるようになり――今は苛まれるようなこともないものの。
それが起きる理由については、結衣は未だに分からずじまいだったが……。
「星の役割――いや、星そのものからすれば、それはいわば一種の生理現象のようなものなのだろうけど……。
役割を終えた魂は、やがて星に還り、廻り――また新たな魂として生まれ出る。
そんな、〈星の廻り〉……それを僕らは〈星の一部〉として、無意識に、反射的に行おうとしていただけなんだよ」
カイリは、そっと目を閉じ……。
風に大地に――世界の言葉に耳を澄ませるように。
あるいは、彼自身がその思いを代弁しているかのように……ゆったりと言葉を紡ぐ。
「ただ、僕らには人としての感覚も残っているから――どうしてもそれが強い屍喰になったばかりの頃は、〈存在としての本質〉と〈実際の感覚〉の齟齬から、その落差から、〈衝動〉と呼べるほど強いものになってしまうのだと思う。
端的に言えば、人としての感覚・意識で、自然の働きを抑えこめるはずもない――という感じかな。
『喰らう』という行為も、魂を自らに取り込み、星に還すという行為において、人としての感覚が理解する上で、最も近しいのがそれだったからに過ぎないんだよ。
だから……正しく理解してしまえば、喰らう必要も無いし……一人一人でなければならないわけでもないんだ。
僕も、そこまで本質の〈理解〉に及んでいるわけじゃないけれど……きっと突き詰めれば、一度に星に還す数に上限なんて無いんだと思う」
「…………。
それなら、いわばわたしたちの『母体』のこの星そのものは……どうなってるの?
これまで自然に行ってきた〈星の廻り〉が出来なくなってる――ってこと?
だから、生屍は死ねずに残って……わたしたちが代行しなきゃいけない……?」
結衣の疑問に、カイリはゆるりと首を横に振る。
「廻りは絶えてはいないよ……ほら、動物も植物も、今も変わらず命の廻りの中にあるだろう?」
「じゃあ……人間だけが、ってこと……?」
カイリは、今度は首肯した。
「星はね、きっと待っているんだよ――人間が〈道〉を選ぶのを」
そう告げて、カイリは今度はウラルトゥの街中を振り返る。
――外壁沿いの端の一画が、特に高い壁で生屍の住まう〈冥界〉として遮られ……世界中の様々な街と同じように、『生者と死者の世界』が隣り合う、今の人の生きる場所を。
「……〈人間〉が、自然発生的に生まれ出たのか、僕らのような存在が生み出したのか……それは僕にも分からない。
けれど、そもそもの人間は、『生きても死んでもいない』ような――どちらでもあり、どちらでもないような不安定な存在だったみたいだ。
そうだね……喩えれば、『魂』のみが、ただそこに宿っているだけのような。
逆に言えば、だからこそ何者にもなることが出来るんだ。
そして――やがて、そんな人間は。
『死』と、それと引き換えの『知』による、急進的な『成長』の道を選んだ――」
「でも、その〈約束〉は……終わりを告げた」
ランディの自説に基づく、結衣の言葉に――カイリは再び頷く。
「ゆえに、死は死ではなくなった。
その魂を残したまま人は、かつての人に近い状態に戻るようになった。
でも……それはきっと、以前とまったく一緒じゃないんだ。これまで積み重ねてきた歴史が、少しずつでも変化を与えていると思うんだ。
たとえば生屍となった人が生きた人を襲うのも、そんな、これまでの積み重ねで得た社会性ゆえなんじゃないかな。
誰かと一緒にいたい、繋がっていたい――そんな思いが、皮肉にも歪に表に出てしまっているだけで」
「……そう……」
ランディの話を聞いたときにも思ったことが、再び結衣の胸に湧き上がる。
それも、今度は――ずっと重みを増して。
「じゃあ、やっぱり……人は死ぬものだ、っていうのは……おかしいのかな。
それが当然だ、そうあるべきだ、そこへ還るべきだ――そう考えてきたわたしは、間違っていたのかな……」
相手がカイリだったからこそか――。
結衣はつい、その思いを言葉にしていた。
そう、カイリだからこそ――優しく擁護してくれる気がして。
カイリだからこそ――非情に断じられても、納得出来る気がして。
そして、そんな結衣の問いに、カイリが下した審判は――。