38.この星の一部として
進軍を止め、武器を収めた〈回帰会〉の軍から、停戦の使者として梶原が姿を現し。
途中、両軍の間にいた〈使節団〉の青年たちから、手荒とも言えそうな歓迎を受け。
彼らを伴って〈出楽園〉陣営へ向かえば、そこでもまた歓声が起こり――。
そうして、武力衝突を回避した両軍が、ゆっくりと歩み寄るさまを……カイリと結衣は静かに、ウラルトゥの壁の上から見守っていた。
「結局、わたしたちが出しゃばる必要もなかった――ってことね」
「そうだね。でも……喜ばしいことだよ。
――僕らはきっと、人の大きな歩みに干渉するべきではないから」
安堵した様子で苦笑する結衣に、カイリも穏やかに相鎚を打つ。
「……そして、あの『彼』が、彰人の……」
「うん。孫、らしいよ」
文字通り両軍の『中心』にいる、衝突を回避した立役者の一人――カイリたちにとって懐かしい面立ちの青年に目を向けつつ、カイリがぽつりとつぶやけば。
結衣は、彼について――そして彰人について、知りえたことを捕捉する。
「彰人君さ……わたしが人間だった頃にも、軍にいて活躍してたけど。
その後、〈暗夜〉が起こってからは、カタスグループ日本本部の総裁にまで上り詰めたみたいだよ?
……すごいよね、国家が機能しないこの時代、実質日本のトップだよ」
「そうか……。
幼い頃から、彰人はきっと大人物になるんだろうな――って、そんな風には思っていたけど」
「それで、今は息子が後を継いでいて……孫の彼は、世界の安定のために、改めて旧カタスグループの繋がりを戻す〈使節団〉の長として、ここまでやって来たみたい」
「世界の安定――か。
……きっとそれが、彰人の『遺志』だったんだろうね」
静かな声音で、するりと、カイリの口からそんな言葉が漏れ出る。
つい、直接的なことは言わずにいた結衣だが――やはり分かってしまうか、と、改めて一抹の寂しさを感じながらうなずいた。
「そして、孫の彼は――もう一つ、『遺志』を継いでいるそうだよ。
彼はね、彰人君の遺言に従って……カイリ君、あなたを探しているの」
「僕、を……?」
カイリは、驚くとともに――。
戸惑うような、哀しむような……寂しげな笑みを浮かべた。
「そうか――そうだね。
僕は彰人にとって、それほどに酷いことをしたのだから……」
「……カイリ君」
「うん、でも……もう、逃げはしないよ。
残念ながら、ナナ姉の仇として討たれてあげることは出来ないけれど……。
どんな非難も甘んじて受けるのが、僕の責任だと思うから。
そしてそれはきっと、僕にとっても必要なことだと思うから――」
そっと、自らの胸に手を当てるカイリ。
そう――それは、数十年前から彼が心に決めていたことだったから。
そんな、思いを吐露するカイリの様子を見守りながら――その言葉に籠もる心を聞きながら、結衣は。
その思いも、感情も、いかにも人間的だ。
しかし、自分たちは人間ではないのだ――。
改めて湧き上がった、そんな疑問を……ふと、口に出して尋ねていた。
「…………。
ねえ、カイリ君……〈屍喰〉、って――わたしたちって、いったい何なの?
あなたは、その答えに行き着いているんじゃないの……?」
結衣の問いに、カイリは彼女を見たあと――視線を、陽の光が照らす地平線の彼方へと向ける。
「はっきり言って、僕もまだ、何もかもすべてを完全に理解しきっているわけじゃないのだと思う。
そして――教えたからといって、どうなるものでもなくて。
結局は、結衣……キミ自身が、キミ自身によって理解しなくてはいけないことのはずなんだ。
ただ、その上で、敢えてキミの問いに答えるとすれば――僕らは。
『この星の一部』なんだよ」
「……それ、って……」
その言い回しには、さすがに結衣も首を傾げざるを得ない。
地球に生きる者を、『この星の一部』と呼ぶのは……ごく当たり前のことでしかないのでは、と。
そして、カイリもそれが分かっているのだろう――微苦笑を浮かべていた。
「そうだね、いかにも当たり前の表現だ。
でもね、僕らのそれは比喩じゃない――。
僕らは真実、〈この星そのものの一部〉なんだ。
いわば、この星の〈意志・心〉……そういったものの一面・一端。
そのままでは巨大すぎるそれの、『人間』や『世界』との接点となるべく生まれたもの――そうした存在なんだよ」