表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/101

37.その賭けの顛末


「……足を止め、自らの手を見ろッ!!!

 お前たちがしようとしていることは何だ!! 何をする気だった!!


 人間がたった一人で世界を変えることなど出来ん!!――だがッ!!

 その銃弾たった1発で、今の世界は容易く壊れる!!


 容易く、どうしようもなく壊れてしまうのだと!!

 その結果を!! 思い!! 考えたことはあったか!!!


 父祖から受け継いだものを壊し!! 子らに受け渡すものをも壊すと!!

 その1発がすべてを壊すと!! 考えたか!!


 それが分かってなお――!!


 その1発の引き金を引く覚悟が!! その結果を背負う覚悟が!!

 本当に!! お前たちにあるのかッ!!


 ――それだけの価値が!! 本当に!!

 こんな争いに!! あると思うのかッッ!!!」



 〈出楽園(PD)〉と〈回帰会(リナシメント)〉、両陣営の間に、武器も持たずに割って入った晃宏(あきひろ)は。

 その命を、魂を削るばかりの声量で――説得の言葉を叩き付ける。


 それでも、所詮は肉声でしかないはずのその言はしかし――雷鳴の如く高原を奔り、こだまし、両軍の隅々にまで響き渡った。

 この場の誰もが、直接心底まで振るわせるようなその気魄に、圧されていた。


 しかし、それもあくまで一瞬のこと。

 我に返れば、その説得に心振るわされてなお、己が役目と銃を握る者はいるだろう。

 それが導く凄惨な光景を心に思い描いてなお、黙殺し、目を瞑り、引き金に指を掛ける者はいるだろう。

 指揮官が号令をかければ、確実に誰かがそれを為すだろう。


 そしてすべてを壊すには、たった1発の銃弾で充分なのだ――。




「さて――賭けは私の勝ち、だな?」




 戦場の緊張感がいや増す中――回帰会指揮官バティスティの隣に。

 快活な声でそんなことを告げながら、手枷をつけた老人が並んだ。



「………………。

 そうだね……認めざるをえまい――」



 バティスティは、苦々しげに――と言うよりは、困惑と安堵が入り交じったような表情で、老人――梶原(かじわら)の言葉に、小さく一つ頷く。



 ……仲裁の使者としてやって来た梶原に、殴り飛ばされたあの日。

 ともすれば激情に駆られ、改めて梶原を殺すことも出来たバティスティは――しかしそうはしなかった。

 牢代わりの天幕に、彼を押し込めるに留めたのだ。


 そのときは彼自身、どうしてそんな甘い対応をしたのか分からなかった。

 梶原の兵士としての能力に驚愕したのは確かだが、自陣の真っ只中なのだ。その気になれば確実に殺すことは容易だったというのに。


 しかし、今ならば分かる。

 彼は、魅せられたのだ――梶原が備える『強さ』に。

 兵士としての実力だけでなく……いやむしろその力があってなお、たった一人、命を賭してでも仲裁の交渉役を担おうとした心の強さに。その覚悟に。


 そのことを理解するために、彼は幾度となく、拘束した梶原のもとへ通い話をした。

 彼に自覚などなかったが――それはまるで、師に教えを請うかの如くだった。


 そしてそれは、バティスティだけではなかった。


 梶原の見張りについた兵士が、彼と言葉を交わし、その影響を受け――さらにその話を聞いた別の兵士が、興味を持って梶原のもとを訪れ――。

 そうして、梶原の教えに薫陶を受ける兵士の輪は、徐々に広がっていったのだ。

 きっと彼ら自身、この戦いに、少なからず疑問を抱いていたがゆえに。


 それでも――軍全体として、歩みを止めることはなかった。

 梶原に共感を抱いた兵士が増えたといっても、あくまで一部ではあったし――。

 迷いはあろうとも……いや迷うからこそか、進むことを止められなかったのだ。


 そんな中、いよいよという段になって――梶原はバティスティに、一つの賭けを申し入れた。



『〈使節団(うち)〉の大馬鹿者が、武器も持たず、仲裁として戦場に割って入れば私の勝ち。

 お前さんには大人しく武器を収め、PDとの和平交渉に入ってもらう。

 しかし――そもそも来ないか、武器を持ち出してくるようなら私の負けだ。

 私の処遇はもちろん、武力制圧なり何なりと、お前さんの好きにするといい』



 それをバティスティは、梶原がこちらに踏ん切りを付けさせようとしているのだと取った。


 梶原が、彼の所属する〈使節団〉にそういう指示を出していたとすれば話は別だが、当然、彼が拘束してからそんな素振りはないし――そもそも時間的に不可能だ。

 そうなれば、真っ当に考えて、当事者たる両陣営のどちらでもないというのに、そんなバカげた無茶をやらかすとは思えない――と。


 だからこそ、そんな賭けにもならないと思われた話に乗ったのだ。

 しかし、結果は――



「あれが、貴方の自慢の教え子――というわけか? 梶原殿」


「……実際には少し違うな。

 あれは、私が敬愛する方の信念を、正しく受け継いでいるだけだ。

 つまりは、むしろ――私の師、であるのかも知れん」


「なるほど、それはそれは……。

 確かに、貴方の言う通りの――大した大馬鹿者、だ」


 まぶしいものを見るかのように……バティスティは、晃宏に向けた目を僅かに細めた。


「そう感じるお前さんもな。

 先日まではただの愚か者でしかなかったのが、良い具合に馬鹿になってきたぞ?

 さて――で、そんな馬鹿のお前さんはどうする?」


「決まっているだろう――負けは負け、だ」



 憑き物が落ちたかのように、妙に清々しくそう言い捨てて――。


 バティスティは、大きく手を挙げ……晃宏に負けじと声を張り上げた。



「――全軍に通達ッ!! 武器を収めよ――ッ!!!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
これは名シーンですわ。
戦場に丸腰で突っ込むとはなんたる大バカ者! けども、衝突を回避するために戦場のど真ん中に丸腰でどーん、は、ロマンですよねぇ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ