37.その賭けの顛末
「……足を止め、自らの手を見ろッ!!!
お前たちがしようとしていることは何だ!! 何をする気だった!!
人間がたった一人で世界を変えることなど出来ん!!――だがッ!!
その銃弾たった1発で、今の世界は容易く壊れる!!
容易く、どうしようもなく壊れてしまうのだと!!
その結果を!! 思い!! 考えたことはあったか!!!
父祖から受け継いだものを壊し!! 子らに受け渡すものをも壊すと!!
その1発がすべてを壊すと!! 考えたか!!
それが分かってなお――!!
その1発の引き金を引く覚悟が!! その結果を背負う覚悟が!!
本当に!! お前たちにあるのかッ!!
――それだけの価値が!! 本当に!!
こんな争いに!! あると思うのかッッ!!!」
〈出楽園〉と〈回帰会〉、両陣営の間に、武器も持たずに割って入った晃宏は。
その命を、魂を削るばかりの声量で――説得の言葉を叩き付ける。
それでも、所詮は肉声でしかないはずのその言はしかし――雷鳴の如く高原を奔り、谺し、両軍の隅々にまで響き渡った。
この場の誰もが、直接心底まで振るわせるようなその気魄に、圧されていた。
しかし、それもあくまで一瞬のこと。
我に返れば、その説得に心振るわされてなお、己が役目と銃を握る者はいるだろう。
それが導く凄惨な光景を心に思い描いてなお、黙殺し、目を瞑り、引き金に指を掛ける者はいるだろう。
指揮官が号令をかければ、確実に誰かがそれを為すだろう。
そしてすべてを壊すには、たった1発の銃弾で充分なのだ――。
「さて――賭けは私の勝ち、だな?」
戦場の緊張感がいや増す中――回帰会指揮官バティスティの隣に。
快活な声でそんなことを告げながら、手枷をつけた老人が並んだ。
「………………。
そうだね……認めざるをえまい――」
バティスティは、苦々しげに――と言うよりは、困惑と安堵が入り交じったような表情で、老人――梶原の言葉に、小さく一つ頷く。
……仲裁の使者としてやって来た梶原に、殴り飛ばされたあの日。
ともすれば激情に駆られ、改めて梶原を殺すことも出来たバティスティは――しかしそうはしなかった。
牢代わりの天幕に、彼を押し込めるに留めたのだ。
そのときは彼自身、どうしてそんな甘い対応をしたのか分からなかった。
梶原の兵士としての能力に驚愕したのは確かだが、自陣の真っ只中なのだ。その気になれば確実に殺すことは容易だったというのに。
しかし、今ならば分かる。
彼は、魅せられたのだ――梶原が備える『強さ』に。
兵士としての実力だけでなく……いやむしろその力があってなお、たった一人、命を賭してでも仲裁の交渉役を担おうとした心の強さに。その覚悟に。
そのことを理解するために、彼は幾度となく、拘束した梶原のもとへ通い話をした。
彼に自覚などなかったが――それはまるで、師に教えを請うかの如くだった。
そしてそれは、バティスティだけではなかった。
梶原の見張りについた兵士が、彼と言葉を交わし、その影響を受け――さらにその話を聞いた別の兵士が、興味を持って梶原のもとを訪れ――。
そうして、梶原の教えに薫陶を受ける兵士の輪は、徐々に広がっていったのだ。
きっと彼ら自身、この戦いに、少なからず疑問を抱いていたがゆえに。
それでも――軍全体として、歩みを止めることはなかった。
梶原に共感を抱いた兵士が増えたといっても、あくまで一部ではあったし――。
迷いはあろうとも……いや迷うからこそか、進むことを止められなかったのだ。
そんな中、いよいよという段になって――梶原はバティスティに、一つの賭けを申し入れた。
『〈使節団〉の大馬鹿者が、武器も持たず、仲裁として戦場に割って入れば私の勝ち。
お前さんには大人しく武器を収め、PDとの和平交渉に入ってもらう。
しかし――そもそも来ないか、武器を持ち出してくるようなら私の負けだ。
私の処遇はもちろん、武力制圧なり何なりと、お前さんの好きにするといい』
それをバティスティは、梶原がこちらに踏ん切りを付けさせようとしているのだと取った。
梶原が、彼の所属する〈使節団〉にそういう指示を出していたとすれば話は別だが、当然、彼が拘束してからそんな素振りはないし――そもそも時間的に不可能だ。
そうなれば、真っ当に考えて、当事者たる両陣営のどちらでもないというのに、そんなバカげた無茶をやらかすとは思えない――と。
だからこそ、そんな賭けにもならないと思われた話に乗ったのだ。
しかし、結果は――
「あれが、貴方の自慢の教え子――というわけか? 梶原殿」
「……実際には少し違うな。
あれは、私が敬愛する方の信念を、正しく受け継いでいるだけだ。
つまりは、むしろ――私の師、であるのかも知れん」
「なるほど、それはそれは……。
確かに、貴方の言う通りの――大した大馬鹿者、だ」
まぶしいものを見るかのように……バティスティは、晃宏に向けた目を僅かに細めた。
「そう感じるお前さんもな。
先日まではただの愚か者でしかなかったのが、良い具合に馬鹿になってきたぞ?
さて――で、そんな馬鹿のお前さんはどうする?」
「決まっているだろう――負けは負け、だ」
憑き物が落ちたかのように、妙に清々しくそう言い捨てて――。
バティスティは、大きく手を挙げ……晃宏に負けじと声を張り上げた。
「――全軍に通達ッ!! 武器を収めよ――ッ!!!」