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36.時を。場所を。隔て、集う


「……カイリ、君……」


 色々な感情が、感覚が、思いが……一度真っ白になった結衣(ゆい)の頭の中に、奔流となって湧き起こり、溢れ返る中――。

 かろうじて口にしたその一言に、カイリは穏やかな表情で「うん」と頷いた。


「結衣――キミまで〈屍喰(シニカミ)〉になっているとは思わなかった。

 ……けれど、うん……。

 こうして事実として向き合ってみれば――胸に射すのは、『まさか』じゃなく『やっぱり』になるね。

 ただ、どちらにしても――」


 カイリは、目を細める。


 その先に、瞳の中に彼が、何十年と昔の――。

 彼らがまだただの高校生だった頃の思い出を、何気ない日常の光景を……見ているのではないかと、結衣は感じた。


 ほんの一瞬だが、カイリが――。

 屍喰ではない、あの頃のままのカイリとまったく同じに思えたからだ。



「……こうしてもう一度会えて、嬉しいよ――本当に」


「そうだね……わたしもだよ、カイリ君」



 様々な想いがあろうとも、尽くせぬほどの言葉があろうとも――するりと先んじて紡がれたのは、そんな他愛の無い返事だった。

 何も飾らないがゆえの、真実、彼女の心に直接根ざした一言だった。



「それに――ナナ先輩も」



 続けて、紅い瞳を見据えながらのその呼びかけに――カイリは微笑みながら頷いた。


「……分かるんだね」


「ええ。『視える』よ――あなたと一緒にいるのが。

 ……何だか妬けちゃうな」


 冗談混じりにそう答えて、しかし結衣は小さく首を傾げる。



「でも……何だろう、完全じゃ、ない――?」



「そうだね――僕と一緒にいるナナ姉は、いわば半身だから」


 カイリは、そっと自分の胸に手を当てた。


「でも、大丈夫……。

 あとの半身も、今は一つの個人として、この世界で元気にしているよ」


「……そっか」


 カイリの言っているのが、いわゆる輪廻転生に属するような類の話であることは結衣にも分かった。

 ……今や彼女自身、そうした〈魂〉の存在については、疑ってはいないからだ。

 屍喰が〈生屍(イカバネ)〉を食らうのも、彼らの魂を星に還す――循環へと戻すことなのだと、この数十年のうちに感覚的に理解していたからだ。


 そう――かつて、預言者ロアルドが推察していた通りに。


 ただ、そのそもそもの理由を始め、〈衝動〉めいたものの正体など、まだまだ分からないことは多くある。

 そしてそれについての答えを、今目の前にいるカイリならば持っているのではないか、とも思ったが――。



「今は……あんまりのんびりと思い出話をしている場合でもないよね」



 結衣は意識を切り替えて、高原の方へと視線を戻す。

 ……今はとにかく、この無為な争いを止める方が先決だ――と。



「カイリ君。わたしはきっと、あなたほど屍喰のチカラを理解していない。

 だから、どれほどのことが出来るか、正確に分からないんだけど……。

 この争いに割って入って、誰も犠牲にならないように止めること――出来ると思う?」


「そうだね――。

 やり方は幾つかあるだろうけど……可能か不可能かで言えば、可能だよ。

 しかも結衣、キミも協力してくれるというなら尚更だ。

 それよりも、問題は――」


 カイリは、どことなく険しい表情で、結衣の視線を追う。



「本当に、僕らが介入するべきなのか――というところだね。

 それが本当に、人にとって、世界にとって、良いことなのか――」



「そんなの……!

 ここで何もせずに見過ごせば、多くの人が犠牲になるんだよ?

 それも、今このときだけじゃなく、この先まで続く禍根のせいで、きっと……!」


「………………。

 そうだね……今、僕らが何もしなかったら、このままだったら――」


 迷っている様子のカイリだったが、そもそも彼も、自分と同じ考えをしたからこそここに現れたはずだ――。

 そう理解しているからこその結衣の説得に、カイリも心を決めようとした――そのときだった。



「! あれは……」



 カイリは遠方に何かを見つけたように、やや視線をずらす。

 追って、そちらを見た結衣もすぐに気が付いた。


 ――高原を蹴立て、一直線に駆け込んでくる馬の一団がいた。

 それらが目指すところは、今にも戦場にならんとするこの場の、まさに中心地で――。



「まさか……!」



 そんな一団の軍服に貼り付けられた紋章は、結衣の良く知るものだった。

 間違いない――カタスグループの、〈黄泉軍(ヨモツイクサ)〉本隊のものだ。

 そして、先頭を行く青年の、『彼』に通ずる面差し――。


 先日梶原(かじわら)老人から聞いていた話が、結衣の頭の中で合致する。



「……(あき)()……?」



 あ然とした表情で、カイリがその名を呟く中……。


 〈出楽園(PD)〉と〈回帰会(リナシメント)〉、二つの陣営が対峙するまさにその中央へと割り込んだ青年――伊崎(いざき) 晃宏(あきひろ)は。


 武器を持たないことをアピールすると同時に、両軍を押さえ込もうとでもするように馬上で両手を大きく広げながら――。

 どこまでも響き渡りそうな、迫力に充ち満ちた怒声を迸らせた。



「――両軍とも、止まれッ!!!

 愚にも付かん諍いはここまでだッ!!!」




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― 新着の感想 ―
また結衣の会話が途中で遮られている……!(迫真)
ゆっくり話す時間はないのでは? とは思ってましたが、人が人のまま――彰人の意思を継いだ者が事態を収める動きとは、再会の意味も含めて美しすぎる流れ!
カイリの老成っぷりが際立ってますね。
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