31.巫師と屍喰
――〈生命の樹の果実〉について、話を聞きに来た――。
そう告げつつ現れた結衣の姿にランディは、ほう、と驚きの声をもらした。
「まさか……あのときの女性に、このような形で再会するとは」
「…………?
わたしとあなたは、初対面のはずですけど」
結衣が小さく眉を顰めると――ランディは、困ったように苦笑する。
「――ああ、これは失礼。
確かに面識はありませんが……〈暗夜〉が起こったあの日、わしはニューヨークであなたを見かけておるのですよ。
師に頼まれて出かける、その道すがらでした――若い、それも外国人の女性が、一人で向かうような場所ではありませんでしたからな、良く覚えています。
……今と違い、まだあなたは『人間』だったようですが」
「!……あのときに……」
ランディが言っているのが、結衣が、彼の師であるロアルドに話を聞きに行ったときのことなのは間違いないだろう。
結衣が命を落とし、〈屍喰〉となった――あの忘れ得ぬ日。
人間としての、最後の日。
同時に、結衣の脳裏を過ぎるのは、そのロアルドと対面したときの記憶だ。
ロアルドもまた、かつて一度すれ違っただけの結衣のことを覚えていた――。
これが、たとえ偶然に過ぎないにせよ……記憶の中の情景を再現したようなその奇妙な一致に、結衣は機先を制されたような感覚を受ける。
――やっぱりこの人は、あの〈預言者〉の弟子なんだ――。
いきおい、結衣は改めて気を引き締めていた。
……この老人もまた、世界を混乱させるような何かをしでかすつもりでいるのなら――今度こそ止めなければならない、と。
「……名乗るのが遅れました。わたしは、霧山 結衣。
かつて、あなたの言うまさにその日に、ロアルド博士に話を伺ったのです――世界で起きている事態について。
だからこそ、今また、弟子であるあなたの話を――〈生命の樹の果実〉のことを、聞きに来ました」
「なるほど……師の話を。
そして……ゆえに、〈生命の樹の果実〉についても、ですか」
「ええ。放っておけないからです――それが、世界にとって有害であるという可能性を。
そもそもはそのプロジェクトの噂こそが、〈回帰会〉が強行手段に出たきっかけでもあったのですから」
ランディの一挙手一投足ばかりか、思考、果ては心の内までも見逃すまいとばかりに……結衣はまっすぐに、相手の瞳を見据える。
ともすれば、人の身では萎縮してもおかしくないその視線を受けて、しかしランディはまるで臆することもなく「ふむ」と一つ頷いた。
「なるほど――回帰会は、わしらの掲げる理念に関連づけ、人を人のまま不老不死にするような実験を始めた、とでも見たわけですな。
いや、もしくは……『そう解釈すればいい』と、事実を知りながら都合良く情報を改竄したのか……」
自らの思考を整理するように、言葉にしながら……ランディは改めて結衣の名を呼んだ。
「そうした事情をご存じということは……貴女は、回帰会の方から来られたわけですか」
「…………ええ。
ただ、カン違いしないで下さい――わたしはそれを、回帰会のために奪おうというのではありません。
もちろん、世界にとって危険なものなら、看過はしませんが……それならなおのこと、回帰会に渡すようなこともしません。
わたしはまず何より、今にも始まりそうな無益な争いを回避したいだけです。
そのために――きっかけともなったあなたの研究が何であるかを、知らなければならないのです」
自らの素性を看破されてなお、退かずに語られる結衣の思いを受け止め……ランディは。
黙考するように目を閉じ、誰にともなく小さく呟く。
「――貴女は……そうして屍喰となっていながら、かつての世界、『死』が当たり前である世界を望んでいるのか。
それこそが、貴女の意志――〈果実〉であるのか。
いや、あるいはもしや……屍喰そのものが――?」
「……え……?」
ランディの言葉を聞き取った結衣が、戸惑いをもらすと――ランディはハッと、苦笑混じりに首を振った。
「これは、申し訳ない……。
話している最中に余計な考えごとをしてしまうのも、それが口を突いて出るのも、わしの昔からの悪いクセで。
――ともかく、結衣さん、わしは貴女のことを信じましょう。
わしらも当然ながら、回帰会との衝突は回避したいと考えておるのです。
そのために出来ることは、喜んで協力させていただくつもりですが――」
快い答えで応じつつ……しかしランディはなぜか難しい顔をする。
「……ですが……?」
尋ね返す結衣に、ランディは――。
言葉で応じる代わりに、デスクの上にあった書類の束の一つを手に取り、結衣に差し出した。
「生憎と――と、言うべきですかな。
〈生命の樹の果実〉とは、貴女がたの想像するようなものではないのです――」
結衣は、書類を受け取りつつ……目を落とす。
そこに書かれていたのは――
『〈新世生命論〉について』
……という、表題だった。