28.生きるための在り方
「本題……ふむ」
そろそろ本題に、という梶原の言により家柄自慢を遮られたバティスティは。
不満げにしながらも、さすがに自らの仕事に関わるそれまで蔑ろにはせず……椅子に深く座り直して、梶原を真っ向から見据える。
「そうだね……カタスグループと言えば、確かにかつては世界的な勢力を誇っていたようだがね、それも今は昔――」
「そのことではなく」
やはりというべきか――〈出楽園〉との抗争の件を飛び越し、今後のカタスグループとの関係について語り出したバティスティを、再び梶原は強い口調で遮った。
「PDとの抗争の件です。
これ以上の進軍は止め、武力ではなく交渉を以て事に当たるよう、今一度の再考をお願いしたい。
……このまま戦端を開けば、取り返しの付かない事態になりますぞ?」
「…………。
それはつまり、我々〈回帰会〉がPDごときに後れを取る、と――そういうことか?」
いかにも不快だ、とばかりにバティスティは眉を顰める。
「勝ち負けの問題ではありません。
いや、むしろ……こんな戦いに、勝者など存在しません。
戦いの後に残るのは――多くの生屍と、疲弊した人々と、そして……消えないどころか、互いに油をかけあうかのように燃え盛り続ける、憎悪だけ。
〈暗夜〉の後の、文字通りに暗い時代を何とか生き抜いてきた人々に――あなたは再びの苦難を与えるおつもりか?」
青年から目を逸らさず、粛々と語る梶原。
バティスティはそれを遮ったりはせず、ただ黙って聞いていたが……。
梶原が区切りを置くと、途端に声を上げて大笑いした。
「まったく……年寄りというのはどこも同じだな!
我が回帰会のご隠居の方々も、似たような心配をしては評議会で反対していたよ!
本当に、バカバカしい……!」
「ほう……馬鹿馬鹿しい?」
「そうさ、考えてもみろ!
本当に世の中を脅かすのは、危険なのは――人が生屍などというモノになることを受け入れろと主張する、PDそのものだろう?
ヤツらこそが、この混迷の時代を長引かせ、人々を苦難に追いやる元凶じゃないか!
ゆえに、ヤツらのような危険思想の持ち主は早々に駆逐するべきなんだ――そう、世界を元のあるべき姿に、平和と繁栄の時代に回帰させようという、我々の崇高な理念のもとに!
……だと言うのに――!
大胆な行動を怖れる、臆病な年寄りどもが足を引っ張るせいで、結局は今に至るまでPDを付け上がらせてしまったわけだ……忌々しいことに!
しかし――こうして我ら有志が立ち上がった以上、もはやPDに先は無い……!
世界と人々の生活を、本当の意味で守るべく――我らは必ずヤツらに勝利する!」
身を乗り出して熱く弁を振るうバティスティを、対する梶原は冷ややかに見守る。
そして、区切りを見計らい――重々しく口を開いた。
「……バティスティ殿。
貴殿は、PD庇護下の都市に住まう人々を見られましたか?
PD幹部の人間と直に話されたことはありますか?」
「……なに?」
「彼らの思想もまた、この混迷の時代に適応し、生き抜いていくための在り方の一つなのです。
もちろん、彼らのすべてが正しいとは言いません――それに、その思想を過激に実現しようとする危険な輩もいるかも知れません。
――だがそれは、回帰会もまた同じ。
違うのはただ、互いの在り方の方向性だけなのです。
だからこそ、あなた方はまず、話し合わなければなりません。
互いの違いを認め、尊重した上で……互いの外からの目を以て、直すべき点は指摘し合い、手を取り合える点は協力し合い……共に歩むことを考えねばなりません。
それが、人の道というものではないでしょうか。
しかしもし、その道を捨ててでも、ただ力に訴えるのを良しとするならば――」
梶原はギロリと、バティスティを睨め付ける。
老人とは思えない鋭い眼光に、バティスティは思わず息を呑む。
「人々の生活を脅かす危険分子は、あなた方の方だ。
思想の違いを理由に、他者を蹂躙するのならば――戦火を撒き散らすのなら。
それはもはや、生きるために他者を襲い奪う、野盗にすら劣る」
「ふ、ふざけるな!!」
梶原の迫力に圧されていたバティスティは――しかし、だからこそか。
その反動で怒りに火を付け、テーブルを叩くや立ち上がり……梶原の側まで詰め寄ってくる。
「崇高な使命の下に立ち上がった我らを愚弄するのか!
現に、PDは危険な研究に着手したという情報もあるのだぞ!
そんな連中を放っておけば――!」
「その情報、裏付けは?」
バティスティの勢いにもまるで動じず――それどころか正面を向いたまま、静かに尋ねる梶原。
対してバティスティは、つまらないことをとばかりに鼻を鳴らす。
「そんなことを言っているから、後手に回る!
ヤツらを調子づかせるのだ!」
「つまり、都合の良い口実であれば充分、というわけだ。
話し合え、と説教したばかりの手前、言いづらい台詞だが――話にならんな」
「――ッ!
田舎者のジジイが、調子に乗って……ッ!」
激昂したバティスティは拳銃を抜き――梶原の背後から、後頭部に銃口を押し付ける。
合わせて、バティスティが座っていた席の左右後方に控えていた兵士も、ライフルを構えた。
前方左右、さらに真後ろからと、合わせて3つの銃口を向けられて……しかし老人は、素知らぬ顔で小さくため息をつくのみ。
「やれやれ、世間知らずのボンボンが……銃を持てば何でも出来ると錯覚したか?
今どき、小さな子供でもそこまで馬鹿ではないぞ?
なるほど……上がこれでは、そもそも戦争になっても負けるだろうな?」
「キサマぁ――ッ!」
嘲笑を受け、ついに限界に達したバティスティが引き金に力を込める――その瞬間。
梶原は立ち上がりざま、椅子を後ろに蹴ると同時にテーブルからフォークを掴み取り。
背もたれを鳩尾に食らい身体を曲げたバティスティの首を、脇に挟む形で固定して喉元にフォークを突きつけ。
仕上げに、バティスティの手の中の拳銃で――ようやく梶原の動きに反応しつつも、バティスティの身を案じて一瞬撃つのを躊躇った兵士2人のライフルを、速射で一気に破壊した。
「な、え……あ……?」
老人とは思えない万力のような力で首を固められ、喉元にフォークを突きつけられたまま――僅か数秒で起こった事態に混乱するバティスティ。
そのこめかみに……さらに、銃口も押し付けられる。
「お前がしようとしていた火遊びは、こういうものだ。
勝てると確信したところで、あっさりひっくり返されもする。
殺せると確信していながら、しかし殺される。
……実際に体験して、少しは目が覚めたか?」
「は、離して……」
「おお、そうだ……このままお前を人質に、軍を退がらせるというやり方もあるか。
従わんなら、死なない程度に腕か足に鉛弾をブチ込みつつ……。
いやしかし、むしろお前を邪魔と思っている人間がいれば、良い機会だと見捨てられるかも知れんがな?」
「――――!?」
「ふむ、そうだな。それも悪くない。
悪くない――が」
飄々と言いつつ、梶原は――。
いきなり脇を緩めて、バティスティを解放する。
そして、突然の予想外の状況に呆けるバティスティの顔面を、銃を握った手で思い切り殴り飛ばすと――景気よく、銃とフォークを投げ捨てて。
そのまま、兵士たちに投降するかのように……不敵に笑みつつ、大きく両手を挙げた。
「残念ながら、私の使命はあくまで交渉だからな。
……改めて、じっくりと話し合おうじゃないか」