27.見るもの見ないもの
――梶原と〈出楽園〉代表者たちとの会談は、結衣の忠告や梶原自身が警戒していたのとは裏腹に、何ともスムーズに、かつ平和的に行われた。
旧・カタスグループ中東支部の古くからの重鎮である八坂家の人間は、結衣も警告していた通り、梶原に対して辛辣かつ否定的だったものの……。
PD代表のランディ・ウェルズと、彼を信奉する若手たちがむしろ逆に、梶原の来訪を歓迎し――再びカタスグループ同士連携を持つこと、そして〈回帰会〉との衝突を回避すべきという彼の意見に賛意を示したためだ。
特に、そんな若手の中心人物で、かつ八坂家の人間でもある、八坂 洋一郎の存在が大きかったと言えるだろう。
妄執じみた過去に囚われるゆえに、意固地に梶原を否定しようとする父や祖父を、率先して理を以て説き伏せ――彼らの主張が理不尽かつ非合理的であることを、会談参加者にはっきりと認識させたからだ。
ともすればその行動は、重鎮たちを刺激し、さらに頑なにさせるだけだったかも知れないが……。
回帰会と同じく、代替わりの進む組織内にあっては――既に彼らには、なおも影響力を発揮し、若手の勢いを退けるだけの権威など存在しないようだった。
そうして、拍子抜けするほど友好的に、PDとの会談を終えた梶原は。
すぐさま、PDから譲り受けた軍馬を駆り、ウラルトゥ目指して進軍する回帰会のもとへ向かい――。
「いやあまったく、日本から遠路はるばるご苦労なことだ!」
今、まさに……PD制圧の軍を率いる青年に、歓待を受けていた。
――回帰会の一軍の拠点は、比較的荒廃の度合いが少ない廃村に設けられていた。
PD本拠ウラルトゥとの距離は、徒歩で2日ほどという近さであり……さらに、率いる兵の数も相当数であることは、一見して確認出来る。
そんな、状況が想像以上の早さで悪化している事実を見るにつけ……。
もはや交渉どころか代表者に接見する余地も無く、いきなり攻撃される可能性もあるのではないか――そんな危惧があったものの。
いざフタを開けてみれば、こうして歓待すらされることとなった梶原。
しかし――彼は、状況が好転したとは一切感じていない。
むしろ、より難しくなったとすら思っている。
(……『良い結果』だけを見ている者ならではの余裕、か――)
廃村の、比較的大きい邸宅の一室で。
軍用糧食としては豪華すぎる食事の乗ったテーブルを挟み、梶原と相対する、お世辞にも着慣れているとは言えない軍服姿の青年――バティスティは、梶原の心中などお構いなしに上機嫌だった。
梶原が、この待遇を素直に喜べない理由――それは。
彼への態度が、『PDとの和平の使者』に対するものではなく――『カタスグループ日本本部の人間』へのものなのが明らかだからだ。
つまるところ、バティスティは争いを避けようという意志がないばかりか――。
それを彼の望む通りの『完全な勝利』で終えた後、さらなる勢力拡大のため、カタスグループ日本本部とも繋がりを持つことしか考えてないのだ。
……もっとも、その後者の件だけなら、使節団の本来の目的からすれば悪い話ではない。
何より梶原が気に入らないのは――バティスティがまさしく、『良い結果』しか見ていないところだった。
それと引き替えにもたらされるだろう、まるで釣り合いが取れない大きさの『負の結果』を見ていない――有り得ないとすら信じていそうなところだった。
(悲観的にしかならない指導者では、その下の展望も明るくならないが……。
楽観と希望的観測だけにあぐらをかく指導者よりは、よほどマシというものだな。
……こちらは、容易に破滅をもたらしてくれる――大勢を巻き込んで)
「こうして遠征に出ていても、整った食事を欠かさず……。
私のような者をも、無碍にせず客として歓待する礼儀……。
何より、その若さで回帰会の幹部でいらっしゃるとは――バティスティ殿はやはり、名のある家の出でありますかな?」
出された料理どころか、ナイフにもフォークにも手を触れぬまま、梶原が皮肉交じりに静かにそう問うと――バティスティはその意図にも気付いていないのか、なおさら上機嫌に大きく頷いた。
「そうだとも!
回帰会を財政面で大きく支えたのは父上からなのだが、そもそも我が家は――」
いかにも薄っぺらい家柄自慢を語り始めるバティスティ。
かつては黄泉軍の軍事教官として、〈鬼の梶原〉の異名すら得ていた梶原である。
性格矯正とでも称して、そのたるんだ顔面に鉄拳を叩き込むか、頬を掠める形で威嚇射撃でもしてやりたくなったが……当然ながら、携帯していた拳銃はもちろん、ナイフなども会談にあたって取り上げられている。
その上、部屋の隅にはアサルトライフルで武装した兵士が2名、護衛として控えているのだ――怪しい動きをしようものなら、即座に撃たれるだろう。
(……いや、機嫌を損ねても――だな)
この部屋の主が求めるのは、彼の望む『答え』だけであり、交渉ではないのだ――。
それを改めて自覚し、梶原は小さく鼻を鳴らした。
――しかし、死はもとより覚悟の上。
最も重要なのは、託された『交渉』という使命を果たすこと――。
「それに……若造の曲がった性根を叩き直すのもまた、年寄りの使命か」
小さく口の中でひとりごち、梶原はバティスティを見据える。
そして、未だ語られる家柄の話をバッサリと断ち切るように――物静かながらよく通る声で切り出した。
「さて、バティスティ殿――。
そろそろ、本題に入りたいのだが……よろしいかな?」