25.彼女の信じる生
彰人から、結衣たちが写っている写真を託された理由。
そして、カタスグループ総裁の補佐を務めるほどだった重鎮が、はるばる日本からこの出楽園本拠地〈ウラルトゥ〉までやってきた理由――。
それらを結衣に問われた梶原は、ふむ、と静かに頷きながら、落ち着いてワインを一口含み……。
考えをまとめるように、しばし間を置いてから――「まずは」と切り出した。
「私がここへ来た理由からお答えしましょうか。
――先遣として、PDの代表者に会うためです」
「……先遣?」
「ええ。カタスグループ日本本部からの……いわば〈使節団〉の先遣ですな」
そう前置きして……梶原は、自分たち〈使節団〉の目的を語る。
世界のさらなる安定のため、かつて〈暗夜〉によって連絡が途絶した、世界各地のカタスグループ支部を訪れ、新たな連携体制を築きあげようとしているのだ――と。
「しかし世界中を巡るには、飛行機などが使えない現状ではさすがに時間も労力もかかり過ぎます。
そこで、まずは渡海の危険も少なく、支部の中でも特に大きかった中東支部を目指し……。
そこでの交渉結果如何によって、改めて今後の活動方針を定めていく――という段取りになっていましてな。
ところが……」
「こうして中東近くまで来てみれば、かつての中東支部を取り込んで巨大化したPDと、〈回帰会〉が一触即発の危険な状況になっていた……?」
結衣が先を読んで言葉を継ぐと……。
梶原は、「その通り」と神妙に頷く。
「こんなご時世に、巨大組織が武力衝突するなど愚の骨頂というもの。
そして我らの目的は、ただ支部を繋ぎ直すことではなく、世界の安定化にあるのですから……黙って見過ごすわけにもいきません。
ゆえにこの老骨が、こうして一足先に先遣としてやって来たというわけです。
……まずは、PDの代表と接見し――武力衝突を回避する手段を模索するために」
そこまで言って、梶原は一度ワインで唇を湿らせた。
その顔には、困ったような微笑が浮かぶ。
「いやしかし……うちの代表は少々やんちゃな坊主でしてな。
自分が行くと言って聞かないのをなだめるのは苦労しましたよ」
「それは……やはり、危険だからでは?
あなたも聞き及んでいるでしょうけど、PDの――いえ、カタスグループ中東支部の古くからの重鎮は、日本本部を良く思っていません。
それこそ、本部総裁の地位を八坂家から簒奪した裏切り者、ぐらいには。
ですから、あなたのことも――その裏切り者の手先として、処断すらしかねない。
それに……先の口振りでは、PDだけでなく、回帰会の執行部とも会うつもりなのですよね?
そもそもこの武力衝突は、回帰会が仕掛けるような形なのですから――名目だけでもPDと繋がりのあるカタスグループという肩書きのあなたが、衝突回避のための交渉に出向くとなれば、どんな目に遭わされるか分かりませんよ」
梶原も……そして当然、その代表も理解しているだろうことを、結衣は敢えて口にする。
あるいは代表とやらが、これを理解せず、ただ功名心などで先遣を買って出ようとしただけの可能性もなくはないが……梶原の口振りからして、そんな愚か者ではなさそうだ。
そうなると、危険を承知で――いや、だからこそ。
部下を危険に曝さぬよう、リーダーとして率先して役目を果たそうとしたことになる。
――まるで彰人のようだ、と結衣は思った。
「……伊崎総裁のようだ、と思われましたかな?」
そんな結衣の心中を読み取ったように――梶原は穏やかに笑った。
「え、ええ……」
結衣が頷くと、梶原も嬉しそうに相鎚を打つ。
「やはり。……ええ、私もそうでした。
あれの父君……現総裁は、夫人の方に似て穏やかな方なのですが……。
あれはまあ、何とも言動が『隊長』にそっくりでしてなあ」
「! じゃあまさか、あなたたちの代表者って……」
「ええ。
伊崎 晃宏……前総裁の実の孫にあたります」
「……彰人君の……」
ぽつりと、結衣は呟く。
――感慨深い、とはまさにこのことだと思った。
そして同時に、彼の精神性はちゃんと若い世代に受け継がれているのだと――嬉しいような、羨ましいような気持ちになる。
それは――それこそは、彼女が信じる、限りある命を生きる人の、人だからこその在り方だからだ。
「だからなおのこと……というのもありますが。
晃宏に限らず、あたら若い命を危険に曝すぐらいなら、死地へは老い先短いこの老骨が出向くのが筋というものでしょう。
先に申しましたように、この歳になればもはや何を怖れるでもありませんし……交渉事ならそれこそ、経験の活きる年寄りの出番ですからな」
そう言って快活に笑う梶原も、また――。
結衣の憧れる、人の生き様そのものだった。




