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【新装版】 屍喰神楽 ~シニカミカグラ~  作者: 八刀皿 日音
3章 黄昏の先に

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23.古強者の目的


「こんばんは、お嬢さん」



 軍人らしき老人の、雰囲気とは裏腹に愛想の良い挨拶に、結衣(ゆい)も努めて穏やかにこんばんは、と応じる。


 日本人らしくやや小柄ではあるものの、鍛えられた体躯といい纏う気配といい、いかにも『歴戦の古強者』という言葉が似合う。

 年齢で言えば、恐らくは結衣の『人間としての』実年齢と同じぐらいだろうが……背筋もしゃんと伸び、まるで老いを感じさせない精悍さだ。



 ――彰人(あきと)君も……今も元気なら、きっとこんな感じなんだろうな……。



 思いがけず、ふと懐かしさに駆られてしまった結衣は……改めて老人が自分を呼んでいることに、二回目になって気が付いた。


「あ、ごめんなさい……!

 ここで日本の方を見るの、珍しくて、つい――って、間違ってないですよね?」


「ああ、お察しの通り、私は日本人だ。

 もっとも、キミは……同胞とはいえその若さだと、生まれも育ちもこちらかな?」


「あ――はい、そうなんです。

 両親は日本人なんですが、〈暗夜〉前に国を出ていたので」


 いかにもな『設定』を、結衣は淀みなく口にする。

 懐かしい祖国の人間に嘘を吐くことに、僅かに罪悪感も覚えるが……屍喰シニカミだと馬鹿正直に語るわけにもいかない。


 それにそもそもこの老人がどういった人物か、彼女は未だに測りかねていたのだ。


 ただの旅人ならいいが、このキナ臭い状況に軍人となれば、そう楽観的には片付けられなかった。


「ふむ、なるほど……そうだろうなあ。

 ――おっと、それでだ、お嬢さん。

 すまんが……この辺りでどこか、泊まれるような場所を知らないだろうか?」


「ああ、でしたら……知り合いが経営している宿がありますよ。

 ……ご案内しましょうか? 少し歩きますし」


 老人の正体を探るためか、彰人を思い出した懐かしさからか……真意がどちらにあるとも言えない中、結衣は老人にそんな提案をしていた。


 対して老人は、心底助かったとばかりに破顔しつつ、礼の言葉とともに頭を下げる。


「それはありがたい……!

 申し訳ないが、お願い出来るかな?」




 そうして、老人とともに宿を目指すことになった結衣は。

 老人と並び、そのペースに合わせて緩やかな坂道を上りながら問いかける。


「それで……こちらへは、どこかへ向かう途中で立ち寄ったんですか?」


 結衣の問いに、老人はバックパックを背負い直しながら首を振った。


「いや、〈出楽園(PD)〉の基地の方に用があってな……。

 しかしこうして辿り着いてみれば、人に会うには遅い時間になってしまい……どうしたものかと思っていたところ、こうして親切なお嬢さんにお会い出来たというわけだ」


「PDの基地に、ですか」


 老人の思わぬ返答に、結衣は無難に頷きながら思考を巡らせる。


 そもそもPDは、もとは日本の企業であるカタスグループの中東支部、そして同支部所属のイクサ――黄泉軍ヨモツイクサを組み込んだ組織だ。

 実際には、その構成員のほとんどが現地の人間ではあるものの、幹部クラスには若干名日本人もいるのだ――それも、カタスグループ創始者一族、八坂やさか家本家筋の人間が。


 同じ日本人だから――というのは短絡的だが、繋がりではある。

 そして何より、老人は明らかに軍関係の人間だ。

 日本人で軍関係となれば、この時代、自衛官よりもイクサ所属である方が確率は高い。



 ――ってことは……。

 このお爺さんはイクサ、延いてはカタスグループの人間で……。

 中東支部のお偉いさんと、何かの話し合いをするために、はるばる日本からここまで旅して来た――?



 もしそうなら、時期が時期だけにその話し合いの内容が気になるものの……。

 それすらあくまで予想に過ぎないことを考えれば、ヘタに話を深掘りするのも藪蛇かも知れない――と、結衣は内心首を振る。


 あくまで、このことについては心に留め置く程度にして……今は強引にでも〈生命の樹の果実〉の実態を探る方を優先しよう、と。



「――着きましたよ、ここです」



 その後は、差し障りのない世間話を交わしつつ……辿り着いた、酒場も兼ねている宿屋の前で、結衣は老人を振り返った。


「ほう、これは……なかなか立派な。

 それに、酒場も一緒とはありがたい」


 言葉通り満足げに、宿屋を見上げて老人は大きく頷く。


「気に入っていただけたみたいで良かったです。

 ……じゃあ、わたしはこれで」


「――おっと、待ってくれ。

 少ないが、礼を――」


 きびすを返そうとする結衣を呼び止め、懐に手を入れる老人。


 別にいいですよ、と苦笑混じりに断る結衣は――財布を出そうとする老人が、1枚の紙を落としたことに気付く。


「あ、これ、落としましたよ」


 反射的に、親切心で拾いあげてみれば――それは、古びた写真だった。



「!? これ……!」



 そこに写っていたものに、思わず声を上げる結衣。

 対して、老人は――



「やはり、そうだったか――」



 先ほどまでの気安さは鳴りを潜め。

 穏やかながら、真剣な表情で――真っ直ぐに結衣を見つめていた。



「……霧山(きりやま) 結衣さん」





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