20.いずれまた、きっと
――そうして、〈白鳥神党〉の解散から1年。
人の手になるものである以上、人によって歪められもする、宗教という枠組み――。
その呪縛より脱し、ただ自らの心拠るものにこそ捧げる……そんな本来あるべき『信仰』を、オルレアンに残った人々は取り戻しつつあった。
その様子は、この1年、ひっそりと行く末を見守り続けてきたカイリにとっても喜ばしいものだった。
人間の中に、善性は未だ残り――またそれは決して弱いものではないのだと、そう感じることが出来たから。
そして、白鳥神党という、自分にも、多くの人々にも影を落としてきた存在が……その最後にようやく、人々の心に本当の光を灯すきっかけとなったから。
カイリは、長い間負い続けてきた肩の荷を一つ、ようやく下ろせた気がした。
《……カイリ》
小高い場所から街を見下ろすカイリの側へ、メールが一人、歩み寄る。
完全に気配を消し去り、傍観者に徹していた彼の存在を察することが出来るのは、今この街では同族の彼女だけだ。
「メール……ありがとう。
キミのおかげで僕は、より良い未来……そんな可能性の一つを見届けることが出来たんだ。本当に感謝してるよ」
《より良い、未来……?》
首を傾げるメールに対し……カイリは、その口もとだけで微かに、寂しげに笑った。
「幼い日の僕も、どうせムダだって諦めず、キミのようにあの人たちを説得していたら。
そうしたら、もしかしたら……」
そんなカイリをただただ、真っ直ぐに見つめるメール。
《カイリ、わたしには――今のわたしにはきっと、あなたの本当の想いは分からない。
でも……わたしが顔を上げられたのは、あなたのおかげ。
あなたに、出会えたから。
だから……わたしこそ、ありがとう》
カイリは驚いたようにメールを見返し……そして表情を和らげた。
「うん――そうだね。
かつて、キミがいて、僕がいて……一緒にいられて。
それから、長い長い時間の果てに、こうして、またキミと出会って。
だから、この結果がもたらされたのなら――お互いに『ありがとう』が、きっと正しいんだろうね」
メールに、カイリの言葉の真意は分からなかった。
けれどもそれが、決して自分の想いと反していないことだけは理解出来た。
そして――今の彼女には、それだけで充分だった。
ゆったりと、大きく頷く。
「じゃあ……僕はそろそろ行くよ。
確かめたいことがある――行かなきゃならない場所があるんだ」
メールはもう一度頷く。
彼女の中には、カイリとともに行きたいという気持ちがあった。
どこまでも、いつまでも……彼とともにありたいという強い想いが、間違いなく存在した。
しかし――。
《うん。……さようなら、カイリ》
彼女はこの数十年、ついぞ誰にも見せることのなかった、屈託のない笑顔で……カイリを見送った。
今の彼女にとって大切なのは、愛する両親の傍らで、彼らの生を、最期の瞬間まで見届けることだったから。
彼女を信じてくれた人々の行く末を、見守り続けることだったから。
それが分かっているから、カイリもまた――ただ、笑顔で手を振った。
再会の約束は、必要なかった。
この星に寄り添い永遠を生きる二人は、いずれまた会えることを分かっていたから。
こうして出会えたように――いずれまた、きっと。